〈アサミサガシムシ〉が〈ムシにカジリムシ〉
【やってみた大賞】
アリを食べた。罰ゲームとかそういった類のものではなく、アリを知るために、自ら進んで調理して、食べて、記事を書いた。
6月1日朝、「記事投稿コンテスト#やってみた大賞を開催」の文字を見た瞬間に頭に浮かんだのが、この記事だった。
〈やってみた〉ものとして応募するのにぴったり!と一人しめしめしたのである。
募集概要を読み込む。
アリ喰いの記事を投稿したのが5月25日。
審査対象の一週間前にフライング投稿してしまったために、まさかの応募対象外だと知った。
挑戦する前から躓いてしまった私は、半分ふてくされ、半分落胆したまま眠りについた。
その夜、一通の手紙を受け取る夢を見た。
封を切ると、中から出てきたのは、ツムギアリからのお便りだった。
目覚めた後も、頭の中ではツムギアリたちの言葉が何度もリピートされた。
「私の胃に飲み込まれた報われない100匹以上のツムギアリたち…」
「私がもう一度輝けるものを探す…」
6月からフルタイム勤務に変わったばかりで、心身ともに余裕がない今の私には、なにか新しいことに挑戦したり、これ以上のことは到底「やってみれ」そうにもなかった。
考えても、アイディアも勇気も湧いて来ることはなかった。
その日の昼、意気消沈したまま、いつも突飛なことを言い出す友人に話しかけた。
彼は、Instagram内で生き物や本について語り、笑い、騒ぎ、喧嘩する私の同志である。
「ねぇ、noteのコンテスト、みた?」
「知ってるよ。」
「私、どうしたらいいかしら。(アリの記事は使えないし…)」
彼の、その次の言葉にドキッとした。
「…また食べたいんだろう?虫を。」
まるで見透かしたように、そう言われた。
私は、ただ彼に背中を押してほしかっただけなのかもしれない。
実は、ツムギアリの記事の最後に、こう記している。
そうだ。私は第二回をしなければならない。
ツムギアリだけで、全ての昆虫の味を知った気になっていた自分が恥ずかしくなった。
彼と話すうちに、やってみたい方向性が次々と見えてくる。
つまり、食べてみたい昆虫がいくつも頭に浮かび、その昆虫をどうやって美味しく食べようか、先走ってそんなことまで考えていた。
いつもそうだ。
彼と話していると、「なぜ私がやらなければならないんだろう…いや、やらなければいけないのかしら…いいや、私はやりたいのかもしれない…」と気持ちが前向きに変わってしまう。
まるで洗脳されたかのように。
「ねぇ、食べてみたい虫がいるの。タガメ…タガメの味が知りたいの。」
私は、力強くそう宣言していた。
これまでタガメというものを見たことがない。
北海道には、タガメを小さくしたコオイムシというのが生息している地域もあるようだが、残念ながら私は一度も見たことがない。
そういう意味で、今回の「やってみた大賞応募」は、私にとって一世一代の挑戦なのである。
見たことも、味わったこともない昆虫を知り尽くすための挑戦。
田んぼで捕まえてくるわけにもいかないため、昆虫食専門サイトをクリックした。
そこには、信じられないような世界が広がっていた。
国産の昆虫から、外国産まで。
食べやすそうなコオロギから、毛モジャでビッグなタランチュラまで。
種類の多さに何がなんだかわからなくなりながら、タガメといくつかの商品をカートに入れ、そのままの勢いで決済を終了させた。
待つこと数日…
今回の主役タガメからOPEN。
ギャーッ!
さすがの私も、この表情と視線にはひるむ。
いざ、役者は、揃った。
【調理編】
私は今、甘い香りを嗅いでいる。
刻んだホワイトチョコレートをテンパリングしながら、鼻歌を歌う。
食材になったオケラを見ながら「オケラだって、みんなみんな生きているんだ…」だなんて。私ったら、不謹慎。ふふふ。
わぁ。可愛い虫デコレーションチョコレート。
ゲンゴロウの艷やかな背中は未知のナッツのようだし、イナゴもスズメバチも、今にも飛び出してきそう。っていうか、すでに半分飛び出してる!
