そういう年齢 (月曜日の図書館217)
閉館後、もう誰もいないと思ってフロアの電気を消したら、数秒経って暗闇の中からフラ〜っとW辺さんが出てきた。まだ本棚の整理をしていたらしい。
図書館の人は、みんな奥ゆかしいので自分の存在を主張しない。言ってくれればよかったのに、とつぶやくと横にいたK氏から、言えなかったんだよ、と言われる。あなたはもうこの係では先輩なのだから、もう少し自分の発言や行動に自覚的にならないといけない。
つまりは自分の想像以上に権力を持っている、ということらしい。
自分の後に10年も後輩が入らず、先輩ばかりの中で自分の主張を通すため、つい強気の態度でいることに慣れてしまっていた。今まではわたしが敬語を使わなかったり怒ったりしても、みんな大して気にしていないと思っていたが、同じことを後輩にすると脅威と捉えられるらしい。
10年のブランク、と言っても、入ってきた後輩たちはほとんどが転職だから、年齢もわたしとそんなに違わない。同期みたいに思ってくれていいのにと思うし、実際そう伝えてもいるが、やはりそこには厳然たる境界線があるようだ。
むしろ新卒で入ってきたN藤くんが、誰に対しても失礼で一番平等だ。
本の受入作業のとき、受入忘れが数冊発生して、統計担当に迷惑をかけたり、各種の分類ラベルを貼る位置が雑すぎてわたしの怒りを買っても、次の瞬間にはケロリとして、また同じ失敗をくり返す。脳みそにまったくしみこんでいない。
ある程度の年齢になったら、人間なんてみんな似たようなもので、1歳年上だから、または1年早く入社したからといって、正しい判断が下せるとは限らない。その人を尊敬するか、恐れるかは、いっしょに働いてみる中で、自然とわき起こってくるものではないだろうか。
別の日。朝のミーティングにて、W辺さんから、前日の閉館時に利用者とトラブルになったという報告がある。飲みかけのペットボトルが置いてあったので中身を捨てたら、後から利用者が戻ってきて、中身を弁償しろと言ってきたとのこと。
それを聞いたK氏が、これは図書館側の過失なのだから(私費で)払えばいいのでは、と言うので、ここぞとばかりにブーイングした。忘れ物は館内で保管しておくことになっているが、飲食物は衛生面から中身を処分している。これが高級イチゴだったならいざ知らず(そうだったとしてもやはり早々に処分する)、ペットボトルの飲み物なのだ。言いがかりも甚だしい。
このときばかりはわたしだけでなく、他の後輩たちも「否」を唱えた。先輩の言動に力があるかどうかは、人と場合によるらしい。
こういうとき、係長がいてくれたら、年齢うんぬんではなくれっきとした決定権を持っているので、その判断に従えばよいが、シフトの関係でいないことが多い。
考えてみたら不思議だけど、わたしたちの出勤パターンは係長や、その上の課長とは真逆だから、何かトラブルが起きたときも、たいていはその場にいる人で、最年長のK氏の意見を取り入れたり取り入れなかったりしながら、判断する。
例えば利用者同士の殴り合いが勃発したり、何かものすごくこじれてしまったら、別の係の係長に指示を仰ぐこともあるが、その人の係の利用者だって殴り合ってるかもしれないし、他の係にまで目を配ってくれる余裕が、いつもあるとは限らない。
定年後に再雇用で働きに来ている人が、ここの人たちは何でも自分で判断しててすごい、と言っていたが、決めざるを得ない状況に追い込まれているだけで、他に決めてくれる人がいるなら喜んで従う。
かと問われれば、素直にはうなずけない。納得できないことがあったら、やっぱり反論するだろう。それが年齢によるものか、それとも、もともとの性格によるものかはわからない。
図書館の人たちは奥ゆかしいが、同時に頑固な側面も持ち合わせていて、それが肯定的に受け取られる職場だったから、わたしもわたしの意見を言ってこられたのだし、その雰囲気のいくつかは、次の世代にも引き継がれるだろうと思っている。