被害者の順位~虐待が生みだす負の連鎖~
別にそんな壮絶な虐待をされていたわけではない。
ただ強制的に勉強させられて、したくないと駄々をこねると怒鳴り散らすから、その恐怖から言うことを聞いて勉強するしかなかった。それ以外にも、日常生活のなかで父の思い通りに動かないことがあると、怒鳴られ、時に平手打ちをくらった。10代後半の姉たちはもっと殴られ、蹴られたりしていたそうだ。あまりの殺意に包丁を向けたこともあると話していた。
そんなことが日常茶飯事で、家のなかはいつだって重たい空気が流れていた。あの人を怒らせないよう、母は一生懸命顔色を伺っている。それが私の日常の風景。
世間でニュースになるほどの壮絶な虐待はなかったけれど、でもあれは虐待だったと思う。なにより私はとても辛かった。苦しかった。父が大嫌いだった。それは母も姉たちも同じだろう。離れて暮らすことになって本当に心底嬉しく思ったのを覚えている。けれど私の辛さも、7つ年の離れた長女からすると、そんなことはないそうなのだ。
彼女からすれば、一番早く生まれた自分が一番多く父の被害を受けていて、心の傷も三姉妹の誰よりも一番深いのだそうだ。だからうつ病が治らないのだと。そして私は末っ子で、一番被害を受けておらず、傷も浅いからうつ病も治ったのだという。
私からすれば、三姉妹それぞれの立場で違う苦しみがあったのだから、誰が一番の被害者かなんて決められないはずだということ。私だって、幼いながらも怒鳴られ、殴られた。一生懸命空気を読もうと努力もした。別居した結果、誰も知らない中学校に入学したときは、現実の物事の進み具合に心が追い付かなくて、登校拒否になって苦しんだこともある。あなたはもう高校生で、いきなり誰も友人がいないところに放り込まれる、そんな苦しみはなかったでしょ?なのにどうして私が一番楽をしていて、あなたが一番苦しいなんて決められるの?そもそも私一人が馬鹿みたいに勉強させられていたのは、姉二人が反抗期で勉強しなくなったから、幼くてまだ言うことを聞く末っ子の私一人が背負うことになったというのに。
あなたがその病気から立ち直れないのは、いつまでも被害者でいたいからなんじゃないの?いつまで自分の人生がうまくいかないことを父親のせいにするの?もうあの人はこの世にいないよ。この世にいない人を恨み続けて一生を終えていくの?
長女と話すといつもこのやり取りになってしまう。そして永遠に私たちの意見は噛み合わない。姉はずっと被害者のままだ。そこから動き出そうとしてはくれない。私の話しに耳を傾けることもしてくれない。
悲しいけれどこれが現実だから、私は彼女と話すことを止めた。連絡手段すら絶ち切った。今のところこれ以上の解決方法がない。たとえ血の繋がった姉妹であっても分かりあえないこともあるのだ。実の姉の言葉が私の心を深く傷つける。彼女の言葉は毒だ。そしてその事に気づかず、自分ばかり被害者だと訴える彼女を見ることも耐え難い。こうして姉妹の間での溝は深くなり、一向に埋められそうにない。
私たちは、はたして互いが死ぬその時までに分かりあえるのだろうか。今のところ、その答えは否である。