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月曜日の図書館220 建物あれこれ

朝、駐車場の精算機の売上を数えていると、500円足りない。何回計算しても、機械の中に詰まってないか確認しても、足りない。

仕方がないのでとりあえず自分の財布から500円足して、その日は事なきを得た。館長に報告したら「わたしが出す」と言って引き出しの奥からジップロックを引っぱり出す。それがとてつもなく大きくてあらゆる種類の硬貨がパンパンに詰まっていたので、思わず息を飲んだ。

非常時への備え方が常軌を逸している。

後日、話を聞いた嘱託職員のTさんが、わたしが作業したあたりの机を片付け、書類をどけて床を掃除してみたが、やはり500円は見つからない。精算機の、より奥の方までネジをはずして確認してくれたが、ここにも挟まっていない。

ひとしきりできることをやったTさんは「ヨシ!」と言った。言い方が、いろいろ取りこぼして何も良くないのにヨシ!と言う現場猫にそっくりで、わたしが原因なのに笑いをこらえるのに必死だった。

おばけが取ったのかもしれない、と思って早くもわたしはあきらめている。

もっと冷房の温度を下げてくださいという投書が、この夏は3件もあった。こんなのは氷山の一角で、同じように思っている人が実際にはもっと、というか来館した人全員が思っているだろう。

エアコンが古すぎて、おまけに建物も熱を浴びやすく閉じこめやすい構造なので、館内は外と大して変わらない暑さだ。人々は借りる本を探しながら「暑い暑い」とうめく。言葉を発する気力もなく、呆然と座っている利用者もいた。ありていにいって、灼熱地獄である。

わたしもカウンターに長時間座っていると意識が朦朧としてくるので、申し訳ないと思いつつ、座るのは相談事を持ちこまれたときのみにした。相談する方も汗をたらたら流しながら、調査が終わるのを辛抱強く待ってくれる。

公共施設を熱中症予防の「クールスポット」として登録する動きがあり、図書館も指定されているのだが、係長が「うちは取り下げてもらおうか」と本気で悩んでいた。

古すぎるエアコンを工事できるのは来年の秋。つまりこの暑さを、あと一回経験しなければならない。

館内の棚は迷路のように入り組んでいて、児童書の棚を奥へ奥へと進むと、新聞コーナーにたどり着く。そこは一日中誰ともしゃべらず、風呂に入らず、けれど世間で何が起きているかは把握しておきたいおじいさんたちが吹きだまっている場所だ。

クローゼットの奥からナルニア国に行けるなら楽しいが、たどり着いた先で見るのが人生の成れの果てであるとはどういう図書館だろう。

これまでに、何かの拍子でそこに行き着いてしまった何人もの子どもたちが、そこに流れる異様な空気に直面してショックを受けたことだろう。人生に初めて疑いを持ったかもしれない。

この世は、生きていてよかったと思える場所ですか。

図書館は小さな劇場と併設されていて、日々さまざまな課外活動をしている市民が練習したり発表したりしている。中でもシニア吹奏楽団の人々は熱心に活動していて、発表の日が近くなると毎日のように来て練習する。

太鼓やラッパの音が、事務室にまで聞こえてくる。聞いていると、仕事の進み具合とは関係なく、荘厳な、歓喜の気持ちがこみ上げてくる。図書館の閉館時間になってもまだ音色が聞こえる。そんなに練習したら、逆に本番で肩透かしをくらうのではないか。

定期的に来ているのですっかり勝手知ったる気分になるのか、時々図書館の事務所エリアにまで入りこんでたむろしていることもある。

図書館の冷蔵庫で果物を冷やそうとするおじいさんたちがいたので注意したら、チッと舌打ちして去っていった。

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