見出し画像

100キロ走れた私がALSになり老人ホームに入るまで #4「むすんで、ひらいて」

(前回まで)


むすんで、ひらいて

 訪問看護でラジカットの点滴を受け始めた頃から訪問リハビリも受け始めた。理学療法士による身体機能のリハビリと、言語聴覚士による言語・嚥下機能のリハビリの二種類だ。
 ALS患者のリハビリの目的は、機能回復ではなく現状維持。疲れるほど頑張ると病気の進行を早めると言われているのでやりすぎ禁物。物足りないくらいがちょうどいい。そのときの「今」の状態ができるだけ続くことを目指す。

 ラジカットやリハビリを始めてから一年ほどの間に、まず杖歩行になり、やがて室内では歩行器でなんとか歩き、屋外では車椅子を押してもらうようになった。ひとりで移動できなくなり退職した。ひとりで髪を洗えなくなり訪問看護師さんに入浴介助してもらうようになった。

 赤ん坊だった息子を思い出した。仰向けになった息子は顔前にかざした自分の手をじっと見つめていた。やがてその手をむすんで、ひらいて、自分で動かせることに気づく。鈴を渡すと握って、振って、自分で音を鳴らせることに喜ぶ。ジタバタさせているその足も自分で動かせることにじきに気づく。手の発見が、彼の世界のはじまりだった。

 私はその反対に、自分で自分の体を動かせないことにこれからどんどん気づいていくのだ。

「今のうちに準備しなくては!」
 私は今後頼れそうなものや制度について急いで調べ始めた。

 体を動かせなくなっても、私の世界はつづくから。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?