【書籍紹介】小さな会社の売れる仕組み 久野高司 著
本書は中小企業向けコンサルティングを展開する、みんなのマーケティング代表、久野高司さんの著作です。本格的にマーケティングを学んだことがない中小企業経営者が理解できる様に、極力専門用語を使わず、平易に解説したマーケティング書です。
小さな会社でも成果を出せる売れる仕組みを、日本一やさしく解説すると謳っている通り、マーケティングを体系的に学んだことがない小さな会社の経営者や個人事業主にフォーカスした1冊です。
小さな会社の経営者がマーケティングを学ぼうとした際、基礎から体系的に解説した本は大企業のマーケティング活動を想定したものが大半。一方、小さな会社向けの本はというとSNS集客など、個別ノウハウに特化したものしか見当たりません。
そこで、著者は以下の点に配慮して執筆したと語っています。
難しい理論や専門用語は一般語に訳し、多義的な言葉は使わない。
難しくて使いこなせない有名フレームワークは使わない。
よくある概念的すぎてイメージしにくい理論は図解化する。
大企業の壮大な事例ではなく、個人レベルのあるある事例で解説。
部分的ノウハウではなく、全体の繋がりや連動がわかるように解説。
時代や業種を問わず、普遍的で一生使える考え方を解説。
逆にマーケティング実践者であれば、これはバリュープロポジションの話をしているな、これはランチェスター戦略の話をしているなと脳内変換しながら、再整理をするのに役立ちます。個人的には、こうすれば初心者にわかりやすく伝えられるのかと学びになりました。
著者は、時代、業種、地域を超えて通用する普遍的な売れる仕組みの3つのルールとして、以下を提示しています。
ルール1:戦略設計。選ばれる理由を明確にする。
ルール2:商品設計。商品全体の流れを設計する。
ルール3:集客設計。購買プロセスの流れを設計する。
この3つのルールに一貫性を持たせ、順番通りに組み立てていけば、仕組みとして回り出します。
ルール1:戦略設計
選ばれる理由というのは企業サイドから見た言い方で、顧客は自分にとって一番都合が良いかどうかで購入を判断します。品質が同じなら安い方を、価格が同じなら品質が良い方をといった具合に。
こうした選ばれる理由を作ることがマーケティング活動において重要であり、それが戦略の役割となります。
ユニバーサルスタジオジャパンをV字回復させたことで有名な森岡毅氏は、著書の中で、マーケティングの最大の仕事は、消費者の頭の中に選ばれる必然を作ることと述べています。
最初に選ばれる理由作りである戦略設計を怠るとどうなるか?勝てる市場や有望なターゲットの選定を行うことなく、商品設計を行ったり、集客を行っても、活動がちぐはぐとなり、努力が空回りすることになります。
これを、著者は、戦略なきマーケティング活動と呼び、利益を圧迫し、組織力を低下させ、事業の寿命を縮めてしまう危険な行為であると警鐘を鳴らします。
戦略とは、限られた資源を有効活用するために、やらないことを決めることでもあります。先述の森岡氏の言葉を借りれば、戦略とは目的達成に向けた、資源配分の選択であり、限られた経営資源を効果的に活用するためにやらないことを決めることが重要だと。
例えば、SNS集客が重要だと聞き、X、インスタグラム、YouTube、TikTokと手あたり次第に実施する。更に、それだけでは不十分とSEOやリスティング広告、バナー広告等にも手を出す。この様な行き当たりばったりで活動していては、お金や時間がいくらあっても足りません。
戦略設計でもっとも重要なことは、すべての顧客のすべてのニーズにこたえることはできないから、強みが活きる理想的なお客様に向けて商売を組み立てるということになります。
戦略設計をきっちり行えば、同じ市場の強い競合と、比べられることなく選ばれる状態を作り出すことができます。
著者は、小さな企業は、戦略設計の際、以下の3点をおさえて小さな市場のトップをめざすべしと説きます。
特定の顧客、特定の目的あるいはニーズ、特定の強み。
特定の顧客から選ばれる明確な理由があり、小さな市場の中で一番が取れている状態を目指して、戦略的マーケティング活動を実施すべしと著者は主張します。
これは、ランチェスター戦略で言う、ナンバーワン主義、一点集中主義と符合します。
戦略的マーケティング活動を展開することで、以下のメリットを享受することができます。
集客コストが下がり利益率が向上する。
軸が強固になり、方向性に自信を持てる。
価格が多少高くても選ばれる。
理想的な顧客が中心になる。
社員の満足度が高まり、組織力が向上する。
戦略構築で最も有名なフレームワークはフィリップ・コトラー教授提唱のSTP。
セグメンテーション。市場を分けること。
ターゲティング。分けたどこかを狙うこと。
ポジショニング。独自の立ち位置をとること。
STPは、概念自体はさほど難しくないのですが、実際に使いこなすのは簡単ではない。そこで、著者は時間、人手、資金、専門知識が限られた小さな会社の経営者が使いこなせるようにと、研究と試行錯誤を重ねた結果、戦略5原則という独自フレームワークを考案しました。
顧客は誰?
価値は何?
競合は誰?
強みは何?
コンセプト
難解なフレームワークを駆使しなくても、どんな人が、どんな目的や課題解決の為に、どんな選択肢と比べて、どんな強みを評価して選んでいるから、その強みをどう伝えたら選ばれるかという戦略5原則を、この順番に沿って、顧客の物語を突き詰めていけば良いと著者は説きます。
また、以下に5つの具体的な質問文を提示し、これに回答していくことで簡単に戦略設計ができるようになっています。
あなたの商品を一番喜んでくれた理想の顧客は誰ですか?
