茅ヶ崎に住んでいてサザンのライブに全部ハズレた。『そんなコニシに騙されて』の上司と私の3ヵ月。
6月25日。そのデビュー記念日にその日一斉に各メディアから発信されたニュースがある。
サザンオールスターズがデビュー45周年記念として10年ぶり3度目となる茅ヶ崎で、9月27日(水)、28日(木)、30日(土)、10月1日(日)の4日間にわたり、茅ヶ崎公園野球場にて「茅ヶ崎ライブ2023」が開催されることを発表した。
これは、開催を発表されてから本番終了までの約3ヵ月に渡る、茅ヶ崎に住みながら全てにハズレた漢のはなしである。
私は、この一報を手に入れ会社に向かった。同じく茅ヶ崎に住む一回り以上年上のサザンの話しかしない上司に報告するためだった。
「次長、10年ぶりに帰ってきてくれますね」
私は、その日上司と引き継ぎをしなければならない仕事に手をつけずに朝一番で話をした。私にとっては、仕事より大切なものしか存在しない毎日なので通常業務なのだが、毎朝謎の6時出社をしていて仕事のみに生きている上司にとっても、サザンに関しては唯一別枠だった。
上司も私に対して引き継ぎをしなければならない仕事があることを認識していたが、そんな仕事など存在しないように対応する上司を、私は初めて尊敬しても良いと思えた。
「コニシくん。今回は市民優先枠はあると思うかい?」
上司が言う市民優先枠とは、初めて開催された2000年の茅ヶ崎市民枠として用意された抽選倍率10倍にもなった1万3000枚のチケットや、2013年のライブで先着5000名無料招待の当時の茅ヶ崎市役所西側駐車場でのパブリックビューイングのことである。
「その事ですけど、さっそく調べました。市役所のホームページにその問い合わせについてこう記述されていました」
上司は私に救いというきっかけを求めるようにこう言った。
「コニシくん、それは今回は、『ない』ということだと君は判断するかね」
世の中を楽しむタイプの私は、上司を喜ばすためにこう囁いた。
「次長、これは文脈の問題になりますけど、『ないと伺っております』というのは、その裏を読むと、もしかしたら今後『伺っておりましたが主催者様のご厚意で特別に用意しました』的な市民サプライズパターンがあるのではないかと推察します」
私の眼光鋭いがタレている目を見ながら上司は満足そうにこう返してきた。
「さすがいつも本しか読んでいないだけあるね。コニシくん。推理力がすごいよ」
私は、読書家であることを誇ったが結果としては、市民枠は本当に存在しなかった。
こうして、6月末のファンクラブ先行受付から始まり、上司と私は、8月の一般販売の抽選、二次抽選販売と、ことごとくハズレることになる。私は、ファンクラブ会員ではなかったので先行は上司にお願いしていたのだが、その全てにエントリーをして、ここまでハズレるとは思わなかったのが正直な気持ちだった。
この時点で、観に行くことはリセールを除きその可能性がほぼ0である。
そんな中、ライブビューイングが全国の映画館で2日間開催されることを知る。延べ20万人の動員だ。もちろん私達は、茅ヶ崎市民なので茅ヶ崎の映画館を希望するがこれもハズレる。全国から茅ヶ崎の映画館で鑑賞しようとした人が殺到したのであろう。そうじゃなくとも全国の映画館で即完売だったのだが。後日行われた一般の先着なんて秒で完売してしまった。
そもそも、聖地茅ヶ崎に住んでいるのになぜ違う街に行って観に行かなければならないのだと叫ばずにいられなかった。
この夏を思い返すと毎回出会う人に「サザン来ますね」と話していた。自分が当選したわけでもないのに、どこかで嬉しい気持ちを止めておけなかった。ハズレた人達とどこか共有の仲間意識が芽生えたり、街も、サザンも「茅ヶ崎」を大事にしているのが日を追うにつれ、どんどん膨らむように伝わってきていた。
私は自分の小学生になる子ども達に気付けばこう言っていた。
「このライブのことは、これから君たちが大きくなって『茅ヶ崎出身』と誰かに言う度に絶対会話の中で聞かれるよ。そういう話題になるような街に生まれたことを大事にした方が良い」
本番が近づくにつれ、サザンのメディア露出などの情報交換を上司と毎日のように行うなかで自然とこの楽しい日々の終わりを感じるようになっていた。
球場での設営が始まり、日に日にセットが組上がるのを見ながら、新しい話題が私と上司の間に存在してきていた。
「コニシくん。非難覚悟で言うよ。リハーサルを聴きに行ったらまずいと思うかい?」
相変わらず、どこか救いを求める眼差しを向ける上司に私は囁いた。
「次長。それを非難出来る人生を私は歩んできていません。私の情報だとリハーサルは、25日(月)です。それ以外の本番はそれぞれ交通規制が入ります。もし行くのなら、この日が近くで聴けるラストチャンスだと思われます。ただ、1つだけ言いたいことがあります。もし本当に次長が行くのなら私は会社でお留守番ということです。なぜなら就業時間中です。昨今のコンプライアンスと音漏れを聴きに行くということを鑑みても2人は無理ですね。だけど私は次長が行くというのなら全力でサポートします」
私は、上司の常識ある判断を仰いだ。
