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ダークホースの奇跡
クリスマスを目前にした12月下旬。
アラフィフの日本人がカナダの短大で微分積分の最終試験を受けていた。
学期中に行なわれた教職員による賃上げストライキが原因で、最終試験日程が大幅に変更された。いつもなら、クリスマスクッキーを焼いてる。そんな年末も押し迫った頃、18歳のクラスメイトに囲まれて問題を解いていく。
短大入学のために急いで終わらせた高校数学。基礎が弱いせいで2回行なわれた中間テストは40点台止まり。最下位グループのメンバーだった。
わずかな追加点になる宿題、提出物はきちんとやったけれど十分ではない。残された道はただひとつ。最終試験に合格することだった。
基礎が出来ていないのと同レベルで弱点だったのが英語の理解力。試験問題はもちろん英語で出題される。試験会場に持ち込めるのは筆記用具、学校指定の電卓とラベルを剥がしたペットボトルの水のみ。英和辞典は使えない。問題を読むのに時間がかかる。時々知らない単語が出てくる。そんな状態で3時間などあっという間に過ぎていく。
そんな駄馬みたいな学生の裏に、付きっ切りでサポートしてくれた最強の
助っ人がいた。元短大数学講師。私のパートナー。
学期中、板書したノートから担当の先生の教え方を研究し、傾向と対策を練る。引っかかっているところを何度も説明する。最終試験前に模擬試験を作る。たったひとりの生徒ためにあの手この手を使ってきた。
試験直前になって少しずつ理解力が上がっていく私に彼は言った。
「あっちんはダークホースになるよ」
試験前に最終チェックをしていた時、新たな問題集を作って彼が説明しだした。頭の中はすでにパンパン。これ以上はもう無理だと言いたかった。
ただ、そんなものほど重要なことは経験上わかっている。だから必死で頭に叩き込んだ。もう暗記に頼るしかなかった。
それから数時間後。
丸暗記した最新の問題集とほぼ同じ内容のものが、最終ページで出題されていた。
***
最終試験の結果発表は、クリスマスの日の正午に行なわれた。
短大のウェブサイトにアクセスし学生番号を入力する。
パートナーも一緒にパソコン画面を見つめている。
結果は65点。合格した。
年が明けて登校しても、答案用紙を受け取りに行かなかった。合格しただけでもう十分だった。燃え尽きてしまったのだ。
春学期を休校しようと思っていた矢先、廊下で数学の先生とすれ違った。
その瞬間、授業中には見たことがないくらいの笑顔を私に向けてくれた。
心から合格を喜んでくれていることが伝わってきた。
そのことを帰宅してからパートナーに伝えると、
「そりゃそうだよ。落ちこぼれの学生が最終試験に合格することほどうれしいことはないよ」
そうなんだ。
「それに、中央値が55点だから半数以上の学生が不合格だった。学校から何に言われるかわからなかったところを、最下位グループのあっちんが合格したことで、彼の教え方は間違ってなかったと証明してあげたようなもんなんだよね」
優秀な騎手を背中に乗せて走り出した一頭の老いぼれ駄馬。
若くてエネルギッシュな馬達から遠く離れ、ボチボチついていくのがせいいっぱいだった。その駄馬が、いつのまにか大きく変化していた。
そして、あの日の午後、
ダークホースになって最終ゴールを駆け抜けた。
ダークホース (英: dark horse) は、あまり知られていなかった人物や物が、複数のライバルを含む競争などの特定の状況下で、突如として存在を示すこと。または、理論上の確率は低いものの、成功する可能性を秘めた競技者を指す慣用句である。
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