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小川洋子『小箱』を読んだ|亡き人を思う気持ちに寄り添うさわやかな風

小川洋子さんの作品を読み始めて一ヶ月。14作品ほど読むことができました。色々な作品に触れるたびに、「小川洋子さんが好き〜」という気持ちが高まっています。なぜ今まで読んでこなかったのだろう、早く出会いたかったという気持ちと、今だからこそ落ち着いて読めるのではないかという気持ちが半々です。一番最近読んだ『小箱』について語ろうと思います。

『ことり』につぐ7年ぶりの書き下ろし長編。小さなガラスの箱には亡くなった子どもの魂が、ひっそり生きて成長している。箱の番人、息子を失くした従姉、歌声でしか会話できないバリトンさん、竪琴をつくる歯科医……「おくりびと」たちの喪失世界を静謐に愛おしく描く傑作。
小箱の番人、歌でしか会話ができないバリトンさん、息子を失った従姉、遺髪で竪琴の弦をつくる元美容師…「おくりびと」たちは、孤独のさらに奥深くで冥福を祈っている。『ことり』以来7年ぶりの書下ろし長編小説。

紀伊国屋書店

主人公の女性は、今回はなんと幼稚園に住んでいます。しかも廃校になった幼稚園で、子供たちがやってくることはありません。
主人公の役割は、幼稚園に住みながら、幼稚園のホールに保存しているガラスのケースを見守ること。ガラスのケースには亡くなった子供たちのための品々が入れられています。
遺族は、子供たちのお世話をするように、ガラスケースに思い思いの品々を持ち寄ります。主人公は遺族が亡くなった子供たちに思いをはせる間、ろうそくの火を絶やさぬよう、そっと遺族の後ろ姿を見守るのでした。

亡くなった子供の声を聞きたい時には、特別な音楽会が開かれます。
音楽会が開かれるのはちょうど良い風の吹く日。住民たちは子供の遺髪や遺骨を使った、小さなイヤリングを耳たぶにつけ、丘へ集まります。
小さなイヤリングをつけた人だけが、風がイヤリングを揺らすことで、亡き子供たちの声を聞くことができるのです。

主人公の従姉妹も子供を亡くしています。従姉妹は亡くなった子供の歩んだ道しか歩かないし、死んだ作者の本しか読みません。

「今、自分が読んでいるのと同じページを、今はここにいない誰かが読んだ、と思うだけで安堵できない?」
「ええ」
「自分が、死んだあとまで生きているような、そんな気持ち」

『小箱』

死んだ作家の本は、さながら死んだ作家の魂を大事に保存しているガラスのケースのよう。
本が読み手によって受け取り方が変容するように、ガラスのケースに保存された亡き子供の魂も、残された大人たちの手助けを受けて成長していきます。

亡き子供の魂はガラスケースの中で成長して友達ができ、ごっこ遊びをし、やがて結婚します。そうした亡き子供のための儀式を、幼稚園で見届けているのが主人公なのです。

亡き人は話しかけても答えてくれません。生きる人が亡き人へメッセージを送り続けることはたしかに耐えきれないほど切ない。
けれども、生きている私たちにとって、亡き人のことを忘れたように振る舞うことだけが前を向く方法ではないと、教えてくれるようなお話でした。

ガラスケースに閉じ込められた亡き子供を思う気持ち、本の中に保存されている亡き作者の魂、亡き人を追い続ける人への温かな気持ち…朽ちることのない気持ちを、今日からは愛と呼んでみたいと思います。


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