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読書: #3a ニューロマンサー | ウィリアム・ギブスン (黒丸 尚 訳)

SF小説の楽しさを久々に堪能できた物語。
主人公ケイスの人生の一部に没入/ジャックインし 転ずる/フリップする体験を 名残り惜しくも終えた。

冒頭の「千葉シティ」や 「バー <茶壺>」 の記述に始まる未来世界の只中へ
ページを繰るほどに これほどにも引き込まれるとは予想していなかった。

上梓された1984年から実に40年を経過したいま 遅きに失するとしても
読めてよかった という思いしか残らない。

事前に参考にした幾つかの書評から 読んで損はしないと想定してはいたが
予備知識を極力排除したことで 純度高く物語体験を楽しむことができたのだろう。

同時に このスリリングな読書体験を可能にしたのは 訳者 黒丸尚氏の創意工夫と訳出のお陰でもある。

黒丸訳のルビの多さに違和感を覚える読者が少なくないと知り 邦訳と原書のサンプルをそれぞれ予め比較し 逡巡したが 結局自分は日本語版を選択した。
果たしてその判断は正しく ロデオな進行から振り落とされず 効果的な通読が可能になったと感じている。
時間が許せば 後日 原書も通読し 邦訳と比較した読後感にも触れてみたい。

黒丸氏とGibson氏は 翻訳準備の段でどのような会話をされたのか 興味深い

本作の総括には 日本語版文庫の解説 山岸真氏の最初の数行で必要十分と感じるし 多くの読者もこれに異論はないだろうと想像する:

解説不要の作品というものがある。
要するに、スゴくて、おもしろくて、ノれて、読む人それぞれがさまざまに楽しめる、そんな作品のことだ。あえて説明するようなことなどなにもない。
例えば本書がそうである。
ーーー と、これだけ言ってしまえば、この解説の役目は終わりである
(すでに本書を読み終えた方、そう思うでしょう。)

早川書房ニューロマンサー文庫版 解説より


しかし 僭越ながら 未読の方達へ本作の魅力を自分なりにお奨めし、同時に余り詳細には立ち入らず 極力 素の感覚のまま作品世界への没入が可能になるよう 物語の外縁部のみを綴ってみたい。

広範囲に散らばった 個人的に印象強いポイントを掻き集め 粗く整理するとこうなる:

[著者William Gibsonの文体/作風について]
冷徹な叙述の文体(SF界のRaymond Chandlerと呼ぶ人もいるらしい。) 
日本、フランス、スイス、北欧、イスタンブール、ロンドン、ソ連、中国、など幾つかの国や地域、地名へのこだわり。
最小限の言葉数で鋭利に展開する活劇の躍動感。
乾いたユーモアとペーソス。
体言止め。

[物語世界について]
詳しい説明がないままに押し寄せる 状況や環境、小道具の断片 及び 未知のテクノロジー群を意図する言葉の洪水。
千葉シティに始まる日本的な様々な要素 -- 企業名、財閥、サラリーマン、ヤクザ、武器、ニンジャ。
魅力的な登場人物、モノ、アルゴリズム。
ロードムービーのような場面移行。
ラン/仕掛け = 侵入強盗行為の耽美性。
”氷/アイス” への侵入を巡る視覚的記述/表現。
宇宙の居住圏に響くカリビアンなDubのリズム。
ケイスの生活力の無さと頼りなさ、物質世界からの引きこもり加減、恋人に見せるさりげない気遣いの優しさ。

[ストーリーラインについて]
不確定要素群に煩わされず自分自身の取捨選択に基づいて 今何が起きているか かつて何が起きたかを類推する作業が読者に要求される。
その突き放されたような感じが 「理解しにくい」、「置いて行かれる」、 といった少なからぬ読者の呟きに繋がるのだと想像する。
しかし同時に 説明もなく物語世界の中に引きずり込まれ その場所の成り立ちを手探りで確認する作業は 謎解きの楽しさそのものでもある。
即ち 読者は全てのディテールを理解する必要はないのだろう。
おそらく著者自身 そんな建付けで筆を進めていなさそうなので。


最後に
個人的な感慨として 一つだけ繰り返してみたいのは
本作のハードな展開と詩情のコントラストが 本作全体の重要な基層の一つを成していると感じさせられる点だ。

破滅的と見えなくもないケイスだが その不遇な境遇はさておき 彼自身のコアは攻撃的でなく ランの犯罪行為に楽しみつつ加担するわけでもない。 概ね 穏やかで柔らかである。
次々と顕れる情報の奔流に慣れて ストーリー展開に読者なりの足がかりが生まれ 余裕が出始める中盤以降は 微かな夕日の如く散りばめられる本作の詩情を ケイスの心の動きを介し 検知できるようになるだろう。 


後日 物語の展開や核心そのものに対する雑感を別の記事に書き残しておこうと思う。
幾つかの解けていない謎は謎のままなのか、といった 読者同士で意見交換をしたくなるストーリへの直接的な内容に留まらず
ネット検索で見聞し驚いた雑多な些事すらも 誰かに相談/共有したくなる。
本作の魅力の為せる業だ。


<おまけ>

美術学校?の課題としてこちらのイラストレータさんがかつて描かれたニューロマンサー登場人物達をご紹介。

よく視覚化してくれたなぁ、、、 と 感慨深いです。
誰それはイメージに合わない、とお嘆きの向きは当然いらっしゃるでしょうけれど 自分には多くのキャラクターが合致してますし こういう解釈もあるよな、と感じます。
ただ モリィは、、、こんなサラっとした都会的な華奢さでなく 逞しくアフロな野生美が似合うイメージなんだけどなぁ。

敢えて誰が誰とは言わないでおきます
マエルクムの格好良さに ジャー・ラヴ(主の愛) を
ヒデオは和装であるべきかな
あなたの画力に敬意を表します。万一アニメーション化される場合は是非。

<追記 240301>


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