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向日葵

向日葵

何ゆゑか似ん
土より出づるやうすは当に燦燦たる天道のごとし
されども己が身より輝くにあらず

何ゆゑか見遣らん
顔 陽に向けたるやうすは猶ほ憧るる娘のごとし
されども焦がるるものに成るは叶はず

何ゆゑか生きん
凛と丈高く延び 煌煌と黄の色映ゆ
しかれども似せんとするも似られず 成らんとするも成れず

其の労労じう立ち給ふかたちのいと麗しう思へばこそ愛づれども
何ごとも成せず枯るるさだめのいと侘し

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とうとう

とうとう

 忘れられない光がある。

 工場は暗い。日が入ると紙が痛むのだという。
 師匠も暗い。というより、無口だ。静かに竹を削り、紙を張り、筆を滑らせる。彫り物のように皺の深い老人が、暗い部屋でそうしているのは不気味だった。
 火を灯さないんですか。何度か聞いた。幾度目かで忍び寄る影のような、低い声が答えた。「軽々しく言うんじゃねえ」
 思い出して、割竹を曲げていた手を止める。
 祭りの夜が近い。師匠の

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ふうりん



ジィジィギィと虫や蛙の鳴き声、自然の音がする方を私は屋根の下でなんとなく見ていた。
ふと「ちりん」と頭の上から音がした。
気になり音の鳴る方を見ると最初はクラゲのお化けが頭の上に浮いていると思ってびっくりした。
しかし、よく見るとそれは夜の色をした綺麗なものであった。
薄蒼く、それでいてキラキラと光って見えるそれから「ちりん」と綺麗な音がした。
素敵なものに見えた。
不思議そうに見ている私に、

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約束



長い、長い旅をしていた。
そのうちに大事だったことの記憶が曖昧になっていった。
大事だという感情だけを残して、それが具体的になんだったのか
その内容が、何か底知れない大きな力にぼやかされていった、のだと思う。

それでも、胸に棘のようにささったままの感情があった。
その感情の糸をたぐり目を閉じると、必ず浮かぶイメージがある。

彼女はそこに座っていた。
ただ、座っていた。

夏の日差しの中、白

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サマー・バケーション

街の喧騒が遠のくと、明るいアイドルソングを鳴らしていたカーステレオが急に張り合いをなくしたように、おとなしい曲を流しはじめた。

窓の外は、さっきまで眩しかったイルミネーションが薄暗い街灯へと移り変わり、どこか寂しい気持ちにさせる夜景が、薄く濁った心を撫でていく。

“もしも、オスカー・ピーターソンがクラシック音楽のピアニストだったら”
という他愛ない思いつきがふっと頭をかすめ、手から伝わってくる

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道行き

道行き

 老人は海を目指していた。
(あの優しい介護士さんは抜け出した事を怒っているだろうか)
 快速電車が彼の目の前を通り過ぎる。各駅停車はあと数分で到着するだろう。
(今頃大騒ぎになっているかもしれないな)
 微かに笑ってゆっくりとベンチに腰掛けた。座る動作一つにもきしむ体との対話が必要だった。
(遠出はいつ振りだったか)
 目元にいっそう皺を寄せ空を見上げる。黄みがかった瞳にもその青は美しく映った。

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【モノカキ空想のおと】楽器スプレー 【即興SS】

 ″楽器スプレー″と、引いた紙にはあって、私は思わず頭をひねる。

 身を切るような寒さが続き、まだまだ冬だと思っていたら、週末はふわっと春になった。大変お日柄もよく、と町内会長さんが壇上から挨拶する中、私は少し憂鬱だった。

「お陰様で、十回目になりますこの借り物競争も……」という言葉通り、少し変わった行事がその原因だった。マラソンとか餅つきなら分かるけど、なぜか毎年この時期に借り物競争をする。

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【モノカキ空想のおと】楽器スプレー【即興SS】

小学校低学年の頃、某国民的アニメ、ネコ型ロボットの
新ひみつ道具アイディア募集の企画があった。

その何でも出てくる不思議なポケットに魅了され、
毎週のようにテレビにかじりついていたわたしは

──これは送らねば。

と、謎の使命感に燃えたのだった。

そこで思いついたのが「楽器スプレー」。

そのスプレーを吹きかければ、どんな物でも素敵な音がなる。

保育園の頃、お弁当箱を叩いていて怒られたこと

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【モノカキ空想のおと】楽器スプレー【即興SS】

授業開始の5分前には準備を整えておくのが私の決め事。

それは教室を移動するときも例外じゃない。

ノートと教材を両手に抱え、まだのんびりしているみんなを尻目に次の音楽室へと足を運ぶ。

私だって遊びたい。けど根が真面目なせいか、授業が始まる直前に慌てて入ってくる生徒にはなりたくなかった。

教室を移動する時はさらに余裕をもって行動するから、たいてい一番乗り。誰もいない音楽室を一人で専有する気分を

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【モノカキ空想のおと】楽器スプレー【即興SS】

【モノカキ空想のおと】楽器スプレー【即興SS】

公園で遊んでいたゆう君は不思議なスプレーを見つけました。

ぷしゅー。

押すと虹色に光る霧が出ます。

ゆう君は楽しくなって近くの階段にスプレーを吹きかけました。

「いろつくかなー」

でも階段はコンクリート色のまま。

「つまんないの」

他の遊びを探そうと階段に足を乗せたその時です。

足元からタタンと音がしました。

びっくりしたゆう君は足を持ち上げます。

階段にも靴の裏にもおかしな所

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【モノカキ空想のおと】母の手の船【即興SS】

話をする前に、一つだけ、約束してほしいことがあります。

いえ、難しいことではありません。ただ、忘れてほしいのです。これからお話しすることを。

約束して下さい。でなければ、何もお話しできません。

そうですか。有難うございます。

あれは、まだ私が幼い頃でした。

冬は過ぎていたのに、随分と寒い日でした。

母は私の手を引いて、海に出かけました。ええ。海は家の近くでした。父は船乗りだったのです。

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同じ顔になれる粉

同じ顔になれる粉

 最初にマリアと出会ったのは美容室でファッション雑誌を見ていた時だった。整った顔立ち、理想的なプロポーション。綺麗な服を着て華やかに微笑むマリアは本当に素敵で、私は一目でマリアのファンになった。毎月マリアの出ているファッション雑誌を買うのが楽しかった。インタビュー記事を読んだりゲスト出演するTV番組を見たり。知れば知る程マリアは私の理想だった。

 同級生にマリアファンだって話したら、頭の先から足

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同じ顔になれる粉

その日、私は顔のない男に出会った。

顔がないのになぜ男だとわかったかといえば、まぁ、その、あれだ。
顔のない男は大変困っていた。

さもありなん。誰からも自分という存在を認めてもらえない。
一時は悪事に手を染め、莫大な金、宝石、有価証券を保有するに至ったという。

しかし、使いみちは限られていた。
彼の存在を認めてくれるのは無機的な自動販売機、自動改札機、その他もろもろの人ならざるものであり、本

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ねむるバス停

 バス停だ。

 丸と四角。それを突き刺す棒。おでんのような形のそれは見慣れないものだった。バスはあまり利用しない。するときは長距離の移動ぐらいで、そういったバスは大きな駅のターミナルで乗り降りすることが多い。そこでも標識はあるが、形が違う。

 丸と四角の中には文字があるけれど、読む気にもならず眺めていた。いつ、バスが来るのだろう。

「あと、五分もしたら来るで」

 唐突な声に目を瞬く。「ごふ

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