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想い出の住む街 第十二話(終)
弥生 ー 三月 ー 最終話
此処の所、ヒミィはずっと憂鬱だった。
それは、今月に入ってすぐの事。
夕食の時間に、パパとママから聞かされた話が切っ掛けだった。
「なあ、ヒミィ」
「何?パパ」
返事をしながらも、ヒミィは目の前のママ特製ハンバーグに夢中だ。
パパは何処となく言いにくそうな様子で、手にしていたナイフとフォークをそっと置いた。
「実はな、その…パパのお仕事の関係で、お引っ越しする事が決まったんだ…春休みに入ったら、すぐに発つよ」
それを聞いたヒミィは、思わずフォークに刺したハンバーグを取り落とした。
「でも、ケミィが学校に入る前で良かったわ。新しい環境に慣れさせるのも、この歳で途中から転校するより遥かに楽ですもの」
ママは安心した様子で、目の前の子供達を見比べる。
「まあ、確かにそれもそうだな」
肩の荷を下ろしたかのように息を吐いたパパは、再びナイフとフォークを手に取った。
「ねえ、ヒミィ?あなたはケミィよりずっとお兄ちゃんだから、また新しいお友達作れるわよね?」
ヒミィは返事をする事が出来ず、まだ小さな六つ下の弟ケミィが嬉しそうにナポリタンを食べるのを、ただ呆然と見つめていた。
「ヒミィ…ヒミィ!」
ヒミィは、ハッと我に返った。
「どうしたんだよ、ボーッとしちゃって…」
ティムが、心配そうに顔を覗き込んで来る。
「そうだよ、ヒミィ。今は、実験中だぞ?ヒミィが失敗したら、同じグループの僕の成績にまで影響して来るんだ、気を付けてくれよな!」
向かいでビーカーと試験管を持ったアーチが、文句をつけて来る。
今は理科の授業中で、実験を行っていた事をヒミィはすっかり忘れていた。
最近は引っ越しの事ばかり考え、他の事が一切頭に入らない。
「ご、ごめん…気を付けるよ」
素直に謝る、ヒミィ。
隣のテーブルで同じグループ同士になったセピアとネオも、心配そうな顔付きでヒミィの方を見つめていた。
「最近、ヒミィ…おかしくないか?」
そう言ったのは、ティムだった。
放課後、誰もいない教室にティム、セピア、アーチの三人が残る。
ヒミィは、先に帰ると言って教室を出て行った。
「ヒミィのドジは、いつもの事さ…」
アーチが厭味交じりで呟くと、ティムも口ごもったように言った。
「それはまあ、否定はしないけどさ…」
「否定してあげようよ…」
苦笑いするセピアを横目に、ティムは話を続ける。
「いや、それにしたって…今月に入ってからは、こうしてすぐに帰るだろう?授業中も休み時間も、何か考え事をしている様子じゃないか」
「ヒミィの考え事なんて、所詮家へ帰ってからおやつに何を食べようかって事くらいさ…」
と、アーチは肩を竦める。
其処でセピアが、思い出したように言った。
「そう言えば…先週の日曜日、クローバー畑で見掛けたな」
「クローバー畑で?」
眉間に皺を寄せながら、ティムはセピアに訊き返した。
「そんな所に、何の用があるんだ?」
「さあね…沈んだ表情でしゃがみ込んで、川なんて見つめてたから声が掛けられなかったよ。いつも明るい、ヒミィらしくなかったからね」
そう言って、セピアは教室の窓から空を見上げた。
「そう言えば、ネオはどうしたんだ?」
ティムが訊くと、アーチは少し不機嫌そうな声を出した。
「知らないよ。おかしいと言うなら、ネオだってそうさ。最近、付き合いが悪いんだ。釣り道具買いに行く時だって、全くついて来てくれなくなった」
「それはただ単に、とうとうアーチに愛想が尽きたってだけじゃないのか?」
「何だって?」
ティムの言い分に、アーチは開いた口が塞がらない。
「まあまあ、もうやめよう。来月から新しい学年だし、次の進学の事も考えなきゃならない時期に差し掛かって来ている。二人とも、忙しいんじゃないかな」
ティムもアーチも、そのセピアの言葉に納得せざるを得なかった。
「何か、おかしいんだよな…」
「何が」
「だから、ネオさ。最近、よく先生に呼ばれてる。放課後だって、ヒミィの奴はまたさっさと帰っただろう?ネオもてっきりそうなのかと思ったら、どうやら先生と話し込んでるようなんだ。しかも、音楽の先生と」
