思い出のお仕事|手づくりユニットchim編
クリスマスが近づくと思い出す。
赤いぼうしに赤い服のくまたちを、ちくちく刺しゅうしたくるみボタン。小さい三角に切った深緑のフェルトをツリーにして、赤い糸で木の実をステッチ、てっぺんの星には透明なビーズをひと粒ずつ縫いつける。
いくつもいくつも。
chimがくれたもの
小さなイラストを布小物に刺しゅうして作品を作る、手づくりユニット〝chim〟として活動していたことがありました。
家が近く、子どもの幼稚園と小学校が同じママ同士として知りあい、生まれ月も同じだった2人のユニット。
あれはたしか、吉祥寺の大好きな紅茶屋さんに行った帰りの電車の中。
ミシンでササッと魔法のように、バッグやポーチ、エプロンなどを作れてしまうchiさんと、そこにかわいいイラスト刺しゅうをしてみたくなったmuが、おしゃべりしているうちにどんどん楽しくなって、手づくりユニット〝chim〟を結成した、思い出すだけで心はずむ出来事でした。
最初は都内のレンタルボックスに30×30×30㎝のお店をオープン。
くるみボタンのヘアゴム、ティッシュケース、ポーチなどを置きましたが、いちばん売れたのはレンタルボックスより、友人の口コミで注文をもらったくるみボタンのヘアゴムでした。
それでクリスマス前は毎日ちくちく、ちくちく、果てしなくツリーや赤い長靴、くま、うさぎ、ねこの刺しゅうをしていました。
2人で一緒に手芸店に出かけ、いい色のリネンやかわいい柄の布を見つけては、これを使ってこういうのを作ろう!と作品を考えていきました。
ふつう、ママ友といえば子どもの成績や習い事、学校の先生や他のおうちの噂話なんかをするのでしょう。
chimの2人は、季節に合わせたアイテムや刺しゅうの絵柄を考え、価格はいくらにするか、何点作るか、そんな打ち合わせばかりしていました。
生まれてはじめて消しゴムハンコで、今にも折れそうなchimのロゴスタンプをなんとか作り、クラフト紙と赤い糸でタグも作りました。
「打ち合わせ場所にぴったりの、焼きドーナツのお店を見つけた!」なんていうお楽しみもあったっりして。
イラストレーターとして雑誌でのお仕事がなくなり、3人きょうだいのママとして毎日の慌ただしさに、ゆっくり絵を描くことをやめてしまった頃でした。
紙と絵筆が布と刺しゅう針に。
カラーインクが、それに負けないたくさんの色数の刺しゅう糸になって。
chimは、絵を描かない自分にできた隙間をやさしくうめてくれるようでした。
chim、雑誌ステッチにのる
すっかり楽しくなった2人のchimは、どんどん作品づくりにのめりこんでいきます。
とはいっても、日常は小学生たちのママなので、いろいろなあれこれを毎日毎日こなして、みんなが寝静まったら作業のはじまりです。
刺しゅうは独学で、ステッチイデーという雑誌を購入して見よう見まねでちくちく、ちくちく。
そして雑誌のコンテストにも応募して、ブックカバーで入選し、ジュンク堂書店で作品が展示されるというごほうびをいただきました。
つたない刺しゅうなので、chiさんが布をいくつも組み合わせて丁寧に縫いあげ、布製ミニボールのしおりまでついたブックカバーが目をひいたのだと思います。
あとは、自由に絵を描くように刺しゅうしているから、ものすごく楽しんでいる気持ちが伝わったのかも。
続いて「Pancakes,pancakes!」というエリック・カール作の絵本をもとに、バッグにつけた大きなポケットいっぱいに、くまがパンケーキを作るまでを刺しゅうした作品も小さく載せていただきました。
chim、ふうせん屋さんと出会う
子どもが同じ小学校のママ友5人で、たまに持ち寄りランチをしていました。
肉まんの皮をホームベーカリーでこねて、みんなで具を包んで蒸しあげて食べる、とか。
chimの活動をして3年たった頃、肉まんランチ会主催の友人が、名古屋に新しくオープンするふうせん屋さんをchimに紹介してくれます。
バルーンギフトやアレンジメントの風船の専門店「アトリエtachi」が、お店に置く雑貨を探しているとのこと。
そして、chimの布雑貨をお店で販売してくれることに。おいしいものでつながった縁は、なんとも温かいものでした。
アトリエtachiがオープンしてから約2年間、毎月、新商品とお客さまからオーダーしていただいた作品をお届けしました。
名前やイニシャルを入れたエプロンやブックカバー、バレエシューズ入れ。結婚祝いのエプロンや、ランチョンマットとコースターのセットなどなど。
ある日、ものすごくいい深みのある紫色のリネンを見つけて、いつか、この色が似合う何かいいものを作りたいねと話していました。
そこへ、とあるカフェから注文が入ったと連絡が。
その紫の布でランチョンマットと、たっぷり綿の入ったティーコゼーのセットを作りました。
刺しゅうは薔薇の花とお店の名前
〝Imperial Rose〟です。
もしや名古屋の方はご存知でしょうか?
