オカヤドカリとロマンスが死んだ日➇
その夏の朝、オカヤドカリは宿から身を外し小さくなっていた。「別れてきた」って言うショウに、しらけたというよりは冷酷極まりないナチの司令官の様な顔したわ。「つまらないしね」って。はぁ?冬場のベランダで満月に照らされたオカヤドカリを飼っていた時の白砂を底に凍らせてしまった陶器の感覚。
それが、オカヤドカリとロマンスが死んだ日。足が一瞬震えてから、苛立つようにボールペンで小説の表紙を連打した。あくまで震えたのは、貝殻の上のオカヤドカリへ。私が海から拾ってきた貝殻だ。連打したのは、なんだろう?ショウの単語があまりにクールで事実と受け入れるには、なんかね。ショウから借りた小説に八つ当たりしたってわけ。
「世に語り伝ふること、
まことはあいなきにや、多くはみな虚言」
徒然風に言えばそんな感じ。
(以下既読注意。退出可能。ご自由に外してください。エネルギーは貴方の体に大きな影響を及ぼします。プロフ参照)そうそう、退出前には言っとかなきゃならないことある。ショウの袖を掴む私は口を開く。恋に恋しちゃって地元イチの可愛いキノコ女と付き合ったんでしょ?(キノコばっかやってるという噂の)そもそも好きだったの?エ○ズ検査までさせられてさ?いったいどんなデートしたってわけ?どこ行ったの?どっちから別れ話したのよ?
(どうせ変な愛し方よ)
()内は言わなかった。
私、アカネ杏はショウを秒速30.3フィートで拷問にかけていた。ある意味では優しさ。その証に、ゆっくり視線を私の黒目に泳がせたショウ。無言を通すらしい。
で、
何よ?
其の目。
愛の言葉だとか愛のささやきだとか
(愛のあるコト、それらの行為)
それらはしたの?
これが実はいちばん聞きたかった。というより、言っておきたかった。言っておいた方がいいのよ。だって案外、人って明日明後日には貴方から突然遠ざかるものよ。見つめられていることを知りながら、黒目をきょろきょろさせ、空中に飛んでいる小さな羽虫を追うフリをした私。ショウに聞いた。今度は1海里進む程ののっぺりさで。
「ナンデ別れたの?」
「性格の不一致で」
昔からの尋常一様くんが言う。
「それ、言う人ほんとにいるんだ?」
切ないまでも楽しくラグジュアリーな気分になる私ってちょっと変態かもね。
さてさて、キノコ。
この赤いベンチでショウとの時間は続いた。
ショウとは友達。幼馴染みたいなやつ。「男女の友情」は成り立つのだ。だから私たちに別れはない。地元にある唯一の古着屋のkumoguyってヘンテコな名前のオーナーはウミヅキさん。ウミヅキさんがどっかで買い付けたカリモク60っぽい赤いベンチ。ここにいつも2人がいた。たまに他の友達もくる。
愛の言葉って何だと思います?
奇妙な歌声がkumoguyから切れ切れに高く響く。店内のウミヅキさんだ。店内に流れてるweezerに合わせて歌う妙チキりんな声。そのおかげで、さらに私はラグジュアリーになれたし、さらにショウを拷問にかけずに済んだ。
こういう場所や時間、空気や湿度、慣れてるはずなのに、性格の不一致だの男女の友情だのが同時に降ってくると、なんか世の中うそっぽいなとも思う。
[訳] 世間に語り伝えていることは、真実はつまらないのであろうか、多くはみんなつくりごとである。
出典:徒然草から言わせればそういうことである。
途方に暮れてたがってる
繁みからニャアってダレ?
ウミヅキさんが、スマホ片手に読み上げながら出てきた。ベンチの前に立っているウミヅキさんは何歳なんだろう?
「テオナナカトル?」
ウミヅキさんが、渡した今日のオヤツは、
『きのこの山🍄』
クッキーとチョコのコンビ。こちらは合法。
『きのこの山』を3人で食べていた。
俗に「きのこたけのこ戦争」と呼ばれていた時代だ。化学的な美味しさの数値で言えば、『きのこの山』だ。ここに「きのこ派」と「たけのこ派」に分かれた対立はない。
なぜなら3人は、サクサクの香ばしいクラッカーとチョコの絶妙なバランス、「たけのこ」にはない「きのこ」を愛していたから。
ある場所では、再び「フラッシュバック現象(再燃現象)」が起こることがあるらしい。『きのこの山』と「たけのこの里」が喧嘩して熱くなるっていう。
どうでもよいといった感じでふてくされているひと。不景気な顔は何を超えたがってるのかサッパリなショウ。こんなに美味しい『きのこの山』を前にしてさ。物憂いけだるさ憑るアカネ杏。
正しい愛し方と
正しいオカヤドカリの飼い方って
どんなの?
底砂は適度に真水で湿らせておいたし、脱皮をする際、砂中に潜りやすくするために気を遣っていた。なんで死んじゃったの?
途方に暮れてたがってる繁みからニャア。
ショウがポツリと鳴いた。
「オレ、実はたけのこ派なんだ」
え。
「ナンデ別れたの?」
その理由が明らかになった瞬間だった。
「きのこ派」でなく「たけのこ派」だったのだから、別れは仕方のない話しよ。
最後の『きのこの山』ひとつ。
箱の中、その個室で私たち3人に注目されている。それをショウがパクッと口に放りこんでニヤリとした。
あ。
とりあえず食べるには食べたんだ...。
キノコ女子─
私はウミヅキさんと笑い合った。
「たけのこ派がきのこ食うんじゃねーよ」
とchill outした。そんな日。
こーいうとこ分かり合えるってマジ幸せ。
それから私はオカヤドカリに花を添えた。(きのこの山じゃなくて)
(ショウ、おかえり)
※これは小説ですが、8割方本当の話です。