翌週の放課後、アーチはそんな事を話した。
ティムは、溜息をついて言う。
「だから、何だよ…僕だって、先生と話す事はこれでもあるんだぜ?今日だって、今呼ばれてるんだ。まあ、僕の場合は担任だけど」
「え…ちょ、ちょっと待った」
アーチは、酷く驚いた顔をした。
「ティ、ティムが、先生と話…ま、まさか、ついに何か良くない事でもやったのか?」
「アーチ…殴るぞ」
ティムは、怖い顔で拳を作っている。
セピアは、笑って言った。
「驚くアーチの気持ちも分かるが、流石にさっきの発言はティムに対して失礼だったな。先生も待ってるだろうから、早く言って来いよ。帰り、待ってようか?」
「いや、長くなるだろうから先帰っててくれ」
ティムは軽く手を挙げると、鞄を持って教室を出て行った。
「何なんだよ、皆して…で、セピアは?」
「僕も、ちょっと今日は寄る所があってね…じゃ、お先」
そう言ってセピアも教室を出て行き、最後にアーチ一人だけが残された。
黙って教室のドアを見つめるアーチの胸に、ふと何かがよぎった。
「ヒミィ!」
誰かに名を呼ばれ、ヒミィは辺りを見回した。
「ヒミィ、こっちだ」
土手の上から下りて来たのは、セピアだった。
「セピア…」
ヒミィは鞄を持ったまま、またクローバー畑に来ていた。
セピアの寄る所とは、まさにヒミィがいるであろうこの場所の事だったのだ。
「最近、付き合いが悪いけど…いつも、此処に来ているね」
「し、知ってたの?」
「まあ、僕が此処を通る時には必ず君がいるからさ…」
セピアは静かに微笑み、ヒミィの隣に座った。
「どうしたんだい、一体。今月に入ってからのヒミィは何だか様子がおかしいって、ティムやアーチが心配しているよ」
「アーチが?それは、嘘だよ!」
ヒミィの台詞に、セピアが思わず吹き出す。
「そうだね…心配はしてない、のかな。でも、おかしいと思ってヒミィの事が気になってはいるみたいだよ」
「そ、そう…ごめんね、心配掛けちゃって」
「僕達には言えない事、なの?」
セピアが、優しく顔を覗き込んで来る。
ヒミィは、俯いたままギュッと膝を抱えた。
「い、言えない…かも。言ったら、本当の事になりそうで怖くて。僕、この嫌な事実をまだ信じてないから」
「そうか。相当、深い何かかありそうだね…ティムやネオも、此処の所毎日先生と放課後に何か話し込んでる」
「ティムが?それも、嘘だよ!」
驚くヒミィを見て、セピアが再び吹き出す。
「でも、これは本当だよ。今月に入ってからは皆、おかしいな…アーチ以外はね」
「セピアだって、いつも通り優しいよ。こうして、僕達の事を気遣ってくれてるじゃないか」
「そう、かな…」
ふと、セピアが淋しそうな顔をした。
ヒミィはそれに気付いて、セピアをジッと見つめた。
しかし、セピアはすぐに笑顔になった。
「そうだ、ヒミィ。来週は、終業式だろう?終業式当日だと、物臭なティムがまた大荷物を抱えたりして何かと不便だろうから…終業式の前日、学校が終わったら久しぶりに五人で、骨董品店へ行かないか?」
「骨董品店?確かに、最近は足が遠のいていたけど…」
「暫く行っていない分、何か掘り出し物があるかもしれないだろう?皆、忙しくたって一日くらい空けられると思うんだ」
「うーん…」
ヒミィは考え込んでいたが、大きく頷いた。
「そうだね。今月に入ってから、皆とは一度も一緒に帰ってないし…分かった、行くよ」
「じゃあ、約束だ」
ヒミィとセピアは、指切りをした。
終業式前日の放課後、五人は今月に入ってから初めて一緒に帰った。
「でも、何で骨董品店なのさ。僕は、年代モノのルアーがないかと思って、結構頻繁に通ってるんだ。今更、見るものなんてないよ」
アーチだけが、いつまでもぶつぶつ言っている。
「だったら、帰ったらいいじゃないか」
ティムが素っ気無く言うと、アーチは声を荒げた。
「そんな言い方、ないだろう?」
溜息をついたセピアが、二人を宥める。
「まあまあ、二人とも落ち着いて…折角、こうして五人が久しぶりに集まったんだ。仲良く、帰れないのか?」
「ごめんね、今月は何かと忙しくて…」
ネオが、申し訳なさそうに謝る。