そのむかし、とっておきの紫色の布で作ったものが、カフェのお客さまに使ってもらえていたなんて。あまりに光栄な、忘れられない思い出です。
名古屋のお店まで行くことはできませんでしたが、アトリエtachiの1周年には限定のコースターを作りました。お店の名前と風船と、1さい、という文字を刺しゅうしました。
あれから何年もの月日がたちました。
子どもたちはもうみんな、すっかり大人な顔をしています。
そして、たくさんお世話になったふうせん屋さんは、今も変わらず、元気にしあわせのバルーンをお届けしてくれています。
chimの物語を終えたとき
chiさんのおうちは欧米や中東など世界にお仕事の転勤があったので、海外へのお引越しがきまった年の春、chimの活動を終えることになりました。
ちょうどそのとき、布小物ではなくただ平らな布の画面に、自分の絵を刺しゅう糸で描いてみようか、と思いたちました。
そうだ、最後に絵本のようなイラスト刺しゅうの作品を作って、chimの活動を終えよう。
そして夏までの毎日、ちょっとのスキマ時間を使いながらイラスト刺しゅうを仕上げ、絵本雑誌のコンぺにも送りました。
chimの活動をしながらわかったのは、好きなことを楽しくする仕事だけで、3人の子どもたちを食べさせていくのは自分には無理だということでした。
子どもが赤ちゃんの時は、とにかく体力と気力。
大きくなっていろいろなことを考え、子ども自身の言葉で語りだすと、それを受け止める精神力も必要になります。
もっと成長すると、立ちはだかるのは教育費。
体力、気力、精神力はふりしぼれても、財力はどうにもなりません。
このイラスト刺しゅうを最後に、ちがう仕事をしよう。ちゃんと確実にお給料がもらえるお仕事。
絵を描く以外にできるのは‥‥
お料理を作ること?
そして、「子どもにおいしいごはんを出して、働くお母さんを助ける」という仕事につき、今もそのお仕事をしています。
イラスト刺しゅうにはおまけの話があります。
chimの最後に送った作品が、絵本イラストコンぺで佳作となったのです。
表彰式にも出席し、雑誌の編集部の方に作品を見ていただいたり、「新作を楽しみにしていますね」と言っていただきました。
あと10歳若かったら、雑誌でカットを描かせてもらえませんか?とか、やっぱり転職しないで絵を描いていこうか、と考えて行動したのかもしれません。
でもそのときは、決めたことを変えられませんでした。
ちっぽけなイラストレーターは、その日、絵筆を置いたのでした。
あ、刺しゅう針でしたが。
mu、noteを見つける
あの日から、どのくらいの年月が過ぎたのでしょう。
いつの間にか子どもたちは成長し、自分のために使える時間がふえました。
また、絵を描くときがきたようです。
依頼もないのに次々と描いて、ただお絵かきが大好きだった自分を取り戻しているところ。
そんなとき、noteを見つけました。
見知らぬnoteクリエイターのみなさま。
記事を楽しみに読ませていただいています。
そして、自分の作品を見てもらって、スキといってくれる誰かと出会えるのを楽しみにイラストを描いています。
noteをはじめたら不思議なことに、描きたいものや、やってみたいことがたくさんうまれてきました。
また、noteでお会いしましょう。
最後までご覧いただきありがとうございました☆彡