夏の思い出は少し、干上がってきた額のなか
父方の祖父母は山のなかで暮らしている。ドが72個ついてしまうほどの田舎だ。
わかりにくい?
それなら、もっと単純に考えてみようか。
シンプルに『ド』が72個付くのだから、『ドーナッツ』だわな。
つまり、ドーナッツくらい田舎ってこと。(拳を握って振り上げた人は、降ろそう)
街から田舎の山道を象徴する、ぐねぐねと伸びかけたラーメンみたいな道を1時間くらい走ると祖父母の家につく。
駐車場はない。祖父はいつも、縁石から歩道に膨らんだスペースによれよれの軽トラを止めていた。
多分、あの付近を散歩する犬はよく祖父の軽トラにマーキングしていたと思う。
それだけ犬を困らせることができる車だったのだから、きっと優秀だったのだろう。
あそこらへんに住んでいる人は、駐車場なんてきっと誰も持ってない。
いつも田んぼや、山の天気や、お盆のこととか、広がりすぎた竹林をどうするか、とか半径300メートルくらいのところまでしか考えられないのだ。
でも考えてもみれば、それは『古き日本』のなかだけで閉塞的に育まれた人間という動物のごく当たり前の生活に思える。
収支なんて考えないし、将来のことだって考えない。
資本主義はもはや限界だなんて、大それたこともいいださない。
考えることは、明日、明後日のこと、ぼんやりと続く自然のなかで、生を少しずつ発散していくことだけだ。
これだけSNSが発達したグローバルな世界から、逆行して、あの生活を取り戻すなんてできないわ。
古き良き日本が、また一つ、時代の風一つ。
記憶をたどるように、祖父母の家の坂道を上がってみよう。
右手には屹立した竹林がそよいで、あの独特の乾いた夏の葉擦れの音。
左手には、丘のように盛り上がって、雑草や特徴のない木が生い茂っている。
いつも蜂とかアブの羽音が耳元をかすめていく。
田舎くさい匂い。緑のむせ返るような、命のふんだんに盛られたあれ。
視界が広がると、平屋がある。
いつだって網戸にしてあるわりに、いつも家のなかにたくさんの虫が侵入してくる不思議な平屋。
急勾配に心臓がもたついて、息が切れる。
緑がかったすべてが目に飛び込んできて、
「あー夏だねぇ、まったく」と1つ季節を迎え入れる。
僕は街ではつまらない専門学生をしていて、勉強よりも学校のシステムに熱心に疑問を投げかける行き場のない生徒だった。
退屈な人間だったけれど、毎年、祖父母の家の田んぼ仕事を手伝いにいっていた。
干した稲穂の籾を分離するために、脱穀機に入れて、あとは勝手にやってくれる。
脱穀機に入れる稲穂が重いのとばらつきやすい手間はあったが単純な仕事だった。
田んぼ仕事は、近所の人も参加してやってくれる。
田舎特有の人情。
簡単な仕事だったけれど、その場にいた人間同様、脱穀機もしわくちゃだったから、どこかに絡まったり、不具合が発生して、急停止したり時間だけがかかった。
僕が「ここにいる誰よりも、年くってるし、本当に病院にいかなちゃいけないのは、こいつだね」と言ったら、皆お腹を抱えて笑っていた。
年よりは、死とお隣さんだから、そういうジョークが大好きだった。
お昼は、広げたブルーシートの上で、爆弾みたいなおにぎりを食べながら、このなかで誰が先に『おっちぬ』か笑いながら話していた。
不思議なのは、そこで名乗りを上げて笑いをとっていた人から、本当に亡くなっていたことだった。
あいにく、僕はまだ生きているけれど、本当に不思議だ。
そのなかではいつも率先して『おっちんでいた』のに
僕の次にいつも名乗り上げていた善助さんとか道子さんとかからいなくなった。
猛烈な陽ざしに立ち向かう老人たちの波のなかに交じって、僕も帽子をかぶり重い腰をあげる。
さて、後半戦だわな。
やれやれ、という言葉が聞こえる。
まだ老人会の旅行の話をし足りない人もいる。
このあとゲートボールに行こうと誰かを誘っている人もいる。
人生、色とりどり。
それなのに、時間は彼らをただの数字にしたがる。
何時間もかけて、汗水かいて、ようやく脱穀が終わると、
空は茜色に染まっていて、その場の人たちは、計画を練り直す。
僕は帽子を外した。
脱穀機から放り出された稲のカスが頬にささってチクチクする。
早くシャワーを浴びたいなと思った。
けれども、祖父母の家の炊き出し風呂にはキリギリスの死骸が浮いていたり、壁や天井にはカマドウマが張り付いているから、入る気にもなれない。
今思えば、あと400回くらいは、入ればよかったと思う。
虫でもなんでも、祖父母が50年以上浸かってきた湯と同じ湯に、入っていればと思う。
「おいおい、苦労さんだね、なんだか額が広くなってきてるんでの?」
善助さんが金歯の差し歯を光らせた。
みんながどれどれと近寄ってくる。
僕も軽トラのミラーで自分の額を見た。
汗で濡れて、海から掴み取られた海藻類は、少し広くなっていなくもないような気がした。(認めたくない)
全く10代のうちから、目の前の爺さん婆さんの仲間入りかと思うと、気落ちした。
「あれぇ、たしかにそだない、ちっちぇころはこんな広くなかったな」
「ちゃんとワカメ食べてないばい」
「あんたのじいちゃんそっくりな額の形だない」
金歯に入歯に、ハゲに、戦争経験者にうちの爺さんに婆さんにたくさんいた。
全員して笑いやがって。
あれから10年くらい経って、彼らにいいたい
「まだハゲきってないわい!まだごまかせるわい!」
少し、すこーーーしだけ、10年前より、広くなったけど。
けれどね、あんたらはこの少し広がった額の奥にいるよ。
茜色に染まった田舎は、寂し気に暮れて、命が何もかも停止した夜のなかで、すっぽり収まる。
僕は次の日のあなたたちも、何年後かに亡くなるまえのあなたたちのことも知らない。
けれど、あの場にいて僕の額の広さを笑った、じじいばばあ共の記憶は死ぬまで、僕の広がり続ける額のなかで、夏を続けているよ。
また、夏になったら思い出してやるとするか。
来年には、また額が広くなっているだろうね。
しっかり覚えておいてやるか。
19歳の僕はまだ専門学生だった。
靴下をはかない日差しの強烈さにやられていた。
帽子をかぶっていた。
汗で濡れる髪は、海から掴み取られた海藻類のようになっていた。