それでも美しい~明日を希む歌を唄う【音楽エッセイ】
この記事は、2021年3月30日に高田馬場AREA開催されたあるライブについての個人的レポートかつ感想です。
高田馬場AREA
高田馬場AREAの閉店が、昨年12月、発表された。オーナービルの老朽化による取り壊しが理由だ。私は事情について詳しくない、わからないが、2021年12月31日(金)に閉店する。それは事実だ。
「何処かに移転するという選択は?」「再びビルが建てられるなら再開は?」
しかし、ライブハウスというものは、唯一無二で、他のライブハウスでの代わりは務まらない。同じ空間は、もう作ることができないのだ。ライブハウスには個性があって、観やすいハコ、観にくいハコ、音響のいいハコ、悪いハコ、様々だ。観客は特徴をとらえて、自分のライブの楽しみ方を探す。だからもう、同じ空気感を出すことは、無理があるのだ。
(正直、昨今の厄介なウイルスとの関連も頭に浮かんだ。確かに集客は減ったと思う。今でこそ人の戻りはあると思うが、昨年7月に行った際の高田馬場AREAは、もはや高田馬場AREAとは思えなかった。確かに、リスクはあると思う。私もマスク、グローブ、アルコール、最大限の対策をしたが、人はまばらだった。まだ世の中に「慣れ」的なものはなかった時期で、自粛という言葉も重く、警戒心は、今よりも高かったと思う。でも、何か関係しているのかは、関係者ではないのでわからない、想像で物を言ってはいけないと思うので、これ以上のことは控える。)
高田馬場AREAが開店したのは、1997年。私の記憶にはない。恐らく私がライブに通い始めるか、くらいのギリギリのタイミングだと思う。
でも過去の記憶をたどると、観やすいけど、少々清潔感にかけた、地下のライブハウスで、何となく私は行きにくかったと思う。当時はライブハウスで煙草を吸えた時代、私は煙草は吸わないが、知り合いが「灰皿」を求めると、「その辺に捨てておいて」とか平気で言ってくるライブハウスだった。だが、とにかく観やすく、サイズ感も良く、愛しているバンドマンも多かったと思う。
その、高田馬場AREAを愛してやまなかったバンドマンの1人が、「主」と呼ばれる彼だ。
「主(ぬし)」
私の記憶にある限り、彼は高田馬場AREAの「主」と言われていた気がするが、いつから言われ始めたのか、どういう経緯なのかは良くわからない。「Hitomi」というボーカリスト。V系を知る方なら必ずご存知かと思う。そしてこの界隈では、彼が高田馬場AREAの「主」であることは、不思議なほど誰も不思議に思わない、事実なのだ。
「主」の定義すら良くわからないので、私も「主」の実態はわからない。
「主」だからと言って、ギャラが発生しているわけではなさそうだし、要は、とにかく誰より高田馬場AREAを愛したのが「Hitomiさん」なのだと思う。だが前記した通り、高田馬場AREAは終わりをむかえることが決まってしまった。だが彼は諦めない。最後まで高田馬場AREAと共に歩むつもりなのだろう。そして3月30日、Hitomiさんの誕生日、最後の「高田馬場AREA」での誕生日ライブが行われた。
「コロナ禍」での開催
とにかくライブハウスへの世間の当たりは厳しかった。昨年の3月30日に開催されるはずだったHitomiさんの高田馬場AREAでの誕生日ライブは、延期され、結局有観客での高田馬場AREAでの開催はできなかった。
「ライブハウス」や「コンサート会場」は、ウイルスの温床のように扱われていた(現在進行形かもしれない)と思う。しかし、どんなアーティストでも、ファンは大好きなアーティストのライブの場でのクラスターの発生は望まない。「声を出してはいけない」「騒いではいけない」「声援は拍手で」絶対守るのだ。こんな状況でもライブを開催してくれる人に、迷惑はかけたくないのだ。それでも、リスクがある可能性はゼロではないし、政府のお堅い役人に、こんな想いをどんなに訴えようと通じない。それでも、少しずつ有観客ライブは息を吹き返して、私も少し白い目で観られるのを覚悟しながら、ライブハウスにまた足を運ぶようになった。
今年のHitomiさんの誕生日ライブも、無事予定通り開催されるか不安だった。1都3県の「緊急事態宣言」は延長され、映画館も、ライブハウスも、20時までの営業を決めるところが多かった。予定では、開演は19時だったので、「緊急事態宣言」に寄っては、開演が前倒しされたり、ライブの時間が短縮されるかもしれないとは、少し思っていた。
だが、「緊急事態宣言」は解除され、ライブは予定通りの開催となった。
