【書籍紹介】マーケティングの新しい基本 奥谷孝司 岩井琢磨 共著
著者の奥谷孝司さんと岩井琢磨さんは、共に株式会社顧客時間の共同代表を務めるコンビです。奥谷さんは、無印良品でデジタルシフトを牽引された立役者。岩井さんは、博報堂DYグループ出身の広告のプロです。
21世紀に入ってからの20年はデジタル革命が大きく進展しました。21世紀は、顧客の世紀である。コトラー教授は、製品志向のマーケティングから脱した1970〜1980年代をマーケティング2.0、すなわち、顧客志向のマーケティングの時代として示しました。そして1990年代以降のインターネットの普及を経てマーケティング3.0の時代が始まりました。
顧客1人ひとりが主体性と権限を持ち、自らにとって価値のある商品サービスを選択し発信し、その価値を顧客自身が高めていく。社会のデジタル化が進むこと、その中で顧客が主導権を持つ時代になることを、我々は既に20年以上をかけて体験してきています。
一方、事業現場は必ずしも、そうした顧客の変化に対応して来たとは言い難い状況にあります。One to Oneマーケティングは既に提唱されて来ましたが、顧客を囲い込むという企業目線の発想ではなく、顧客側から見て、繋がりたい、繋がる価値があると思ってもらう必要があります。
コロナ禍を経て、こうした顧客対応の差が顕在化しました。米国でスマートバイク事業を運営するペロトン(Peloton)は、人々を励まし続ける(Empowering People)を掲げ、単なるフィットネスプログラムやスマートバイクの販売にとどまらず、熱狂的なファンが集うコミュニティーを形成し大成功を収めました。
一方、こうした対応に舵を切れなかった既存の大手フィットネススタジオは、来客減で苦境に陥りました。これらの企業は、デジタル顧客視点を持っていなかったから破綻したのではありません。そのデジタル顧客視点だけでは顧客との繋がりを維持できなかったから破綻したのです。
本書では、カスタマーバリューピラミッドという概念を提唱しています。ピラミッドの土台は、商品やサービスの機能に基づく機能価値。その上に、ブランド体験に基づく体験価値。最上段が、企業と顧客がデジタルで直接つながり、常に最適な提案が届けられるエンゲージメント価値となります。
著者らは、前著「世界最先端のマーケティング」で、エンゲージメント4Pという概念を提唱しています。デジタルを活用した独自の顧客接点(プレイス)によって顧客とのつながり(エンゲージメント)を築き、それに基づいてパーソナライズした最適な商品サービス(プロダクト)、課金方法(プライス)、促進施策(プロモーション)を実現し、提案し続けるCRMプログラムと定義しています。
本書ではエンゲージメント4Pモデルを用いた価値創出の成功事例としてペロトン、ヤマップ、アマゾン、スナックミー等が紹介されています。
ここでは、アマゾンの例をご紹介します。2020年12月7日の日本経済新聞に、米アマゾンが次に破壊する9つの業界という記事が掲載されました。9つの業界は以下の通り。薬局、中小企業向け融資、物流、生鮮食品、決済、保険、スマートホーム、高級ファッション、園芸。
では、なぜアマゾンはこうも多様な業界への破壊を同時に実現可能なのであろうか?
個客のデジタルIDと、それに紐づく膨大な購買履歴情報を所有することで、顧客行動を把握し、パーソナライズした最適な提案を直接、顧客に届けることができます。これにより、単に最適な商品を調達して売るにとどまらず、自ら開発して販売することも可能となります。
その際、キーになるのが顧客接点とエンゲージメントを繋ぐ、データシステムとCRMプログラム。アマゾンは、まさにこの2点において圧倒的な優位性を誇っています。
アマゾンの優位性は、以下の4点で整理できます。
エンゲージメント:顧客にとっての、つながる価値を明確に持っている。
プレイス:デジタルを前提とした顧客接点を持っている。
データシステム:個客を認証するデジタルIDとデータおよびシステムを持っている。
CRMプログラム:個客に最適かつ直接的な提案を行うCRMを行っている。
ペロトンのスマートバイクの場合、スマートバイクを商品ではなく、顧客接点と捉え、これを通して顧客IDを付与し、その運動行動データを把握しています。
これをベースに顧客に提供される価値は、ひとりひとりに最適化された運動プログラム。そこには、個性豊かな多くのインストラクターがいて、ライブやアーカイブも用意されています。ペロトンの多彩なインストラクターたちは、それぞれに強烈なファンを持っており、ペロトンと顧客を結びつける中心的な存在になっています。
この運動プログラムを月額39ドルのサブスクリプション形式で提供。オフラインのジムの価格より割安に設定しています。
アマゾンやペロトンの成功事例が示唆しているのは、もはやビジネスモデル自体をデジタル前提に作り変えなければ、顧客とのつながりを奪い合う競争には太刀打ちできないということです。
本書では、ビジネスモデルをデジタル前提で構築し、顧客とのつながりを価値の中心に据えて成功した事例として登山アプリ、ヤマップ(YAMAP)の事例が紹介されています。
ヤマップについては、別記事で詳しくご紹介したので、下記よりお読みください。