田辺聖子『孤独な夜のココア』

田辺聖子『孤独な夜のココア』(新潮文庫)

20代の働く女性の様子は、40年前からあんまり変わっていない。本書が刊行された昭和53年(1978年)に20代であった女性達は、いまや還暦の年だ。その当時、職場は男性が圧倒的な主導権を握り、ガシガシ働く女性は天然記念物であり、働く女性はいたとしてもみんな腰掛け気分で働いていたのだろう、なんて失礼なことを思っていたが、30代で働く女性を「ハイ・ミス」と呼んでいることから20代の寿退職が主流の時代ではあるものの、本書には仕事に打ち込み、自分に自信があってサバサバした性格の女性が多く登場する。
本書は12編の短編集であり、ひとつひとつが通勤時の電車内で読むのに適した文章量である。「あァ、私もこんな恋愛がしたいわァ」(田辺聖子風)とため息つきながら、仕事がんばろう!という気分にさせてくれる。この効能をなんと呼ぶのだろう。(未だに言葉が見つからない。 )

特にお気に入りの物語が「雨の降ってた残業の夜」と「エープリルフール」だ。「雨の降ってた残業の夜」は仕事熱心な主人公・私が同じ部署の後輩・千葉クンと恋愛関係に至るまでの感情の盛り上がりが描かれている。当初は主人公と同期のじゅん子が千葉クンに一方的な好意を寄せており、私は呆れつつじゅん子の行動を見守っていたのだが、ある雨の日に残業で残っていた私と帰社してきた千葉クンと二人きりになり、お互いの労をねぎらっているうちにだんだん会話がはずんでいく…。

「おかえりー」
外はひどい吹き降りだという。びしょぬれで、
「斉ちゃん、残業?」
「はい。岸辺サンにあわなかった? そのへんで」
「あわなかった」
「さっきまで待ってたのに」
千葉クンはそれに答えずに、
「うー、さむいさむい、凍えそ」
と、びしょぬれの服をロッカーの服と着替えにいった。その間に、私は、蓬莱軒へ電話して、ラーメンをひとつ追加した。きっと、千葉クンは熱いラーメンをたべたいだろうと思ったからだった。(71頁)

「斉ちゃんの字もかわいいな。電話の声もええ。ーーそういうのは、やはり二十一、二の若い子には、出えへんのでねえ……。いうにいえん、ええ風情がにじみ出るのは、二十五すぎてから。……」
千葉クンは、私の手をにぎりしめ、
「仕事、すんだ?」
「うん」
「ちょっと、飲みにいかへん? 疲れてる?」
「ううん」
千葉クンの眼は黒くてよく輝いて、いたずらっぽい、いきいきした眼で、その適切なオシャベリといい、女のほめかたといい、全くひまつぶしにもってこいの男であった。(76頁)

私はあくまでも「ひまつぶし」と言うが、言葉の裏に色気が湧き立っているような雰囲気を想像した。色情狂のようにベタベタしようとするじゅん子に比べ、私の優先順位をはっきりさせたサバサバした物言いが千葉クンにはグッときたのだろう。年上ということもあって主導権はあくまでも私にあるが、行間の色気を勝手に読んでしまうほど気持ちの昂りが絶妙に描かれている。

「エープリルフール」は、「なんとなくこうなって、こうなった方が自然だ、という感じで、恋人まがいの関係になった(86頁)」主人公・私と後輩のキヨちゃんの複雑な関係が描かれている。身体の関係はありながら、お互いに好きだとはっきり言わない関係を保ち続けている。キヨちゃんは由緒ある旧家の出身であり、父の死後、当主として「太郎左衛門」という名を襲名している。私はキヨちゃんとは身分の差があるし、ただの遊び相手で終わるのだろうと思いながら、「気になること」をキヨちゃんに言えずにいた。

いいトシをしてみっともないぞ、と自分で思うけれど、ソワソワしている。嬉しいというより厄介なような、気重いような感じで、しかし恐ろしさや悔恨や、絶望はない。ひとりで、舌の先で味わってるような、ちょろっとした心の波立ち、としかいいようがない。
どうするかね。
どうしてほしいですか。
私はどこか遠いところにいる「予定日」ちゃんにきいてみる。(96頁)

私はエープリルフールを利用して、キヨちゃんに妊娠したことを打ち明ける。キヨちゃんを困らせまいと、告白した直後に「今日、何の日か、知ってる?(99頁)」と言う私がいじらしい。キヨちゃんは告白された当初は固まってなにも言えないでいたが、私と別れた後、深夜に私に愛らしい電話をかけるのである。

「あれから家へ帰ってずーっと酒、のんどってんけどなあ…今日の話、あの複雑なオデキの話、ほんととちゃうのかなあ。エープリルフールや無うて」
(中略)
「ハハハ、やっぱり、ほんまらしい。こうなると忙しいなあ。僕、とりあえず、あしたそっちへいくわ」
「何しに?」
「何しに、て十五代タロザエモンのために早いこと結婚せなあかんやろ。……あ、これ、ほんとは酒の上の冗談です。ハハハハハ……」
「エープリルフールのかたきうちをしたな」
「いまのは冗談。あした、僕、ほんまにいくよ、ほな……。あ、躯冷えんようにしてや」
といって切りかけてすぐ、
「あ、明日はお袋と二人でいくからね」
といった。やさしい調子である。(102頁)

このような短編が12編もあるのだから、冒頭の「あァ、私もこんな恋愛がしたいわァ」状態になるのは必然である。
表題は「孤独な夜のココア」だが、12編のなかに表題作は無い。12編の総称としての「孤独な夜のココア」なのだ。
どんなココアなのか、解説の綿矢りさは「私のイメージでは、一人暮らしでも誰かといっしょに暮らしていてもいいけれど、いったんベッドに入ったものの眠れず起き出して、そこだけ明かりの点いたキッチンで一人飲む一杯分のココア」(290頁)と解説しているが、わたしはひとり暮らしの社会人が日曜日の夜の寝る前にココアを飲みながら読む様子を思い浮かべた。

物語世界を頭に浮かべながら、これが現実になったら…とは思わないけれど、仕事に集中するあまり、女性特有のときめき(あの服かわいい!と言っちゃう、あの感じ)が不足していた自分を自覚する。『孤独な夜のココア』でときめきを貯め込んで、明日もがんばろーと思いながら眠りにつくのだ。
わたしは電車内で読了してしまったが、働く女性の休日の締めに、この一冊をおすすめする。

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