みんなみんな、生きてはいないけど、友達になりたい。
さて。Sweetなチョコは完成したが、甘じょっぱいのも食べてみたい。
件の昆虫食サイトに掲載されていたレシピから、こちらをチョイスした。
お手製塩味ポップコーンに、お手製キャラメルをかけた、虫キャラメルポップコーン。
フライパンでポップコーンが弾ける音と一緒に、リズムを踏んで、楽しく調理。
バターと、てんさい糖と、少量の水を煮詰めて作ったトロトロのキャラメルを、できたてポップコーンと虫たちに、たっぷりかける。
甘く香ばしい香りで家中が満たされる。
こんなにワクワクする(若干のハラハラ含む)調理は久しぶりだった。
甘いものが2品続いたので、しょっぱいもの、且つ、主食になるものがほしい。
しかも私は、「食べてみたい」と宣言までした主役のタガメを、まだ調理できていないのだった。
コレを一体どうしようか。
思い浮かんだのは、陽気なイタリア人の愛するアレ、だった。
ピザ。虫ピザにしよう。
ピザ生地は、私だけのキャンバス。
そこには自由がある。
とろけるチーズの絵の具の中に、タガメ、ゲンゴロウ、スズメバチ、セミの幼虫、イナゴ、そして、バラバラになったオケラの頭やらなんやらをまんべんなく配置し、熱したオーブンへ。
チーズの良い香り…に混じって、嗅いだことのないニオイも一緒に漂ってくる。
幼い頃、セミの抜け殻をキャンプファイヤーに投入したときのニオイに、少しだけ似ていた。
完成。
あとは、実食のみ。
【実食編】
まずは、ポップコーンに紛れたイナゴをパクリ。この辺は以前佃煮として食べたこともあるので躊躇なくいける。
サクサク、ほんのり甘じょっぱく香ばしい。海老の味わいである。美味しい。
次は、丸っこいセミの幼虫。
食べるのにさほど躊躇はないが、少しの罪悪感を伴う。
大人の世界を知ることもなく食材にされた、純粋無垢な幼き者を、つまんで、口に運ぶ。
サックサクで、お麩を乾燥したまま食べたときのように、あっという間に口の中で粉々になり、口の水分が持っていかれる。幼虫に。
変な味はしないけど、イナゴのようなエビ感はゼロ。
粉々になった幼虫とその殻が、気管に入り込もう、入り込もうとしてくる。
ムセる寸前。しまった。水が飲みたい。
そして、スズメバチの蛹。
見た目は、色の白いスズメバチ。
サクサク。煮干しというだけあって、適度な塩気に、香ばしく癖のない味。
苦かったり、嫌な味はしない。
これは、とても美味しい。
さぁ、次にいくのは「これ食べれるのかな」と心配に思っていた黒光りするアイツ、ゲンゴロウ。
一口でいく勇気がないので、背中の真ん中に前歯を立てる…が、硬い!!これが本当の歯が立たないってやつだ。
負けずに、万力のように上下の前歯に力を加えると、「バキッ」という音を立てながら割れた。
割れたところから両指先で捲ると、普段見られない、ゲンゴロウの中身があらわになる。
上半身と下半身で半分になるのを想像していたのに、まさかの背中側(羽)とお腹側で剥がれるように半分になってしまった。
「キャー、中身こんなんなってるのね」
羽は、まるでプラスチックのような質感なので、脚のついたお腹側を食べてみる。
カリッカリッ?…あれ……、おいしい。
エビだ、エビ。エビの味がする。
もしかしたら、エビよりエビっぽいかも。
ゲンゴロウ、美味しい。でも硬い。
さぁ、そろそろ主食へ。
今回の主役である、タガメの乗ったピザを手に持ち、かぶりつく。
一口ごとにあの顔、あの目に近づき、私とタガメの視線がかち合う。
頭からかぶりつくのは忍びなく、軌道修正。
お尻からかじりつく。
アサミサガシムシのオシリカジリムシ。
んんんー!これも硬い。硬いというか、これまでの「虫=サクサク」の概念を覆すシナシナさ。噛み切れない。
縦にして、なんとか噛みちぎる。
厚紙を食べているような噛みごたえで、噛んでも、噛んでも、咀嚼できる気がしないので、仕方なく、飲み下す。
他の部位は違うかも、とバリバリ音を立てながら噛みちぎってみるが、どこも同じくとにかく硬い。
変な味はしないけど、美味しい味もしない。ニオイは虫独特のあのニオイ。
食べた人にしかわからない、古い民家の畳みたいなニオイ。
なんとなく、わかるでしょう?
これは…美味しいとは言えない。
〆のデザートは、冷やしておいた虫デコチョコレート。
見ているだけで楽しく、どれから食べようか迷ってしまう。
オケラとイナゴはサクサク。
スズメバチはカリカリ。
ゲンゴロウはガリガリのバリッバリ。
セミの幼虫はシャクシャクで喉フガフガ。
一度に全部は食べられないので、出勤前に毎朝ひと粒ずつ食べるのが、最近のルーティンとなっている。
朝に食べるゲンゴロウはやはり硬かったし、非常にエビ味だった。
さて、長文である上に、見慣れない昆虫食の写真満載の本稿をお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
ここで、結果発表をいたします。
念願の虫たちを食べ終わった私の心は、喜びとやりきった感に満ち溢れていたにもかかわらず、なぜかひと欠片の寂しさが残った。
やる気を起こさせてくれた彼に、虫たちを存分に味わったこと、なのにまだ満たされない気持ちがあることを報告した。
「君の挑戦を見ていると、まるで僕まで何かをやりきった気持ちになるよ。君は、勇気を出して食べた。でも、この物語には、一つ足りないものがある。それは、君の歌うエンディング・テーマだ。」
彼の言葉を聞いて、私の口の中にリズムが生まれた。虫たちのリズム。
口ずさまずにはいられなかった。
それでは、アサミサガシムシが歌います。
「てんとう虫のサンバ」
お聴きください。
思う存分やれた。やってみた。やりきった。
楽しかったし、美味しかった。
───────── 完 ─────────
実食風景にご興味がある方、食べたなんて嘘だ!と思う方は、どうぞ以下の動画をご覧ください。
食糧難になっても、なんとなく生きていけそうな気がした初夏。
皆様も、気になる虫がいましたら、ぜひ一度ご賞味くださいませ。