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奈良の大仏様はどう教えられてきたのか?(8)壮大な無駄?①ー歴史授業の進化史・古代編

 もくじ
(1)はじめにーならの大仏さま
(2)天皇はいばってる?ー金沢嘉市氏の授業
(3)民衆を苦しめた?ー山下國幸氏の授業
(4)壮大な無駄?ー向山洋一氏の授業
(5)大仏よりも薬・病院?ー米山和男氏の授業
(6)オールジャパン・プロジェクトー安達弘の授業
(7)日本人と天皇と王女クラリス
(8)三島由紀夫と歴史教育

(4)壮大な無駄?ー向山洋一氏の授業①銅を捨てた人がかわいそう

 1980年代に教育現場の若手教師に大きな影響を与えた授業改革運動があった。向山洋一氏が主宰する教育技術の法則化運動である。

 この運動のリーダーである向山氏は指示・発問を明確にした授業改善、再現可能な文体による教育技術の共有化などを提唱した。さらに、過去の優れた授業をそのままもしくは修正してマネてみること(追試)が自己の授業技術を上達させる上で有効であることを強調した。私も若い頃にこの向山氏の法則化運動に大きな影響を受けた。影響を受けたというより、日々の授業で悩んでいた自分を救ってくれたと言ってもいい存在である。

 その向山氏が前章で紹介した山下國幸の「奈良の大仏」の授業を批判的に修正して追試している。これは授業記録によれば1987年に実践されている。

 3人目の授業としてこの向山氏の授業を紹介する。では向山氏の授業後の子どもの感想文を見てみよう。

 “三十七万二千七十五人”
 先生が黒板に、この数を書いた。みんな、おどろいた。わたしも、びっくりした。命れいでもないのに、貴重品の銅を出す人がこんなにもいるとは・・・。
 それは奈良に大きな大仏をつくることになった。
 でも、大きな大仏をつくるには、たくさんの銅が必要だった。
 それで、天皇は、行基というおぼうさんにたのみ、日本にある銅を、集めるように言った。
 行基は年寄りだったのに、日本のいろんな所に行き、人から銅を集めた。
 銅を持っている人でも、銅を渡さなくてもよかった。天皇の命令じゃないからだ。銅は、今のダイヤモンドぐらい、貴重なものだった。銅を持っていない人もたくさんいた。
 それで、いったいどれだけの人が、銅を出したか、みんなで予想した。仏教を深く信じている人がたくさんいたと思うから、千人~二千人ぐらいいたと思う、とか、仏教を信じていても、銅は家の宝物だから、五十人~二百人ぐらいしか銅を出さなかった、とかいろいろな意見がでた。わたしは、五十人ぐらいしか、銅を出さなかったんじゃないかと、思っていた。
 そして、先生が黒板に、こたえを書きはじめた。〝三七二〟と書いて、先生が書くのをやめたから、みんな、
「三百七十人か~」
 とか、いってたんだけど、先生がその後に〝〇七・・・〟と書きたしたから、
「え~!?」
 とか、いってた。
 そして、最後には黒板に、
 〝三七二〇七五人〟
 と、かかれて、先生が、
 「三十七万二千七十五人」
 と言った。
 みんなびっくりしていた。
 大仏づくりのために、大切な大切な、銅を手ばなしちゃうなんて・・・!!わたしは信じられません。三十七万二千七十五人の多くの人が、銅を。
 でも、その人達は大仏をつくれば、病気などがなおる、と信じていた。
 だから、銅を渡したんだ。
 貴族達は、大仏をつくることによって、国を統一できると信じていたのだ。
 でも、たくさんの材料と人と年月をかけてつくられた、ねがいのこもった大仏は、人々のねがいをかなえてくれなかった。
 せっかくつくったのに・・・。
 わたしは、三十七万二千七十五人の銅をすてた人達が、かわいそうだと思う。
(向山洋一『教え方のプロ・向山洋一全集7 知的追求・向山型社会科授業』明治図書182~183ページ)

 長文の感想である。感想文というよりも、授業の印象に残った部分を再現しながら自分がどのような思考をたどったのかが書かれている学習作文である。この子は次のような思考をたどったようだ。

 当時の人々にとって銅は貴重品である→だから銅を出す人はせいぜい五十人ぐらいだろう→意外にも三十七万二千七十五人もの人が銅を供出した→しかし、残念ながら願いはかなわなかった

「と信じていた」「と信じていたのだ」という表現に代表されるように、この子は大仏を造ったからといって病気や災害がなくなるわけがないし、その願いはむなしい結果となってしまったと考えていることがわかる。最後は「銅をすてた人達が、かわいそうだと思う」と書いていることからも当時の人々への同情の気持ちも見て取れる。

 現代人の目から見て奈良の大仏建立は壮大な無駄だったという評価を下していることになる。

 では、なぜこのような評価に至ったのか、向山氏の授業を見てみたい。
氏の授業を参観した学生が書いた記録が残っている。この記録の指示と発問及び子どもの反応を部分的に抜粋して授業の展開を追ってみよう。(前掲書170~179ページ)


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