「そうだね。コニシくん。君の情報で私はいっぱい助けられた。そしたら今回もサポートをお願いしようと思う。だから15時まではなんとか会社にいるので、それから早退する。あとをよろしく頼むよ」
私はどう考えても私に譲ってくれる流れだと思っていたのだが、文脈通りに受け取る上司に満面の笑みを向け、15時から上司がリハーサルに向かったことを全力で会社中にバラすことに専念した。
翌日、上司から感想を聞いた。
「コニシくん。人が凄かったけど聴けた。本当に良かったよ。当日行けなくても楽しめる方法を君が提案してくれたおかげだ。もうこのライブの成功を心から祈れるよ」
人の気持ちを知らずに、正直に話す上司はどこか憎めず、心が潤ったならそれで良いかと思い、私はさらに提案をした。
「次長。ここから先は1人の読書家の戯れ言だと思って聞いてください。茅ヶ崎にFM局が開局するのを知っていますか?サザンの今回のライブの特設サイトには、ハッキリと特別協力茅ヶ崎FMと書いてあります。開局日がライブの最終日、10月1日(日)なんです。どうしてわざわざ、特設サイトに記載されているのか調べました。そしたら、サザンが所属している事務所やレーベルが関係しているみたいなんです。社長は元サザンのマネージャーさんらしいです」
上司は、私の話に耳を傾けるどころか軀ごと寄せてきた。私はさらに小声で囁いた。
「ということは、もしかしたら当日の朝、開局番組に何かしらのサプライズなんてものがあるのかも知れないという戯れ言です」
上司は、興奮しながら応えた。
「コニシくん。それはもう間違いないよ。来るよ。桑田さん来るよ。それだけ繋がっていれば間違いないよ。そんな筋書き読めないよ。さすがだなぁ。読書家は。明日から読もうかな。絶対朝から待つよ。絶対待つよ」
私は、読書家であることを誇ったが結果としては、冒頭にサプライズコメントをくれて現場に桑田さんは現れなかった。
ライブが始まってからの休養日を挟んだ5日間は、本当にお祭り気分だった。
Xでずっとリアルタイム情報を読みながら、それぞれの色んな人のサザンとの関わり方を知って幸せな気分になった。楽曲やその思い出は、私個人の思い出に重ねるような物でなく、本当にこれは皆の物だと実感してきていた。
音漏れを聴きに海岸に来た一部の人達が残していったゴミの情報を目にした翌日には、それを片付けている人達の情報を目にし、その次の日には、『今日はこんなにキレイです。楽しんでください』と変化していったのを見る。
その裏には、誰かが動いていて誰かが嫌な気持ちになるのを引き受けてくれていて、それを見せずに動いてくれていた。
それぞれがそれぞれの成功を願っていた。
ライブに向かう観客の人達へ地元の人が優しく声をかけて楽しんでいる情報を目にし、色々な規制があるなかでも、少しでも良いものにしようと無関係を無関係と思わずに一丸となる姿にエンターテイメントの凄さを知れた。
私は、9月30日(土)に、仕事終わりに球場前を車で通ることにした。迷惑だからやめよう。と心で思っていたのだが、どうしてもやめられなかった。
普段なら海岸線に出ると5分もかからずに到着するのに、1時間以上かかった。車内でもしかしたらと思い、茅ヶ崎エフエム89.2に合わせてみた。そこは、開局前の試験放送中だったのだがずっとサザンが流れていた。もう渋滞も何もかもが最高だった。
私が球場の目の前を通った時に聴こえたのは、『勝手にシンドバッド』だった。最後の曲だった。
窓を開けてゆっくりと進み、通行人と一緒に歌い、車の通行時間はたったの30秒くらいだったけれどその空気に触れて、その声を少しだけ聴けて泣きそうになった。
最終日は、家族で私の実家がある伊勢原でのお祭りに遊びに行き、帰りの車の中で茅ヶ崎エフエムを流すと、茅ヶ崎ライブのセットリストに合わせてほぼ同時にCDの音源を流してくれるという画期的なことを番組にしていてくれた。
それは、行けなかった私が同じ感動を共有していると思えた瞬間であり、そして大事なラジオ局が出来た瞬間だった。
家に帰り、ベランダから家族と遠くに小さく光る球場の照明演出を見て、ラジオから流れる音楽を聴き、ビールを呑み、音楽だけが心に沁みる時間を過ごし、終了してから上がった花火を遠目に見て、お祭りの終わりを知った。
息子がふいに私に聞いた。
「お父さん。茅ヶ崎にはサザンがいるでしょ。お父さんの地元伊勢原には、誰がいるの?」
実に確信めいた質問に苦笑いしながら答えた。
「さっきまで、そのお祭りにいたろ。太田道灌だよバカやろう」
もはや、歴史上の人物と比べるしかなかった。
次の日、いつものように出社している上司に週末の話を聞いた。
「コニシくん。昨日は、朝から茅ヶ崎エフエムに行って、その後どうしても聴きたくなって最後車で向かったのだがね。到着しなくて途中で花火が上がったよ。声聴けなかったなぁ。だけど少なくとも君のおかげでこの3ヶ月楽しめたよ。ありがとう」
私は、ことごとく予想をハズした読書家であったのだが、楽しんでくれたのなら良かったと思った。そして何よりも上司が声を聴けなかった事実を嬉しく思ったが、それは内緒にして話をまとめた。
「またやってくれますよ。楽しかったですね」
なんのはなしですか
サザンオールスターズ。
発表から3ヶ月。茅ヶ崎に帰ってきくれて、そしてライブをしてくれて愛と感謝の"ありがっとう"!!