20XX年に 北斗の拳、ベルセルク、旅芝居の芝居
古いアニメや漫画を語ったり、
キャラの台詞や引用をすると「さむっ」「知らんし」となる時代らしい。
『ベイビーわるきゅーれ』の主人公たちが言っていた。
このところ仕事中のBGM代わりが『北斗の拳』だったわたしには「!」である。
せやけどここからどんどん広がっていった、考えた、色々。
「さむっ」「知らんし」すみません。
すごく長くなりましたが、よろしければお付き合い下さい。
きっかけは先月放送されたNHK『アナザーストーリーズ』(再放送)だ。
原哲夫&武論尊による「制作秘話」をつい観てしまった。
観させるアツさ(暑苦しさ?)があった。
『北斗の拳』にハマっていた世代はわたしより少し上の人たちかなあと思う。
でも男友達や芝居仲間は北斗神拳や有名キャラの台詞を物真似をしていた。
ここにもよく書く作家の氷室冴子もエッセイにネタにしていた。
あと、若い頃、ラオウのラ王という商品をバイト先で売っていたというか配ったことがある。
アルバイトをしていた劇場型テーマパークの母体がセガサミーだったため、
日清ラ王が本家ラオウとコラボしてパチスロともコラボとなったとき、キャンペーンとして店頭で配らされたのだ。しょうもな。
でも「キャラは知ってるけど、ストーリーとか設定とかってあんまし覚えてへんなあ」
ネットフリックスにアニメ全話があると知ったのが駄目だった。
試しに第1話を観てみたところ、爆笑と共に、
「よく出来てるなあ」とか「この漫画(アニメ)が影響した他の作品って」とかなって、久々に会う人と呑みに行った先でも話題に出した。アホだ。
ハート様だの「ひでぶ」だの北斗百裂拳ッだのと言っている間はよかった。
しかし5話目だったかそのくらいになると違和感を感じだした。
ユリアだ。
全ての元凶、あ、間違った、
きっかけとなるヒロイン・ユリア。
回想シーン(?)、ユリアとケンシロウのきゃっきゃうふふからの、
シン(前半最初の敵)の横恋慕でユリアが連れ去られる。
怒りのケンシロウ爆誕。
え、そうなん? それがきっかけなん? そこなん?
(いや、北斗とか南斗とか師とか七つの傷とかエピは色々あるからそれだけではないのですけども)
そうやんな。ずっと「ユリア……」って言うてるもんな。ムッツリやもんな。
「ユリア」と「あーたたた」と決め台詞以外ほぼ台詞ないもんな。
説明台詞は周りが全部喋ってくれるし。主題歌2つともあの歌詞やし。
って、世界を救うとか悪は許さんとかじゃなく、
それより先に、そのきっかけが、そこなんや。
えー。●●●やん。●●●で動いてるだけやん。(●●●は下ネタにつき自粛)
いや、勝手に超・孤高のヒーローやと思っていただけ。
そうよなあ、時代劇とかもせやもんなあ、王道不動やもんなその設定、
マドンナ、ヒロイン、聖母(的なやつ)、キター、皆の理想の聖母設定。
そうなるとユリアを連れ去ってユリアのために国? 街?とかつくったりするシンに、ある意味健気さすら感じたりして(でもシンも色々意味不明)、
でもユリアは「あなたのことは大嫌いです」とか言って、そうなのだ、ケンシロウ&ユリアは「真実の愛」なのだ。へえー。
ここに登場するのが、我が年上の親戚姐である。
「は? 今更何言ってるん? そうやで。ユリアやで。
全部ユリアきっかけやで。みんなユリアが好きやねん」
からの、その後の悪い意味じゃないネタバレを含むガチオタトークを延々と聞くことになったのが先週末のこと。
このひとはばりばり稼ぐ超キャリアウーマン(死語?)でありながらガチオタ、なんか、話す角度や内容が「筋金入り」なのだ。
昔の少女漫画から少年漫画から、そういう活動(二次創作)もされている。
ちょっと会わないといけない機会があり、
話を持ち掛けたら、エンドレスで語ってくれた。
トキ、ラオウ、北斗神拳、ジャンプ連載漫画のよいところとわるいところ、連載漫画とは、連載漫画だから、ジャンプの風潮と特徴、ワンピース、鬼滅、設定と後付け、みたいなことを、
エンドレスなサンデーモーニング、ぎゃー。
「とりあえず頑張ってラオウまでは観れば?」ぴえー。
「その後は蛇足やでハッキリ言って」は、はい。
さらに「これ読み」とどさっと渡されたものがある。
『ベルセルク』
なぜ!
圧!