「ぼ、僕は、忙しい訳じゃなかったんだ。けど、その…」
「ヒミィが忙しくない事くらい、誰だって知ってるよ」
「アーチ…」
アーチの厭味を、セピアが呆れた顔で注意する。
「おかしいよな…やっぱ」
ティムが、ふと呟いた。
「皆、おかしいんだよ…やたらと、ギクシャクしてる」
皆が、黙り込む。
沈黙のまま、五人は骨董品店に着いた。
「いらっしゃい…」
パイプをふかした白髪の店主が、一言呟く。
「さてと…皆、好きに見ようか」
セピアの意見に頷き、五人は好きなものを見て回った。
古ぼけた木製のガラスケースに、所狭しと骨董品が並べてある。
精巧な作りのビスクドールやケースに入ったガラスペンとインク瓶、独創的な絵柄の壺、珍しいコインや切手など様々なものが売られている。
「あ、ねえねえ…」
その張り紙を見つけたのは、ネオだった。
「貴方の大切にしている石やボタンなどの小物を、加工してお好きな形のアクセサリーに致します…だって」
「どれどれ…うわ、本当だ。しかも一日仕上げだなんて、早いね」
ヒミィも、驚いている。
頷きながら、セピアも言った。
「確かに、自分が大切にしている小物をアクセサリーにしてもらえば、いつも身に着けていられるからいいんじゃないかな」
「あ、そうだ!」
其処でヒミィは、ポケットから何かを取り出した。
「ほら、これ!」
それを見たティムが、何かを思い出した。
「ああ、それ…あの日、プラネタリウムで」
「あの時、ポケットの中に入っていた石じゃないか。何だヒミィ、まだ持っていたのか?」
アーチが訊くと、ヒミィは頷いて言った。
「当たり前じゃないか。ほら、あの日から大分経つのに、全然輝きを失っていないんだ。まさか皆、持ってないの?」
「僕、持ってるよ」
ネオがポケットから同じ石を取り出すと、セピアも同じように取り出した。
「この石だろう?」
「それなら、僕も」
ティムも取り出し、皆の視線はアーチに集まった。
「ア、アーチ、もしかして…」
悲しそうな顔をするヒミィに、アーチは言った。
「悔しいけど…持ってるよ、ほら。本当は、この店に売るつもりでいたけどね」
何だかんだ言いながら、アーチも石を取り出した。
「良かった…ねえ、これ僕達の想い出の品でもあるじゃない?だからさ、今日此処でお揃いのアクセサリーに加工してもらおうよ!そして僕達の友情が永遠に続くように、ずっと身に着けていようよ!ね?ね?いいだろう?」
ヒミィは少し必死だったように思えたけれども、皆は敢えて口には出さなかった。
「いいね、僕は賛成」
「僕も賛成だ」
ネオとセピアは、すぐに賛成した。
「そうだな…いいよ」
ティムも、頷く。
流石のアーチも、何も言えなかった。
「仕方ないな…」
「じゃあ、早速頼もうよ!すいませーん!」
ヒミィは、元気良くカウンターへ駆け寄った。
皆も何も言わず、黙ってヒミィの後をついて行った。
翌日、終業式。
来月新学期に発表されるクラス替えの事を思ってか、生徒達は式が終わり放課となった後も中々別れられずにいた。
五人も同じクラスの仲間達と話に花を咲かせた後、少しずつ暖かくなり始めた並木道を、骨董品店に向かって歩いていた。
「どんな風に仕上がってるだろう、楽しみだね!」
ヒミィは沈みがちだった今までとは打って変わり、昨日から妙に嬉しそうにしている。
「単純だな、ヒミィは。結局今月頭からの、あの沈みっぷりは何だったのさ。まあヒミィの事だから、どうせくだらない事だったんだろうけどね」
アーチの言葉に、ヒミィが立ち止まった。
ティム、セピア、ネオが、ハッとしながらヒミィを見る。
「ぼ、僕は、さ…」
ヒミィは、微かな笑みを浮かべながら口を開いた。
「僕は…言いたい事があんまり言えない性質だから、アーチのそう言うはっきりした所が羨ましいなぁって、いつも思ってたんだ。アーチの憎まれ口、僕…嫌いじゃないよ」
それだけ言って、ヒミィは歩く足を速めた。
皆は、黙って先を急ぐヒミィの後ろ姿を見つめている。
「何だよ、それ。ヒミィなりの厭味だとしたら、僕なんかよりずっと上手だな。だって…だって、内容的には僕の事を褒めてるんだからさ…」
アーチは肩を竦め、ヒミィの後を追う。
残りの三人も顔を見合わせ、黙って歩き始めた。
