【第12回】小学校の自由研究が、プチ小説家のデビュー作になったおはなし📚
「ともに過ごした日々は心の中に生きている。」
これは、私が好きなディズニーアニメ・トイストーリーの映画内のセリフです。
幼いころに大切にしていたピーターラビットのぬいぐるみや、ミッキーマウスのブランケット。
たとえ長い間その存在を忘れていても、自分の部屋でふと発見したり、写真を見ると、まるで青葉に降り注ぐ雨粒を陽の光が照らすように、幼い日の記憶が鮮明によみがえってくることがあります。
そして、その存在を忘れたままであっても、愛すべき家族や宝ものの数々と過ごしたあたたかい思い出こそが、気付かぬうちに、今を生きる支えや強さになっている。
「ともに過ごした日々が、心の中で生きる」というのは、いつ何時も忘れないということではなく、自分の血となり肉となっている日々のことなのだと、感じます。
こんにちは🌕文月ノベルです。
本日は、「小学校の自由研究が、プチ小説家のデビュー作になったおはなし」連載最後となる小学6年生の文章をつづりたいと思います。6年生では、1~5年生までに書いた詩や俳句、童話を、その時感じていた思い出とともに「あとがき」として振りかえっています。
たった、6年。
されど、6年。
6年という歳月は、幼い心をこんなにも大人にするのだなあと、そんなことを思いながら、当時の文章を読みふけっておりました。
それでは、最後もお付き合いいただければ嬉しいです。
■今までの私 これからの私
【1年生】のあとがき
期待に胸をはずませ小学校に入学して、はじめて迎えた夏休みの自由研究。まだ幼い私は何を感じ、何を思っていたのだろう・・・
1年生の作品を読み返してみると、純粋で何の汚れもない、まさに題名通りキラキラとした気鋭な心だったのだろう。見るもの聞くものすべてに興味を持ち、色々なものとの出会いも楽しく、周りの景色もキラキラして見えていた。
1年生の題「キラキラした心」は、そのころの自分の気持ちを、とてもよく表していた言葉だと思う。
「キラキラした心になりたいなって神様にお願いするの~」という前書きの部分。
それが私の当時の本当の願いであり、世界中の人々がそうなればと願いいていることが、ストレートに伝わってくる。
思ったことをすぐ言葉にしてそのまま詩にする。
「さあ書くぞ!」と構えなくても、すらすらと言葉が出てくる。
このころ、両親は私の口から次々に出てくる言葉はまるで詩の宝物のようだったと当時のことを話してくれた。
雨あがりの水たまりに写っている雲に乗り、「お母さん、私雲に乗っている!」と言われた時には母はびっくりしたと言っている。
一番上手な字がお母さん。
風に色があったり、色に香りがあったり。
それは、大人にはもう、忘れてしまった感情なのであろう。
【2年生】のあとがき
この作品は病院で入院された先生に早く元気になってほしいという願いを込めて作った物語である。
このころは、河原で見つけた小石や珍しい消しゴム、人形など、当然のように形あるものを「宝物」と考えていた時期。
主人公の女の子もキーホルダーが「宝物」であった。
男子とのかかわりを学んだのもこのころだったような気がする。乱暴な言動をどうしても理解できなかった私に「表面は乱暴な男子でも実は優しいのよ」と母がよく言っていた。
主人公の女の子は人形たちや動物たちに助けられながら無くした「宝物」を探しに行く。そして、本当の「宝物」とは何か、女の子はそれに気が付くのである。
このころの私は、いつも誰かに守られ助けられ家族って良いな。友達って良いな。と自然に回りに感謝していた。
人間は一人では生きていけない。
大切なことは何かに気が付いた私は入院していた先生に「私たちが応援しています。元気になってください」という願いを込めて作り上げた物語である。このころから読んでくれた人があったかい優しい気持ちになってくれたら良いなと思いながら文章を書くようになった。
【3年生】のあとがき
振り返ってみると、私は小学校に入学してからずっと家の中では暇さえあれば本を読んでいた。その中で本からもらったものは、
「自身、勇気、感謝、優しさ」
