中村研一「マレー沖海戦」・授業編~戦争画よ!教室でよみがえれ⑦
戦時中に描かれた日本の「戦争画」はその出自のため未だに「のけ者」扱いされ、その価値を語ることを憚られている。ならば、歴史教育の場から私が語ろうではないか。じつは「戦争画」は〝戦争〟を学ぶための教材の宝庫なのである。これは教室から「戦争画」をよみがえらせる取り組みである。
目次
(1)戦争画とは何か?
(2)わたしが戦争画を語るわけ
(3)戦争画の鑑賞法
(4)戦争画を使った「戦争」の授業案
(5)「戦争画論争」から見えるもの
(6)戦争画による「戦争」の教材研究
(7)藤田嗣治とレオナール・フジタ
(4)では毎回、1枚の戦争画を取り上げてその絵を教材にした戦争の授業案を鑑賞編(前編)+授業編(後編)のワンセットで提案していきます。
(4)中村研一「マレー沖海戦」・授業編ー戦争画を使った「戦争」の授業案
開戦の状況について小学校と中学校の歴史教科書にはこう書いてある。
「1941年12月、日本はハワイの真珠湾にあるアメリカの海軍基地を攻撃し、ほぼ同時に、イギリス領のマレー半島にも上陸しました」(『小学 社会6』教育出版)
「同時にマレー半島に上陸した日本陸軍もイギリス軍を撃破して南下し、シンガポールを占領しました」(『〔新編〕新しい日本の歴史』育鵬社)
小・中ともに同じような記述だ。読んでわかるようにマレー半島という地名が出てくる。この地名がキーワードであるということだ。
そこで中村研一「マレー沖海戦」の絵を教材として次のように授業を展開してはどうだろう。
じつはたいていの教科書には「戦争の広がり」というようなタイトルで北はカムチャッカ半島から中国大陸、日本列島、インドシナ半島、マレー半島等の東南アジア、そして南はオーストラリアまでの地図を掲載している。
この地図を見せると、子どもたちは日本軍の勢力範囲の広がりを見て驚く。日本ってこんなに強かったの?とびっくりする。教科書に掲載されている資料でもじつは案外と見ているようで見ていないものなのだ。
そこでまずは地名を確かめていこう。できれば地図帳で一つ一つ見つけた地名を○で囲ませよう。
小学校の教科書にはないかもしれないが、アリューシャン列島やアッツ島が書いてあれば後々の学習に役立つ。硫黄島やサイパン島も同じく重要。さらに南へ行けばフィリピン、ボルネオ、ジャワ、スマトラ、ニューギニアなどの島の名前も出てくる。これを確認するだけでも価値ある学習になる。当時の日本軍の兵隊さんが自分の国と家族・友人を守るために遙か遠くまで従軍していたことを知ることができる。
そこで子どもたちにこう聞いてみよう。
『日本から兵隊を遠くの島や半島へどうやって輸送しますか』
当然、船と飛行機が出てくる。
『では、安全に輸送するにために必要なことは何でしょう』
こんな意見が出てくるのではないかと予想される。
「大型の船を用意する」「戦艦などの強い船で守る」「潜水艦を先に進めて敵の情報を得る」「スピードのある飛行機を使う」「飛行機もゼロ戦とかで守る」
こんなところだろうか。もし子どもたちが上記のような意見を出してきたら素晴らしい。それをほめて以下の説明をしよう。
『みなさんが出してくれた意見はどれも大事です。でもできればもっと安全に運びたいですね。どうしますか?』
「相手の飛行機と軍艦が簡単に来られないようにすれば完璧だよね・・・」
『そうです。それが一番安全です。○○さんが考えてくれたことを制海権と制空権と言います。制海権と制空権を握ることが勝ち負けに大きく影響します』(黒板に書けば漢字を見て理解できるだろう)
この説明で海戦で勝つことの重要性がわかる。
ここで中村研一の『マレー沖海戦』を見せよう。翼の日の丸を見れば飛行機が日本軍であることはすぐにわかる。そうすれば子どもたちのやり取りから、下に見える戦艦が攻撃を受けていることがわかる。
時間があれば以下の点を子どもたちにリサーチさせたい。手持ちのタブレットで調べられるはずだ。
*敵はどこの国か?
*勝敗はどうなったか?その理由は?
*その他(この戦闘に関するエピソードなどがあれば)
子どもたちがリサーチしたことを発表させる。マレー半島で日本が戦う相手がイギリスと知ったらアメリカ、オランダだけでなくイギリスとも戦ったことが理解される。これらの国の共通点が「アジアを植民地にした」ことにあることに気づくだろう。
当時のイギリスはシンガポールに巨大な要塞を築いていた。日本軍が攻めてきたときはこの要塞で守りきり、その間にイギリス東洋艦隊が制海権を奪取して日本軍の海からの輸送経路を遮断して上陸をさせないという作戦だった。
日本軍にとってみれば制海権・制空権を得なければ遠く離れた所に安心して兵隊さんを送ることはできない。またこのマレー半島にある敵の根拠地を押さえなければ日本が生き残っていくための資源を手にして安全に日本へと運ぶことはできない。
そこで最後の発問である。
『制海権・制空権を得ることは安全に兵隊さんを運ぶことにつながりますが、そのほかに重要なことは何でしょうか』
子どもたちは思考を日本→マレー半島から思考を反転させてマレー半島→日本というルートを考えてくれるのではいかと思われる。そうすると今度は資源の安全な輸入という意見が出てくるのではないだろうか。これは現在の国際情勢においても大事な視点だ。シーレーン防衛は重要な問題だからである。
マレー沖海戦の学習は、このような国が生き残るための戦略上の問題を考えさせることができる。