みんな没になってるよ
こんにちは漫画家の望月桜です。
「ネーム(漫画の下書きの下書き。設計図)に対価や報酬はあるべきか」に対して私見を。
わたしはありがたいことに40冊以上単行本を出していただいてますが。
描いたものすべてが世に出たわけではありません。
当然デビューまでには何本も投稿作を描き、デビューしてからもネームコンペに出し続け、持ち込みをし、ネームを何本もつくり、何度も何度も没になっています。もちろんこの間1円にもなりません。
デビューまでは会社員、デビューしてからはアシスタントをさせていただきながら自分の作品を描いていました。
新連載1話が載った瞬間に雑誌が休刊になり10話分のシナリオが流れたこともあるし
連載中に締め切り3日前なのに50ページのネームが全没になったこともあるし
連載中なのにどっちのルートがいいかわからないからと言われて50ページ2本100ページをルート違いで出したこともあるし
1週間で50ページを4回全直しして200ページ描いて倒れたこともあるし
依頼で来たはずの企画出したら実はコンペだったらしく普通に採用されませんでしたってこともあるし
連載会議パスしてたのにネーム完成してから編集長代わったから企画ごと白紙になったこともあるし
何本も企画出してもネーム描いても掲載にもお金にもならないことは、いたって普通にあると思います。
理不尽なことにはもちろん声をあげますし、ほんとうの闇はここには書けません(笑)。
だから上記みたいなことは闇ではないです。みんな味わうことだし、理不尽でも、ブラックでもないです。
漫画家は自営業なので。出版社に「書かされてる」のではないので。
仕上げたものを掲載していただき、出版社も漫画家も読者もハッピーになる、というシステムなので。
新人さんで、ネームが通らなくて苦しい時期は、どうしてもまわりが輝いて見えます。
経済的にもくるしくて、何百時間もかけて何回も直したネームが結局会議に通らなかったときは絶望するでしょう。
でも、たぶんそれは「目指す職業に就く」過程でみんな通る道のはずです。
たとえば学校の先生になるにも、
大学受験をして
教職課程をとり
教育実習をして
レポートを書き
単位をとって卒業し
教員免許をとり
教員採用試験に合格する
のあとに教師になれるわけです。
この間、お金はもらえませんよね。
むしろ大学側にお金を払っているはずです。
漫画家になるのに免許はいらないけれど、
そのかわり企画会議があるのです。
力があれば会議は通ります。面白ければどこかに載ります。特に今は媒体はめちゃくちゃ多いので!
何年やっていても、完全新作のネームを出す時は全没の覚悟をします。全没でもへこんでいる暇はありません。締め切りがあるので。
掲載される前提のネームが描けるのは幸せなことです。
掲載されないのは、自分がいいネームをつくれなかったから。
先方の都合で載らないよとなったときは、その先方の許可を得てから他に持ち込めば良いのです。掲載しないのに他に持ち込むのもダメとは言われないはずです。(一緒に作ったネームならかならずことわりは入れましょうね人として)
いいネームなら、かならずどこかには載ります。
載れば原稿料が出ます。
どこにも載らないなら、それは商品価値がないものだということです。
ちなみに商品価値は作品の価値ではありませんので、商品価値がないからといってその作品が良くないということではありません。だから落ち込む必要はありません。仕上げて同人誌にすればいいです。素敵な作品なら読んでもらえますよ。
商業作家でいたいから、商品価値がないネームを書いてしまったときは落ち込みます。
落ち込みますが、もう1回描くだけです。
ラーメン屋さんだって、これがうちの味だとなるまでに何百杯と試作しますよね?
これだ!となってから、はじめてお客様に食べていただいて正規のお値段で出しますよね。
漫画だって同じことです。
ちなみに、ネームが完璧にできる職人に対してはきちんと技術に報酬は支払われています。クレジットに「構成」や「ネーム構成」と書かれているコミカライズのネーム作家や、ネーム原作の漫画家(漫画原作者)には、完成したネームに対してネーム料(原稿料)が支払われます。
漫画界そんなにブラックじゃないです。安心してください。
芸を売る道はなんだって大変です。
大変なこととブラックなことは違います。
編集者は敵ではありません。戦友です。
先生でもありません。ビジネスパートナーです。
雇用主ではありません。取引先です。
ともに最高の作品をつくろうと努力する仲間です。
出版社は夢を叶えてくれる会社ではありません。
出版社から本を出すのがわたしたちの夢のはずです。
夢を叶えるのは自分です。
「こんなにアニメになりたい漫画描いてるのにアニメ原作料がアニメ会社から支払われない!」←そりゃそうです、アニメ化されてなければ。
「こんなに載るためにネーム描いてるのに出版社からネーム代が払われない!」←そりゃそうです、掲載されてないんですから。
なぜ「ネームにお金が支払われるべきか」で論争が起きるのか、(何年も前からですが)わりと不思議です。
ちなみに繰り返しになりますが、プロの必要とされるネーム工程には、ちゃんとネーム料支払われていますからね。
労働問題にすりかえてはいけません。これは研鑽の問題です。
労働問題というなら、雇用主は自分なので、相手は自分です。それは自営業みんなそうですよね。
わたしたちは出版社に「所属」しているわけではありません(一部契約を除く)。
だからどこまでも自由です。
自由というのは、だれも守ってくれないことと同義です。
だから好きなものを描いていい。自分の意に染まぬことはしなくていい。いやならやめていい。つらければ休んでいい。
そのかわり、載らなければお金にならない。普通のことです。
大丈夫です、憧れの先生たちもみんな没出しまくってます。言わないだけでめちゃくちゃ没ネーム描いてますよ。安心してください。
レベルが上がると編集者に見せる前に自分で没を出せるようになるから、編集者から出されるボツが少なくなったように見えるだけです。
編集者とのやりとりに慣れたから、指摘を反映するコツがあって早く直せて早くフィックスするようになるだけです。
みんな没になってるし、企画は白紙になってるし、なかなかお金にならないし、編集者と言い合いになるし、自信は無くすし落ち込みますし眠れない食べれないこともあります。
でも雇われてるのではなく自由なので、いつだってやめていいんですよ。
(雇用ならこの状態はどブラックです。いますぐ転職を考えましょう。会社に潰される前に!)
やめたくないから今日もネームを描いて出します。
たぶん大好きな先生方もみんなそうです。
だって、面白い漫画を読んでもらってお金にまでなるなんて、最高過ぎるじゃないですか。
面白い漫画をつくるための「たいへんなこと」は、当然ありますよね。白鳥だって水面下では泳いでるんだし。
「あー今回はネーム1発OKだったー!(自分で3回直したやつを初稿として出してるけど割愛)」
を、ほんとの一発書きだと思ってはいけません。
ネームは苦しいけど楽しいけどしんどいけど、ネームは漫画だけのものなんだから「漫画描いてる!」ってかんじしません?
そのつらさをよろこびに変えられるかが、もしかしたら「適性」なのかもしれないな、と思います。