「Last Birthday at AREA」
今年のHitomiさんの誕生日ライブのタイトルだ。Hitomiさんのツイキャスで、配信も行われた。出演は「ウミユリ」「雨や雨」
「ウミユリ」はHitomiさんのバンドサウンドでのソロ活動の名前だ。そして、「雨や雨」はHitomiさんと、おおくぼけいさんのユニット。「雨や雨」の通常形態は、ボーカルとキーボード、2人編成だが、このライブではバンド形態での出演。Hitomiさんの誕生日に、Hitomiさんの為にバンドマンが集結する、ファンとしては楽しみで仕方ないライブだった。
「雨や雨」の2人は、晴男。天気は、晴。
いつものように、開演は押していたが、それが彼の当然なので、何とも思わない。とにかく何でも遅れて始まることが多く、(きちんと始まることも稀にあるけれど)多分、Hitomiさんのファンで、ライブが押したと怒る人は、いないと思う。(帰りの新幹線問題が絡んだら別とは思うけれど。普通に始まれば終わるのに!と思いながら、私も走って最終に飛び乗った記憶がある。)
そして今回も、高田馬場AREAは携帯の電波が入らないので確認できなかったが、終演後外に出てTwitterをみたら、雨や雨公式アカウントから「いつも通りおしてます」と当然のようにツイートがあって、少し笑ってしまった。(マスクがあって良かったと思ってしまう。)いちいち気にしないので、何分押したかもわからないが、ライブは無事開演した。そして私は泣きそうになった。
「愛する」ライブハウス
開演時、ステージに幕が張られていた。そこに映し出されたのは、JR高田馬場駅のホームから、早稲田口改札を出て、高田馬場AREAへと向かう映像だった。入口階段を降りると、Hitomiさんのポスターがある。「主」らしく。それは私がいつも通る道。多くの観客は、その道を通って高田馬場AREAへ向かうのではないかと思われる。
誕生日とは全く関係のない映像だ。何故Hitomiさんはこの日にこの映像を流そうと思われたのだろう?あまり感情的にならない人だけれど、やはり高田馬場AREAの閉店は、深く想うところがあるのだろう。
そして、幕が開き、「ライブ」が始まった。
「雨や雨」
「雨や雨」のバンド編成。サポートメンバーは、私にとっては、そこそこ馴染みのある方ばかり。Hitomiさんに縁のある方だ。
この日のセットリストは、以下の通り(一部公式から引用)
1.RainySunday
2.濁水に浮かぶ
3.Joule
4.想いベタ
5.ぴあとぅり
6.驟雨
7.愛しのティルモラ
8.ブーケ(新曲)
9.キカ
10.Escalate
この日の公演で、「ブーケ」という新曲が披露された。ツイキャスの配信のアーカイブで、歌詞の書き起こしを試みたが、また新たな新境地な気がした。恐らく、次の音源に、「濁水に浮かぶ」と「ブーケ」は収録されるのではないかと思われる。
バンド形態での公演であった為、いつもピアノとボーカルのシンプルな構成の曲に、様々な可能性が垣間見えて興味深かった。
6曲目の「驟雨」は、ギターのyuyaさんのご出演があっての披露だと思う。インスト曲なのに、Hitomiさんはステージ中央で傘を操りながら自由に踊っていて(彼らしいなとは思う)、MCの時、yuyaさんにそれを突っ込まれていた。Hitomiさん曰く、いくらインスト曲でも、自分が居なくなったら「雨」になってしまう、「や雨」が居なくなってしまうと言う。発想がカオス。
10曲目の「Escalate」は「雨や雨」にとっての「Sing!Sing!SIng!」にあたる曲。早く昨今のあれは、終息してくれないかと思うばかりだ。着席で観賞する雨や雨のライブの中でも、「Sing!Sing!Sing!」は、どちらかというとメンバー側が盛り上がる。「Escalate」でそんな雰囲気を楽しみたい。
全10曲で、「雨や雨」の幕は下りた。
「ウミユリ」
Hitomiさんのバンドサウンドでのソロ活動として、2017年に始動した「ウミユリ」この活動名は、恐らく、Hitomiさんが「単純」につけたものではない。「ユリ」とつくので一見美しい植物に思えるが、実はウミユリは棘皮動物の1種であり、あまり美しくないどころか、私の勝手なイメージでは、少しグロテスクだ。
「始めようか」
その一言が、彼のインヴァースな世界の幕開けだ。
この日のセットリストは、以下の通り
SE. fall asleep
1.クチナワ
2.Bells
3.浪漫致死ズム
4.黒髪と黒猫
5.君に明日を
6.テディベアの娼年
7.イノサン
8.冷たい光
En.
