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田中兆子『甘いお菓子は食べません』

田中兆子『甘いお菓子は食べません』(新潮社)

「宗太郎は今描いている絵のことについて語り、私は他の男とセックスする場面を想像している。」(66頁)

かわいい装丁、そして『甘いお菓子は食べません』という表題から中身は窺えないものだ。
田中兆子『甘いお菓子は食べません』は40代女性の欲求を赤裸々に、切実に描いた物語集である。直接的すぎると生理的嫌悪感を与えかねないし、かと言って隠しすぎると伝わらない。性的な意味でも、思考的な意味でも「いやらしさ」は扱いがとてもむつかしい。特に女性が抱えている「いやらしさ」は、若い時なら友達にあけっぴろげな「ほうれんそう」をしたり勢いに任せた行動ができたりするものの、年を重ねれば重ねるほど慎むようになり簡単に発散出来なくなる。

わたし自身性に対して開けた性格ではないけれど「いやらしさ」について考えたい時(あるいは感じたい時)がある。他の誰かに相談するような種類のものではないから手さぐり状態のため、悶々とすることがある。
そんな時に「私だけじゃないんだな」と安心し、自分の気持ちを代弁しているかのような心理描写に心がスッキリできるのが本書の効用である。

私は自分のいやらしさに気づいている。(中略)
二人の後輩だけでなく私の周囲の誰もが、私が男性から好かれ、求められて結婚するなどありえないと思っている。その理由は私の容貌であり、それを充分すぎるほど承知していても、それが真実だからこそ、他人から言葉に出して言われる恐ろしさにおぼえているというのは、自分の外見について死にたくなるほど悩んだことのない安全地帯にいる人には一生理解できないかもしれない。(中略)そんな人間に、結婚は外見じゃない、まわりを見ればわかるだろうという正論はただの念仏だ。
しかし、だからといって私は他人が思うほど男性に好かれて結婚することをあきらめきっていたわけではない。そして、そのほんのわずかな希望が叶えられたことを、あなたたちの思い込みは間違っていたということを、さりげなく、でもどうしても誰かに伝えて驚かせたかったのだ。
(38頁 「結婚について私たちが語ること、語らないこと」)

セックスはずっと埋まらない私の一部分だ。性欲があふれ、私の心と体がそれを埋めたくてたまらないのならよかったのに。私はただ、埋めてしまえばもう気にしなくてすむから埋めたいのだ。(中略)
どうして、埋まらないまま、耐えることができないのだろう。
(80頁 「花車」)

登場人物たちは性に開放的な人種とはかけ離れた人たちであり、周囲の人にも気軽に相談できないほど年を重ねてしまっている。
彼女たちが言葉を尽くして語る「いやらしさ」は悶々とした気持ちを熟成させた切実なものであり、だからこそ嫌味が無く素直である。それらの要素が読後の安らぎと励ましを得たような感覚に繋がっているのだろう。

ついついトップ画像に装丁をチラ見せしてしまっているが、今のところ2015年ベストかわいい読書である。ちなみに本書は初版は昨年3月なので、購入はインターネットがおすすめ。
40代女性が登場人物ではあるが年齢に関係なくいろんな女性におすすめしたい。
仕事に疲れた女性たち、他人に相談できないもやもやを抱えている女性たちに是非読んでほしい一冊である。

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