骨董品店に入ると、店主が五人分のアクセサリーを用意してくれた。
『うわぁーっ!』
五人は、同時に声を上げた。
真ん中に星型の光る石が付いた、革とシルバー素材を使ったお洒落なブレスレットだった。
「付けてくかい?」
店主に訊かれ、五人は揃って頷いた。
裏側には『永遠の友情を誓う』の文字と、五人の名が刻まれている。
「それでは、お代の方を…」
セピアが訊くと、店主は静かに言った。
「お代は、もう頂いたよ…ほら、昨日前払いで頂いたじゃあないか」
「えっ…」
財布を出した手を止める、セピア。
「あれ…そう、だったっけ?」
眉間に皺を寄せる、アーチ。
皆も、顔を見合わせる。
「悪いけどこれからお得意様が来るんで、店は今日は早仕舞いなんだよ」
店主にそう言われ、五人は半信半疑のまま店を出た。
「そろそろ、話してくれないか…」
五人は、クローバー畑にいた。
最初に口を開いたのは、アーチだ。
「何の話だよ」
ティムが訊く。
「あのさぁ…そう言う事、今更訊くかな!」
呆れるアーチに、セピアが言う。
「流石のアーチも、勘づいていたって事か…」
「えっ!ど、どう言う事?」
ネオは、心なしか動揺している。
アーチは、スッと立ち上がった。
「隠し通せる訳が、ないだろう?君達は、最後まで僕をバカにする気か?散々仲間外れにしておいて、さぞかし面白かっただろうね!」
「まあ、何と言うか…アーチのそう言う厭味で被害妄想的な所が、僕は大っ嫌いなのさ…最後だから、言うけど」
「なっ…何だと!」
アーチが、拳を握り締める。
「ちょ、ちょっと、待ってよ…」
ヒミィは、慌てて言った。
「アーチも変だけど、ティム…最後って、何?」
ティムは石を川へ投げながら、バカにするかのように笑った。
「ヒミィも、ヒミィだ。自分の事で精一杯で、人の事まで構ってられないんだからな。ヒミィのそう言う自分勝手で我儘な所が、大っ嫌いなんだよ」
「そ、そんな…酷いよ、ティム!」
ショックを受けるヒミィを無視して、ティムは尚も続ける。
「セピアの偉そうで知ったかぶった所や、ネオの根暗でアーチに言い返せない所も…見ていて、いつも腹立たしかった」
「ティ、ティム…」
目を丸くする、ネオ。
「ティム…どう言うつもりだ」
セピアも、鋭い眼差しを向ける。
ティムは、フッと笑った。
「でも、この四人に出会えなかったら、僕のような気まぐれで物臭な奴に友達なんて出来なかった訳だし…逆に言えばこの四人にだったら、今みたいな事を最後にぶちまけたとしても、一生友達でいられる。そう確信してるから、言えた台詞なんだけど」
「ティム…ねえ、言ってよ。何か、隠してるの?」
ヒミィが立ち上がり、ティムに駆け寄る。
ティムは、言った。
「飛び級する」
『えっ?』
声を上げる、四人。
「この学校を辞めて、二つ上の兄貴と同じ学年になるんだ」
「どう言う事だ」
セピアが、真剣な顔で訊く。
ティムは持っていた石を置き、手の砂を払いながら言った。
「兄貴は今月卒業して、進学先も決まってる。最初は同じ学校に行けって親に勧められたけど、ただでさえ二つ下のクセに生意気だって言われそうな環境の中へ入って行くんだ。悩みの種は、少ない方がいい。知ってる奴のいない学校を受けて、合格した」
「嘘…た、確かにティムは昔から頭が良かったけど…急過ぎるよ、そんな話」
唖然とする、ヒミィ。
「き、近所の学校…なんでしょう?」
ネオの質問に、ティムは首を横に振った。
「遠い街だよ」
「実は、僕も学校を辞めるんだ」
今度は、セピアが口を開いた。
「父が、新しい本を書くのに遠くへ旅に出る事を決めてね。色々悩んだ結果、僕達家族も父について行く事にしたんだ」
ヒミィは、開いた口が塞がらない。
「幼い頃、父が同じように本の関係で旅に出てしまった事があってね。大分淋しい思いをさせられたから、今度こそは何が何でもついて行くって、家族で父に縋ったんだよ」
「皆も、そんな事隠してたんだ…」
ネオが、俯く。
「皆も、って…まさか、ネオも?」
ヒミィが訊くと、ネオは申し訳なさそうに言った。
「僕…来月から、音楽留学で海外に行くんだ」
力が抜けて、座り込むヒミィ。