今週仕事の合間に(今更)読んでいる。
「読むの早い」わたしは漫画だと更に早い。
いい休憩がわり。のはず、が。
これもなんだか「んー?」ってなり始めている。
元々ファンタジー系というか非現実的な設定はそんなにめっちゃ好きというわけではない。
でも読み進めていくといわゆる「ダーク」というか、
歴史的な色々や神話等をモデルにしているという意味で面白い(今更)
1巻目くらいで「もうええかな」となったのだが、
主要すぎる主要キャラ・グリフィスが出てき出してから「お。」
この「お。」には「たぶんこのひとはこの先これ系の漫画だと……」という予想もあって、やはり、になりそうで、そのやはり、は、やはり。
でも、同じくその時期に出てきた女性の主要キャラや他の女性キャラたちの描かれ方やいろいろに「んー??」ってなってきて、
その女性キャラたちと主人公との関係にも「んー??」、さらに、さらに進んで「あー」
やっぱりこの時代の少年漫画は女性キャラをこう描くのか。
それがふつうっていうか、それでよかったのだろうし、
そもそも男性漫画雑誌連載だったから言うたらあかんねやろか?
でもなー、うーん、なんか、なんかなー、えー、んー。って。
あれかな。
小説とかだと文字だけれど、
漫画だと設定と共に「絵」のインパクトがあるからかな。
視覚的な情報が先に大きく入ってくるからかな。
でもそれだけじゃない気もとてもする。
ああ、もうわたしは青年漫画は読めないのかなあ、なんて。
きらっきらの少女漫画もピンとこないものが多いけど。
つってたらベルセルクが(今更。いや、今だからか?)
このタイミングでプチ炎上?しているっぽいことを知ったりもしたり。
うーむ。
で、ふと頭に浮かんだ、てか、思った。
これはあれかな。
旅芝居の芝居にありがちな「男男男たちの物語、女はオマケ」みたいなやつにずっと「おもろない」「違和感」って思ってきた気持ちと同じかな、
なんて。
旅芝居の芝居は「役者をみる」芝居と言われる。
それでいいのだろうし、そういうものなのかもしれない、なにもあかんことはない。
が、いつも言うがわたしはストーリーや人物たちをどう演出・演技で描いてゆくのかが観たいし、楽しみだ。
だから私は旅芝居の多くを占める特に「男男、絆、主従関係と生き死に」という古典芝居などに「THEにほんてき」かつ「古(すみません)」となって、話に入り込めない。
とは、何度も言ってきた。
(いくつかいくつも貼りますがまだまだ話は続きます)
だから例えば以下のような芝居や「庶民の目」「庶民の声や叫び」が
古典のスタンダードになっているのが「すごいことやな」「うれしいな」
ということも言ってきた。
ってか、ある意味、
男男(女はオマケかステレオタイプか理想化)で仁義忠義絆とかの芝居(話)って「BL」だと思う、精神的BL。歴史的にもね。
なんか近年「あたらしいもの」とされBL歌舞伎とか、
旅芝居でもBL新作?なるものが舞台にかけられたりもしている。
けれど、でもそもそもあの古、失敬、あの時代のああいう芝居を中心としてやってきた股旅だの侍ものだのって根本BLやん。
とは、尊敬するヤクザライター氏も常々言われていることなのだけれど。
ね。『ベルセルク』って(やはり)BLですよね。
わたしはあまりそういう発想はしないしめっちゃ好きとかでもないけど。
(あと、北斗の拳も色々BLですよね)
と、親戚姐に言うとまたエンドレスになりそうだから言ってはいません。
ああ、わたしまで、とりとめもなくなってきた。
キャラがあかんのやないねん。
ユリア(しつこいな)があかんのやないねん。
キャスカ(など)があかんのやないねん。
彼女らをそういうキャラ(設定)にした人たちや時代や求めた人の話やねん。
それがわるいのではなく。
おじさんってかおじさんS(※おにいさん、おにいさんS)だったからやねんよな、その時代の。
うーむ。
で、でも、ここまで言うて何?! かもやけど、
『ベルセルク』を読んでいると、考えさせられること、多いですよね。
この情勢、この世、世界的にも、とても。
見たくない信じたくないようなことが繰り広げられている世の中にあってリアル。気持ち悪いくらいに。
ああ、全く笑えない、笑い事ではなく、リアル世界の20XX年。
まさに、「愛をとりもどせ」
そうなんだ。
筋とか設定とか成り立っていなくても、
「あーたたたたたた」っていうケンシロウをみると
皆がスカッとするんだ、ということだ。
(たぶん)(多くの場合や人や時などは)
「力こそが正義」とか「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」とか思ったり言ったり言いたくなったりするんだ。
愛のためにひたすら、というのが、
そのわかりやすさの象徴としての、
善玉と悪玉とかが、だから、きっと、カッコいいのだ。たぶん。
現実には、そうはなかなかいかないことが、多いからこそ。
てか愛ってなんだ。なんだ!
