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暇と退屈を乗り越える「センスの哲学」

千葉雅也氏の『センスの哲学』は、著者の前著『現代思想入門』で展開された脱構築的思考をさらに深化させた著作です。本書では、私たちの生活に存在する様々な二項対立を脱構築していく試みが、丁寧に展開されています。

特徴的なのは、まず「芸術と日常生活」という対立の脱構築です。従来の「崇高な芸術」対「平凡な日常」という区分を解体し、日常のあらゆる場面に芸術的要素が存在することを著者は指摘します。また、「センスの良し悪し」という価値判断についても、「正しいセンス」という絶対的な基準の存在を否定し、多様なセンスの可能性を示唆しています。さらに「意味と形式」の対立においても、作品の意味理解に偏重せず、リズムや形態の面白さに注目することを提案しています。

本書の核心は「リズム」という概念にあります。著者は「デコボコ」という言葉を用いて、リズムを広義に解釈します。音楽における強弱のコントラストやテンポの変化、音の高低差といった要素だけでなく、部屋における大きな家具と小物の配置、明暗や色彩のコントラストといった視覚的要素も含まれます。さらには、餃子の皮のパリッとした食感と中身の柔らかさの対比のような、触覚的な体験までもリズムとして捉えています。

この著作の重要な意義は、芸術の民主化と現代人の「暇と退屈」への対応という二つの側面にあります。従来の「高尚な芸術」という概念を解体し、日常生活における美的体験の可能性を開示する一方で、現代人が直面する「飽きと満足の循環」を超える可能性も示唆しています。日常のリズムを発見する新しい視点を提供することで、私たちの生活をより豊かなものにする手がかりを与えてくれるのです。

本書は単なる美学論にとどまらず、日常生活における既存の考え方をいったん保留(エポケー)し、新しい視点から生活を見つめ直すための指針を提供しています。この視点は、人間関係の構築や日常の新たな側面の発見にも応用できる、極めて実践的な示唆に富んでいます。現代社会における生き方の指針として、本書の持つ意義は大きいと言えるでしょう。



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