1.Shoe sore
2.アマノ花談
「ウミユリ」の楽曲は、作詞はHitomiさんが全てされているが、楽曲提供が色々なタイプのアーティストからされているので、それも面白味のひとつ。それでも、きちんと「ライブ」「音源」として纏まるのは、Hitomiさんの描く世界が、彼なりの「想い」で筋が通っているからなのかなとは思う。でもこの中で、昨年コロナ禍の中初披露された「君に明日を」の歌詞の世界観には、私はただならぬものを感じてしまった。確か初披露されたライブにも行ったはず。「コロナ」が影響を与えた歌詞、「コロナ禍」だからこそ書いた歌詞、のようなことを仰っていた気がするのだが、私はこの「君に明日を」の歌詞は、今回のライブのツイキャスのアーカイブを観ながら書き起こしててみたところ、やはりちょっと何かあったのかな?と勝手に思ったりしている。(思うのは勝手)
私は、まだ音源化されていない、「YOSHIHIRO03」と仮タイトルのつけられていた「冷たい光」が好きだ。この楽曲のアレンジを誰がされたのかを知りたい。流れるようなピアノの音が、心地よく、乗りやすい。この曲も歌詞の書き起こしを試みたが、なかなか苦戦して、あまり形を見られていない状態だ。楽曲自体はライブで何度も演奏されているので覚えているのだが、完全な歌詞を、歌詞カードで読みたいなと思っている。
この日のMCの際、極めて真理を突いた名言が生まれた。私も、まさかそんな風に思う日が来るとは思わなかったのだが・・・。
言い出したのは、Hitomiさんではなく、サポートベースのIvyさんだ。
この日のライブ、毎年恒例で、ex-MoranのSiznaさんが来ていたそうだ。だが、Ivyさんによると、「もう帰った」と言うのだ。「え?」とは私も思った。本当かどうか定かではないが、「雨や雨」だけ観て、「ウミユリ」は観ないで帰ったのかもしれない。その理由がおかしい。いや、おかしくはない?のかもしれないが・・・。
「ごめん、明日があるから」
まあ、そうかもしれない。私も、次の日仕事が早ければ、ライブではないにしても、友達と飲んでいるくらいなら「明日があるから」と先に抜けたりするかもしれない。
だが、Ivyさんが、最も真理を突いたことを仰った。
「明日?誰にだって明日あるわ」
そこから、Hitomiさんが、
「逆に明日ないなら帰ってもいいけど、明日がないなら帰ってもらってもいいけど、明日があるなら観てけ!」
という話に発展し、サポートギターのYOSHIHIROさんまで、
「『明日があるなら来い』はちょっと持ち帰らせて欲しい」
と言い出し、Hitomiさんも、
「それは本当に名言だと思います。今後は『明日あるんで』って言われたら、明日があるならOKじゃん。」
YOSHIHIROさん、
「ツイッターに書いたら軽くバズる」
これはもう、笑いを飛び越え、この世の真理では・・・。まさかこんな名言が飛び出すとは思わず、そして私は妙に納得した。確かに今まで、何でも「明日」のことばかり気にして、行動制限をかけがちだったが・・・やめようかと。「明日があるから」こそ、遠征も構わずしようかなと、夜バス後の出勤になっても、別に良くない?
ライブには音楽を目的で行くが、MCと言うものは面白いな、と改めて思ってしまった。Ivyさんの類まれなトークセンスの生み出した、宝物を手にした気がした。そんな仲間と音楽を演っているHitomiさんが、少し羨ましい。少なくとも、音楽で食べていくことを、子供の頃少しだけ考えたことがあったからだ。ジャンルは全く違うけれども。そういう仲間がいるからこそ、Hitomiさんの描く世界は、やはり美しく歪なのだと思う。
「本当に滅茶苦茶幸せな誕生日でした!どうもありがとう!」
Hitomiさんの、ささやかな大きな感謝で、「ウミユリ」の幕は下りて、そのままライブは終演となった。
突き付けられた現実
このライブは、Hitomiさんの誕生日ライブと言う位置づけで、実際、サポートドラムのTEROさんが、Hitomiさんに、あの有名なバースデーソングを歌う一面があった。そして、TEROさんは、歌の最後に「せーのっ!」と何かを合わせた。何か。おそらく、それは、サポートメンバーと我々ファンが、一緒に最後に「ハピバーステートゥーユー!」と歌うという無意識の想定なのだと思う。だが。
歌えないのだ。今は、ライブ中に大声を出して歌うことは、できない。贈れるのは「音」で「声」は贈れない。こんなに楽しい誕生日ライブ、今年は祝える!と思って浮かれていた誕生日ライブに突き付けられた現実は正直重かった。こんな気持ちになるのは、申し訳ない気持ちにもなったが、Hitomiさんは最後まで嬉しそうだったので、無事開催できたのは、本当に良かったと思う。
最後に
Hitomiさんは、高田馬場AREAで過ごす最後の誕生日を終えて、今年でAREAは閉店する。AREAを失うことになる、Hitomiさんが来年どう飛んでいくのかも、楽しみだ。Hitomiさんは「クリスマスは空けておいて」と既に宣言しているし、きっと今年のクリスマスはAREAで何かあると、楽しみでならない。
とにかく、ライブは楽しい。Hitomiさんの描く世界が好きだ。歌が好きだ。彼の描く世界は、「それでも」美しい、と私は思う。
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