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一人で髪が洗えるようになったよ
「お父さん、一人で髪が洗えるようになったよ。」
私が風呂場で服を脱いでいると娘がそんなことを言いにきた。
「どれ、一緒に入って見せてよ。」
泡の立つ子供用のシャンプーを手の平につけてやりながら、私は湯船の中から娘を見ていた。彼女は母が髪を洗う仕草を器用にまねてシャンプーを泡立てた。
「うまいでしょう。」
「うん、ずいぶんうまくなったね。」
髪がひとわたり泡立つと今度は自分で洗面器にお湯を汲んで頭にかけた。お湯は頭のてっぺんにかからず、後ろの方をかするようにして流れ去った。
お湯の入った洗面器が重すぎて、思ったところにお湯がかけられないのだ。
「お父さんがお湯をかけてあげるよ。」
彼女はしっかりと目をつぶって、流れるお湯の中で一生懸命、両手を動かして髪をすすいだ。
ついこの前までは髪を洗うのが大嫌いで、大泣きをしながら洗ってもらっていた娘。きょうははしゃぎながら頭にお湯をかけている。
春の日差しを浴びてすくすく伸びゆく草木の芽のようにこの子の中で生命の芽が伸びている。
きのうできなかったことがきょうできるようになっている。
きょうできなかったことがあしたできるようになっているかもしれない。
嬉々として髪を洗っている娘よ。お父さんには生命というものが何であるか、まだよくわからないけれど、まばゆいばかりの光に溢れていることは確かなのだ。