夏の温度
偶然だった。
上京した街で、
通学路に咲いていた花と同じ花を見つけた。
その花は、私にあの夏を思い起こさせた。
夏。8月初旬。
夏休み中の私は、
補講を受けるためにひたすら汗をかきながら
そり立つ坂道を自転車で登る。
本当のことを言えば、
暑がりな弟が、親の居ぬ隙を見計らって
20度に設定したクーラーをつけた家で勉強したいし、
外に一歩たりとも出たくない。
退屈な授業なんてもってのほかである。
けれど私は、自転車を漕いで
クーラーの効かない教室へ小走りで入る。
7月中旬。終業式。
「夏休みの補習希望者は、
科目を選んで名簿に○つけるように。
三者面談もあるから忘れるなよ〜
以上、解散!」
解放ムード。
いつもつるんでいる友達は
当然のように名簿へ丸をつけなかった。
面倒ごとは大嫌い。
当たり前。
大学受験を目前に控える私も、
まあいいや、で帰るつもりだった。
ある名前の横にひとつ、○が付いているのを見かけるまで。
あぶない、あぶない。
小声でそう呟いて
私は名前の横に、ちいさな円を描いた。
午前11時20分。補習。世界史。
埋まらないプリント。
0点。
今まで大して勉強してきた訳じゃないけど、0点
減ってく自尊心、失われゆく体力。
私の恋心だけ、120点満点を叩き出す。
カラオケでどんなに頑張っても80点しか出ないのに。出せないのに。
だって、あの人に逢えるんだもん。
私は、たった2、3回話しただけのクラスメイトに
恋をしている。
部活で小麦色に焼けた肌。
剃りたてのうなじ。
シワッシワのシャツ。
その全部が愛おしかった。
わざわざ補習に行くのは、貴方を一目みるため。
そんな不純な動機。
このためだけに、
家と学校を往復する。毎日毎日。
行ってみたところで、どうせ今日も話せない。
でも、もしかしたら、
今日こそ話せるかもしれない。
そんな僅かな可能性に懸けて。
今日、話せるかなぁ。
毎度のこと。
ドキドキ。
高鳴る胸の鼓動、
上昇する体温。
そして、
少し汗ばむ私。
クーラーは28度だった。
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