「僕、それが夢だったんだよ。世界中の色々な音楽の事を知って、いつの日か皆が聴いているだけで幸せになれるような曲を書きたいんだ。だから…」
「きっと、ネオになら書けるよ…きっと」
力なく微笑むヒミィに、セピアが訊く。
「それで…ヒミィ、君はどうなんだい?君も、何か隠している事があるんだろう?」
黙り込んだヒミィは大きく深呼吸をした後、呟くように言った。
「パ、パパの、仕事の関係で…引っ越す事になったんだ」
「ヒミィもか…」
ティムが、小さく呟く。
「結局、こうなるんだよ…」
アーチは、悔しそうに唇を噛み締めた。
「結局、僕だけがまた仲間外れ…今度は、僕を置いて皆でこの街を出て行くって言うんだからな。流石の僕も、言い返す言葉が見つからないよ」
「アーチ…ごめんね」
「うるさいな!」
肩に置かれたヒミィの手を、アーチは振り払った。
「何で、ヒミィが謝るんだよ!ヒミィになんか、謝られたくないよ!」
ヒミィが、目を見開く。
「何だよ!僕は…僕は、何だかんだ言って、ヒミィが…ヒミィが一番バカみたいに真正直で、疑い深い僕もヒミィの事だけは…ヒミィだけは、信じられるって思って…なのにヒミィは今、僕を裏切ったんだからな!」
「そう言う言い方はよせ、アーチ」
感情的になっているアーチを、セピアが宥める。
「ヒミィは毎日此処で、ずっと悩んでいたんだ。皆が大事だからこそ、言えない事だってある。分かるだろう?」
「分からないよ!分かりたくもないね、そんな気持ち!皆こそ、一人残される僕の気持ちを考えた事があるのか?考えた事も、ないくせに…ティムがさっき言った事は、全くその通りだな!ああ、いつも偉そうに僕達を諭していたよ、セピアは!」
「やめてよ!」
皆が静まり返る中、ヒミィはとうとう泣き出した。
「僕だって、皆と離れたくなんかないよ!アーチに皆を責める権利なんかないし、僕達にだってアーチを責める権利はない!何故なら僕達五人は今、同じ気持ちでいるからだよ!」
皆が、ハッとした顔でお互いを見つめる。
「僕達は、いつだって一緒に仲良くやって来たんじゃないか!どうして最後になって、こんな風に言い合いが出来るの…っ」
俯きながら、皆は黙り込んでしまった。
「僕、信じてるよ。きっと五人は、また出会えるって…アーチ、お願い。僕達が帰って来るまで、この街で待ってて…ね?お願いだから…」
ヒミィが、涙を溜めた大きな瞳でアーチを見つめる。
黙っていたアーチは、そっぽを向いて言った。
「そ、そんな事…ヒミィなんかに、頼まれたくないね。僕は、最初から君達を待っているつもりでいたんだからな!」
「よく言うよ、アーチ…」
呆れた顔でネオが呟くと、セピアもクスッと笑った。
「まあ所謂留守番組だな、アーチは…」
「一人でお留守番出来るのかなぁ、アーチくんは…どうする?久しぶりに帰って来たヒミィが、今よりずっと男らしくなってたりしたら」
「バ、バカにしないでくれよ、ティム!」
ティムにからかわれ、顔を真っ赤にするアーチ。
皆は同時に笑った後、円になってブレスレットを着けた方の手を中央で重ね合った。
「僕達の友情は永遠…だよね?」
「ああ、勿論そうさ」
ヒミィの言葉に、セピアが頷く。
ネオも、笑顔で言った。
「僕、必ず帰って来るよ!」
「アーチが、可哀想だもんな。ネオがいなきゃ、大好きな釣具店にも一人で行けやしない」
「だから、バカにするなって!」
またもやティムにからかわれ、真っ赤な顔で言い返すアーチ。
再び笑い合った五人は、共に生まれ育った想い出の住むこの街で、友情と再会を誓った。
骨董品店に、一人の初老の紳士が入って行った。
パイプをふかしていた店主が、顔を上げる。
「いらっしゃい…ああ、お待ちしておりましたよ。いつも、有り難う御座います」
「やあ、何でもいい商品が手に入ったそうじゃないか」
「ええ、お得意様である旦那に是非とも買って頂きたくってねぇ。大切に取っておいたんですよ、これを」
店主は、奥から鍵付きの小箱を五つ持って来た。
「ほう、中身は何だね?」
「『永遠の別れ』、ですよ。しかも、五人分…ね」
おしまい
二〇〇五.四.二〇.水
by M・H
全話分
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