女がそれを食べるとき
楊逸・選/日本ペンクラブ編『女がそれを食べるとき』(幻冬舎文庫)
芥川賞作家の楊逸が選んだ「食と恋」をテーマにした物語集。
ラインナップを見ただけで、即購入を決めた一冊だった。
井上荒野「サモワールの薔薇とオニオングラタン」
江國香織「晴れた空の下で」
岡本かの子「家霊」
小池真理子「贅肉」
幸田文「台所のおと」
河野多恵子「骨の肉」
田辺聖子「たこやき多情」
山田詠美「間食」
よしもとばなな「幽霊の家」
田辺聖子、山田詠美、よしもとばなな、の流れがわたしにとってはご褒美でしかない。
その他にも素晴らしい物語がたくさんあったので、抜粋して紹介したい。
井上荒野「サモワールの薔薇とオニオングラタン」
画家のおかあさんと実家で二人暮らしをする三十五歳の主人公・美邑(みゆう)。お互いが傷ついた過去を持ち、傷を舐めあうようにひっそりと暮らしている…。そんな二人の贅沢は食べること。朝食にコーヒー、マフィン、手作りの苺ジャム、アボカドとトマトのサラダ、昨晩の残りもので作ったグラタンと「ごちそう」が並ぶ。とにかく美味しそうな物語。
幸田文「台所のおと」
病床についた主人・佐吉の代わりに妻のあきが一人で料理家「なか川」を切り盛りする物語。床につきながらも佐吉は耳を研ぎ澄ませてあきの包丁の音を聞く。あきはおとなしい音をさせ、しなやかな指先で料理をする…。台所のおとから垣間見える夫婦の愛情にじんと来る物語。
田辺聖子「たこやき多情」
中年に近づき、体毛は濃いのに頭髪が薄くなってきた。会社の女の子ともどんどん年齢が離れていき、付き合いにくくなり結婚からも遠のいているような気がする…。そんな思いにとらわれ、焦る主人公・中矢がとあるたこやきの屋台で「たこやき友達」の女性と出会う物語。ハフハフと言いながら食べるたこやきの描写がとても美味しそう。コントのように愉快で笑える物語。
山田詠美「間食」
十五も年上の彼女・加代と付き合いながら、ふくよかで弱い女・花をつまみ食いしている…。鳶職として働く雄太の、だらしなくて欲望に忠実な日々。鳶職の暴力的な生活、獣のように食べつくされる西瓜、間食を許す加代、鳶職の同僚・寺内の文学的な態度など、欲望と理性が絡み合って描かれている。
よしもとばなな「幽霊の家」
洋食屋で生まれ育った主人公・私と、有名なロールケーキの店の一人息子・岩倉との恋愛物語。自立のために一人暮らしをしている岩倉の家は、幽霊が出る家であった。その「幽霊の家」を舞台に、私と岩倉の距離が徐々に近づいていく様子が描かれる。幽霊へのおそなえのオムライスとポークカレーがとても美味しそう。
わたしにとっては「ごちそう」ばかりが詰め込まれた一冊だ。つまみ食いの物語、笑みがこぼれるように食べる物語、ごちそうをじっくりと味わって飲み込むような物語など、「食」とひとことに言っても捉え方が違う、味わいどころ満載の一冊だった。
ちなみに、この一冊で響いた言葉が、
きっとタイミングというものがあるはずだ、と思っていたのだった。
(よしもとばなな「幽霊の家」310頁)
という、一見するとなんでもない言葉だった。
わたしはわがままな性格で、ごはんの時間にはまだ早いがおなかが空いた時にはフルーツなどをつまみ食いしちゃうような人間だ。
でも、おなかが空いていないときにごちそうを食べてもあまり味わえない(そりゃそうだ)。ダイエットの最中でもあり、ごはんを食べるときは味わって食べる、ということを意識しているためか、この言葉が妙に響いた。「たとえものすごく空腹でも、ごちそうが出る時を”待てる”女でありたいなぁ」と思ったのだった。
ダイエット中にこんな本を読むのはタブーかもしれないが(笑)、おすすめのごちそう本である。