その人があなたの商品を利用する目的、期待した価値は何ですか?
その人から見たら、あなたは何屋さんですか?
その人が目的を達成するために、選べる他の手段、選択肢は?
その人が選べる他の手段、選択肢ではなく、あなたの商品を利用した決め手は?
ここで、ひとつ注意が必要なのが、売れない強みと売れる強みがあるということ。強みとは、目的に対して有効に働く要素なので、顧客にとって価値があり、選ぶ理由になる売れる強みである必要があります。価値がある、ないは顧客が判断することであり、売り手が一方的に強みと主張しても、それは売れない強みであることが多いです。
戦略5原則の活用事例として、都内で展開するピラティス教室の事例が紹介されています。
開始当初は、単にピラティス教室をやってますとSNSで告知したところ集客ゼロ。その後、戦略5原則を活用し、以下の通り、整理して、ターゲットとメッセージを絞って発信したところ集客に成功したそうです。
自身がアスリートとしてスポーツに打ち込んできたが、故障した際、リハビリに失敗。その際、ピラティスで故障を克服した。その経験を活かし、スポーツを楽しみたいけれど膝や腰に痛みを抱える40~50代をターゲットに設定。
リハビリの辛さを知っているインストラクターが、個別にサポートをするピラティス教室。手術不要で、ハードな運動をする必要もなく、素早く効果が感じられ、年齢を気にせず運動を楽しみ続けられるカラダづくりができることを訴求。
この戦略5原則の活用に際し、完璧を目指して時間をかけ過ぎないこと。素早く仮説を立て、実践し、顧客からフィードバックをもらいながら磨きをかけていくことが重要であると著者は強調しています。
この戦略設計のパートは、一般的にバリュープロポジションと呼ばれているフレームワークを、かみ砕いてわかりやすく解説したものとなります。バリュープロポジションについて詳しく知りたい方は、こちらの記事を併せてご覧ください。
ルール2:商品設計
戦略設計が終わったら、次にやることは商品設計です。戦略パートで定めたターゲット顧客に対し、お困りごとを解決する商品、サービスを設計します。
そこで重要なのが、顧客の商品に対する期待が大きく、不安が小さい状態を作るということです。本書では、顧客の心理状態に合わせて3つのステップで設計するプロダクトフロー理論を提唱しています。
これは、書籍「ドリルを売るには穴を売れ」の著者として有名な佐藤義典氏考案の理論を著者がアレンジしたバージョンとなります。
いきなり本命である高額商品を提案するのではなく、集客目的のあげる商品、お試し目的の売れる商品、本命の売りたい商品の3ステップで設計します。
1つ目のあげる商品とは集客を目的としたサンプルやホワイトペーパー等の役立つ情報が該当します。2つ目の売れる商品は、一般的にフロントエンド商品と呼ばれるもので、低価格で提供するお試し商品、サービスが該当します。
フロントエンド商品は、2つの信頼を獲得する目的を担います。それは、商品、サービスに対する信頼と提供者に対する信頼。無料であればもらうけれど、有償ならばいらないというテイカーの人たちがふるい落とされ、本命となるバックエンド商品に興味のある潜在顧客をフィルターします。
例えば、整体、マッサージなどのサロン系の商品設計で考えてみましょう。肩こりや腰痛に効くセルフケアの情報を冊子にして配ったり、YouTubeやインスタグラムで配信したりしてサロンの存在を知っていただく。そこから45分7,000円のコースをお試しいただき、最終的に3ヵ月の体質改善コース10万円を申し込んでいただくというような流れです。
小さな会社や個人事業の場合、薄利多売を目指すと資本力に勝る大企業にかないません。そこで、目指すべきは、自身の強みが活きる特定の顧客に利益率の高い商品を提供していく厚利少売。
その際、一番大きな課題や深い悩みを解決できる、本命のバックエンド商品を先に設計し、それを少しづつ薄めて提供していくと良いです。
ルール3:集客設計
SNSでの発信、デジタル広告、音声発信、動画コンテンツ等を用いて顧客を呼び込むこと。顧客が商品を知ってから、購入、利用し、ファン化するまでの流れをつくることも集客設計に含まれると考えます。
マーケティングとは、この集客部分を指すと誤解している人も多いですが、集客の前に、きちんと戦略設計及び商品設計を行うことが必須です。さもなくば、やみくもに発信を行い成果に繋がらない、戦略なきマーケティングに陥ってしまいます。
集客についても、商品設計と同様に顧客の心理状態に合わせて設計します。これを、マーケティング・ファネルと呼び、古典的なアイドマ(AIDMA)を筆頭に既に無数のモデルが存在します。
本書では、先述の佐藤義典氏のマインドフロー理論を踏襲した7段階のファネルを提唱しています。
①認知、②興味、③行動、④比較、⑤購買、⑥利用、⑦愛情となります。この内、どの段階に課題があるのかを明確にし、適切な施策を展開することが求められます。例えば、Facebook広告を実施するという場合、目的が認知獲得なのか、興味喚起なのか、購買促進なのかで訴求内容を変える必要があります。
本書では、それぞれの段階で躓く理由と、その解決方法についても書かれています。また、戦略5原則、プロダクトフロー理論、マインドフロー理論の活用事例として、健康食品会社、個別指導塾、お花教室に特化したオンライン経営スクール、整体サロン、法律事務所の事例も紹介されています。ご興味ある方は、是非、本書を手に取ってみてください。
最後に、私が個人的に響いた箇所をご紹介します。