恩返しというか、私の詩を読んで、誰かが優しくなったり、自信や勇気を持ってくれたらという気持ちを込めた作品である。
今回は詩の他に、漢字一文字で書いている。漢字には一文字だけでも、すごいパワーがあり、色々な想像を膨らませ、それを筆で書くことにより、心がとても和む。
漢字の不思議なパワーと日本語の奥深さを実感した時期である。「詩のボクシング」に出会ったのもちょうど、このころである。他の人の詩を聞くことでその人の良い点、自分の欠点などが見えてくる。笑える楽しい詩を書く人がうらやましく自分もそんな笑いのとれる詩を書こうとド良くしたこともあった。自分の詩に迷った時期である。
でも「そのままがいいんだよ」の詩の通り、その人はその人なりに自分は自分なりに背伸びせず、そのままの自分を表現すればよいのだという答えを自分で出した3年の夏だった。
【4年生】のあとがき
この話は私が2~3歳のときにすでに家族に話したことで、それを思い出しはじめは詩として読んだものである。その時、会場にいた知らない方が「感動したよ」と声をかけてくれたことから、もっと詳しく書いて物語にしようと思ったのである。
世の中は暗いニュースが多く特に少年犯罪が増えて、
「こんな家に生まれたくなかった」
「好きで生まれたんじゃない」
「親のせいだ」
などという人のせいばかりにしている言葉をニュースで聞き、そんな風にしか考えられない人たちへのメッセージとしての「誕生」なのである。
このころから世の中は、綺麗なだけではないということを感じていくのである。
【5年生】のあとがき
この作品は、特に力を込めて書きあげたので思い入れが強く、題名の「治救―ちきゅう―」には深く愛情をこめている。
5年生の私でも地球を救おうと本気で考えていたのだー。
4年、5年とメッセージ性の強い作品に仕上がったのは、ほんわか、あたたかいだけでなく、黒の世界、白の世界、グレーの世界もあるということが段々と分かってきたからなのであろう。
【全体】のあとがき
いままでの作品を振り返り、その時の自分が何を感じ、何を思っていたのか。思い出す作業は自分自身のことなのに、なぜか新鮮であった。その作品を書いた背景には何があったのか。その前後の自分の生活はどうだったのか。
壁にぶつかった時もある。辛かった時もある。
でも今は「あんなことがあった・・・」と笑い話にできる自分がいる。
ということは、今現在たとえ苦しくても、笑い話にできる日がくるということなのである。そして、この6年間で共通していることは、その時、一生懸命に考えていたということ。
つまり大切なのは「今日を精一杯生きる」
さてこれからの私は何を感じ、何を思いどんな言葉を表現するのだろう。
すばらしい、美しい日本語をもっと深く使いこなすためにも、繰り返しやってくる失敗、成功、苦しみ、楽しみ、さまざまな経験を積み重ねよう。
来年の私、5年後、10年後の私がとても楽しみになってきた。
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このときに思い描いていた5年後、10年後の未来は、すでに、とうの昔に過ぎ去りました。
ーあのとき、「楽しみ」と言っていた大人になれているでしょうか。
ー美しい日本語をもっと深く使いこなす大人になれているでしょうか。
ー失敗、成功、苦しみ、楽しみ、さまざまな経験を積み重ねてきたでしょうか。
たくさん、たくさん、思うことがあります。
思い描いていた通りの未来もありますが、大半があのころには考えてもみなかった未来。
さらに今から5年、10年後に、何が起きているのか、今の私には皆目見当もつきません。
でも、ひとつ言えることは、きっと、大好きな文章を何かしらの形で書き綴り続けているのではないかなあということです。
だからこそ、目の前のできることを、そして身近な愛こそを大切に、歩んでいきたいなと思います。
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました(´ー`)。
(次回は、全ての連載のまとめ号を執筆します。ご訪問いただければうれしいです☺)