「ランニングは、アートフォームだ」 キャプテン・マイクのランニング原体験
木星社は、今年12月にマイク・スピーノ氏の本を刊行する。それはおそらく現在刊行されている数々のランニングについての本とはだいぶ異なる内容だ。パフォーマンスをあげるため、というようなことだけではなく、ランニングをすることはどういうことで何が楽しいのかというコアな考え、あるいは、あなたが何かスポーツに取り組むときのアプローチがまったく変わってしまうような内容が書かれている。アートフォームとしてのランニングが描かれている。フレッシュですがすがしい言葉がそこにある。本稿では、著者であるランニング・コーチ、米国西海岸在住のマイク・スピーノPh.D.についてお届けする。
記:木星社(10/26 PS : 発売日は12月18日に決まりました。「ほんとうのランニング」マイク・スピーノ著、ISBN978-4-910567-41-9 木星社です。お近くの書店にて予約・ご注文ください。)
マイク・スピーノあるいは”キャプテン・マイク”とは?
1966年の春の夕暮れに、シラキュース大学の若きトップランナー、マイク・スピーノは6マイルをベストタイムで存分に走り切った。そのランニングは彼の心と身体に強いインパクトを残した。ミステリアスで感動的な体験だった。
1971年のある日、スピーノは「オープン・スクール」を提唱した名教育者であるハーバート・コールに自分の体験を話す。そして、そのあと30分ほどで、その夕暮れのランニングで起こったことについて一編のエッセイを書き上げた。
それからスピーノは心と身体と魂が一体となるようなランニングについて長い時間をかけて研究し、全米でも有数の名ランニング・コーチとなっていった(*1)。スピーノは、現在も西海岸をベースに”キャプテン・マイク”の愛称で老若男女に親しまれているレジェンドだ。ランニングをはじめようかな、あるいは、楽しく走りたいな、と少しでも思うなら、名将として知っておくと良い名前だろう。(*1 : 数々の全米優勝ランナーを輩出したり、IOCや国連とのプログラムに関連したものなど名だたる実績があるが長くなるため別の機会にまとめて記したいと思う。)
District Vision社のトムとマックスの功績
2018年のある日、マイク・スピーノのエッセイが現代のランニング・コミュニティーに公開され、大きな反響を呼んだ。ドイツと英国からニューヨークにやってきた若手ランナー、トム・ダリーとマックス・ヴァロットが、2018年のボストン・マラソンでトークセッションを開催した(*2)。そこで、スピーノのテクストを「Running as A Spiritual Experience」と題して、ランニング・コミュニティーに紹介したのだ。
ランニング・ギアを扱うDistrict Vision社をニューヨークで創業したトムとマックスは、(長くなるのでこれも別の機会にするが)ある理由からギアやフィジカルだけではなく、心も含めたありようをリサーチしていた。その過程で、マイク・スピーノのテクストと彼の「マインドフル・ランニング」の考えかたを”再発見”することになる。
1970年代からマインドフル・ランニングを語ってきたスピーノを現代スポーツのメインラインに紹介したことは、トムとマックスによる大変な偉業だ。「自分たちの心に響いたランニングに必要なもの」を何の打算もなくピックアップしたのだ。インディペンデントで、「ランニングへの愛」(トムのコメント)に溢れた彼らにしか実現しえない動きだったのではないかと思う。
さらに、スピーノを通して、スピーノ以前からマインドフルなランニングは存在していたこと、それを独特のメソッドで体系づけたパーシー・セラティーやミハリー・イグロイといったレジェンド・コーチの系譜があることを現代の私たちが知ることができる。人は進化するのではなく(どちらかというとままならないことのほうが多い)、すでにそこにあったポテンシャルを発見していく、ということを今わたしたちが改めて学ぶことができるのは幸せなことだと思う。
(*2:なお、ボストンでのセッションのスピーカーは、マイク・スピーノ自身と、ブラックローゼスNYCのファウンダーであり名ランナーであるノックス・ロビンソン、そして「Runners' World」のマリッサ・ステフェンソンで、ランニングの身体、心、魂、そしてコミュニティーとの関係などが存分に語られた(機会があればその様子も今後別途公開したい))。
マイク・スピーノのテクストが日本語に
話は飛んで、2021年の日本へと移る。木星社は、マイク・スピーノの哲学が詰まった著作を、あの「BORN TO RUN」を世に出した名翻訳家・近藤隆文氏と日本版の制作を進めている。そして、その本について詳しく語る前段階として、まずはかのエッセイ「Running as A Spiritual Experience」(スピリチュアルな体験としてのランニング)をお届けすべく、本稿を書いているのが今というわけだ。
日本ではほとんど知られていないスピーノであるが、彼のコンセプトの核心となる部分がエッセイには描かれていると思う。マイク・スピーノ自身が、ボストンで使ったコピーをスキャンして日本に送ってくれた。是非このテクストに触れていただきつつ、刊行される書籍をご覧いただけると嬉しい。
エッセイでは、ランニングはアートフォームだ、と言い切るようになるスピーノの原体験が描かれおり、ストイックでミステリアスな雰囲気がありながらも、眩しく、すがすがしい一編だ。「VOGUE」米国版においてトム・ダリーが、”ヘミングウェイのようだ”と評したスピーノのスタイルが、この頃のテキストにもすでに現れている。
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「Running as Spiritual Experience:スピリチュアルな体験としてのランニング」
マイク・スピーノ、1971年
天気は、日々変わる。陽が差し、雨が降る。ランニングにも、いつも違う味わいがある。
シラキュース大学の学生だった頃、想像するに最悪の天気の中、私は毎日チームメイトと走っていた。冬の天候は厳しい。走っている最中に会話をしない、というルールを作ったほどだった。雪が道を塞ぎ、思うように走ることができない。だから私たちは毎日のように同じルートばかり走っていた。
その日の授業が終わると、自分たちの部屋に戻り走りに出る準備をする。その様子を見て、こいつらは頭がおかしいとみんな思っただろう。私たちは、まず長袖の下着を全身に身につけ、その上にショーツを履いて、フード付きの上着を着た。そして、靴下を履き、手袋をつける。それから、米国海軍のニットキャップを被った。
そんなことをしていたが、結局いつも走って良かった、と感じた。走りながら温かいシャワーのことを考えられたからだ。そして、ランニングの前の不安な心持ちは、次第に消えていくものだとわかっていたからだ。
-------------------------- 全文の公開期間は終了いたしました。全文は是非『ほんとうのランニング』本編をご覧ください。----------------------------------
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