北斗の拳のアニメは100何話くらいあるらしい。
ベルセルクは最新42巻あるらしい。
果たしてわたしはどちらも完走できるのでしょうか。
するのでしょうか。いや、するけど。
嫌にならないペースで、もう飽き……いや、バテてるけど。
だから一旦やめるというか休むが、ぼちぼち。
ラインスタンプも買ったしな(笑)
*
こないして「内容」「中身」の話をするのがめっちゃ好き。
例えば、旅芝居・大衆演劇(など)の場合も、
芝居の内容や演じ方や舞踊の曲や表現やという内容・中身の話をしたい。
SNS上でそれを詳しくやるとネタバレというか
楽しみを奪うことにも繋がりかねないので書きませんが。が。
というのと、
たとえば旅芝居の場合は、
いつも言うけど、ほんとうに「生活と一体、すべてが舞台に滲む」
他よりもそれが顕著に(嫌でも)出てしまうみえてしまう。
みてみぬふりをしたいけれど出来なすぎるし、
みてみぬふりをするのは何か違う気もするし、
というか、ほんとうに嫌でもみてみぬふりが出来ない、
すべて舞台に出る、滲むし、におってくる。
だからどうしても内容とかじゃない「まつわる話」(噂話などを中心とした)になってしまうというか、
それがほんとうに嫌で嫌すぎるのだけど嫌すぎても欠かして語ることが出来ずせざるをえなかったり共有せざるをえなかったり。ほんとうに「あー」。
あと、誰がカッコイイだのキャーキャーだのの話にもほんとうについていけないことばかりで「あー」。
でも、でもそれがそこが(いいとかわるいとかではなく)旅芝居の本質で、も、ある訳で。
特に「今の」旅芝居だったりで、も、ある訳で。
だから、うーん、わはは、とほほ、うーん。
バテるけど泣き笑い笑い泣きですね。
語れるような芸のある舞台もなかなかないようにもなってきたしね。
(これは単なる悪口ではなく、でも真顔で言いますよ)
いい舞台が、いい作品が、観たい、出会いたい。
観られるとほんとうにほんとうにしあわせです。
舞台でも、なにでも、どんなジャンルのなにでも。
でも「いい」という基準も人それぞれで、
せやからいいし、多様なんだろうし、
いいとか悪いとかという言葉はたぶん適切ではない。
たぶん皆、いいのだ。
だから、言葉にすることは、が、むずかしいのだ。
*
ベルセルクを読みながら思い出しました。
『天使禁猟区』は好きです。これも古い漫画です。
お好きな方、トライしようとされる方、語りましょう。笑
*
素敵なWebマガジンに書きました
というお知らせの後がなんでこんなネタやねん(笑)
◆◆◆
以下は、自己紹介 。よろしければお付き合い下さい。
構成作家/ライター/コラム・エッセイスト
中村桃子(桃花舞台)と申します。
旅芝居(大衆演劇)や、
今はストリップ🦋♥とストリップ劇場に魅了される物書きです。
普段はラジオ番組構成や資料やCM書き、
各種文章やキャッチコピーなど、やっています。
劇場が好き。人間に興味が尽きません。
舞台鑑賞(歌舞伎、ミュージカル、新感線、小劇場、演芸、プロレス)と、
学生時代の劇団活動(作・演出/制作/役者)、
本を読むことと書くことで生きてきました。
某劇団の音楽監督、
亡き関西の喜劇作家、
大阪を愛するエッセイストに師事し、
大阪の制作会社兼広告代理店勤務を経て、フリー。
詳しいプロフィールや経歴やご挨拶は以下のBlogのトップページから。
ご連絡やお仕事の御依頼はこちらからもしくはDMでもお気軽にどうぞ。
めっちゃ、どうぞ。
lifeworkたる原稿企画(書籍化)2本を進め中。
その顔見世と筋トレを兼ねての1日1色々note「桃花舞台」を更新中。
【Twitter】と【Instagram】 など、各種フォローも、とてもうれしいです。
先日、ご縁あって素敵なWebマガジン「Stay Salty」Vol.33の巻頭、
「PEOPLE」にも載せていただきました。
5月1日から東京・湯島の本屋「出発点」で2箱古本屋もやっています。
参加した読書エッセイ集もお店と通販で取り扱い中。
旅と思索社様のWebマガジン「tabistory」では2種類の連載をしています。
酒場話「心はだか、ぴったんこ」(現在19話)と
大事な場所の話「Home」(現在、番外編を入れて4話)です。
noteは「ほぼ1日1エッセイ」、6つのマガジンにわけてまとめています。
旅芝居・大衆演劇関係では各種ライティング業をずっとやってきました。
文、キャッチコピー、映像などの企画・構成、各種文、台本、
役者絡みの代筆から、DVDパッケージのキャッチコピーや文。
担当していたDVD付マガジン『演劇の友』は休刊ですが、
YouTubeちゃんねるで過去映像が公開中です。
こちらのバックナンバーも、さきほどの「出発点」さんに置いてます。
あなたとご縁がありますように。
今後ともどうぞよろしくお願いします。