愛情とお金と年齢の掛け合わせによる幸福分岐点
先日、「花束みたいな恋をした」を観た感想を書いているうちに、大学生から社会人に変わるタイミングを共に過ごしていた元カレのことを、強く思い出した。
もう5年も前のことだから、日常的に思い出すことは、ほぼ無い。
唯一彼との繋がりで残っているとすれば、入社後の新人研修に必要だった電卓だ。
「研修に使うからある程度桁数がある電卓を購入しなきゃ」と言った私のつぶやきを、彼が覚えていて、その翌日、駅で待ち合わせしたタイミングで、文房具店の紙包みをくれた。
その中に入っていたピンクの電卓を、私はまだオフィスのデスクの引き出しにしまい、定期的に使っていた。
写真も、手紙も、プレゼントも、ペアリングも、すべて捨ててしまったけど、私の日常の中に唯一残っているのは、何とも色気がなく、実用性のある、電卓のみ。
しかも電卓を使うたび、思い出すわけもなく、映画を観てふと、「あれ、彼に貰ったんだっけ」と思い出したのだ。
彼と過ごした約1年間は、学生から社会人になる、という人生のターニングポイントだった。
きっと私だけではなく、そのタイミングの恋愛は、色濃く記憶に残っている人が多いのではないかと思う。
お互い、想像を絶するほどお金がなかった。
私が自由に使えるお金はリアルに月1万もなかったので、給料日前は、3袋入りの焼きそばを9等分にして食べていた。時々ゼミのOBの人に心配されて株主優待券を貰って、食いつないでいた。最低貯金残高22円。クレカの支払いに追われる自転車操業。
そんな当時の私が選んだ男が、ひたすら金のない男だった、というところが若さであり、自分のチャーミングさだとも思っている。
私が彼と出会ったのは、バイト先のカフェだ。
彼は私のバイト先に、社員として入ってきた。年は2つ上。
出会った当時、私は一応お付き合いしてる人がいた。
2年片思いした末にお付き合いした人で、人生でこれ以上好きになる人はいない、と当時は思っていたし、それから幾つ恋をしても、あのときの熱量で人を好きになったことはないな、と思う。
そんな彼氏と別れて、死にかけながら、健気にバイトに励んでいるうちに、仲良くなった。
複数人でご飯に行ったり、カラオケに行くようになって、LINEを毎日するようになって、誕生日に焼肉を奢ってもらって、彼の家で映画を観て。
LINEで告白してきた彼に、私は直接言え、と言って、次会った時に、「言わないの?」と詰め寄り告白させた。
思い返すと、ストロングスタイルの自分が怖い。
幸せな記憶も沢山ある、2人で観に行った六本木のイルミネーションとか、一緒に行った温泉旅行とか。けど、それは全て学生時代の話だ。
私が社会人になる2015年の年明け早々に、バイト先のカフェが潰れた。
彼は転職したが、転職して一ヶ月もせずに辞めてしまい、彼はニートになり、暫くしてちょろちょろバイトを始めて、フリーターになった。それから少しして、私は社会人になった。
初めは私が学生(兼フリーター並のアルバイター)で、彼が社会人だったが、立場が逆転した。私は貧乏学生から、上場企業で、ネット広告を運用するようになり、ある程度お金を稼ぐようになった。研修の時点で、かなり辛いこともあった。自分が学生だった頃は、彼の仕事が大変そうで、体調も崩しているし、辞めてもしようがないよね、と思っていたが、いざ社畜になって月イチで胃腸炎をこじらせるようになれば「1ヶ月でやめるとかクソゆとりじゃん」と思うようになった。
私を取り巻く環境も、価値観も180度変わっていった。
私の仕事が忙しくなっていくにつれ、彼がフリーターでゆるゆる働いているのが辛くなってきた。仕事帰りに彼が私の家にいて(当時は半同棲状態)、ゲームをしているのを見るのが辛くなった。
学生の頃は一緒にアニメを観ては笑って、カラオケに行っては、はしゃいで、共通のコンテンツに、感情を動かすことができた。
それが私が社会人になったことで、全く変わってしまった。
一緒に観ていた「PSYCHO-PASS」も、「四月は君の嘘」も、一緒に歌った「ふわふわハート」も、ACIDMAN、フジファブリックのマニアックな曲をお互い好きだったことも、確かに私の心を動かした。しかしそれ以上に仕事で認められることが第一優先になり、ビジネス書ばかり読むようになった。
別れたい理由は、「私が変わった」ことなのに、私は「彼に変わってほしい」と願った。
結果、私は彼のためにリクナビNEXTに登録し、求人を探し、彼の就職先を決めるというエージェント的な役割をすることになる。SPIの試験まで面倒を見てあげた記憶がある、今思えば手厚い保障すぎる。
今なら、「変わってほしい」と思うことが、エゴであることは分かるけど、当時の私にはそれが正義だった。
花束みたいな恋をしたで、サブカル大好きな麦くんが、ビジネス書を読むようになるシーン、絹ちゃんの仕事をバカにするシーンで、私は圧倒的に麦くん側で、感情移入しすぎで危うく死にかけた。
学生から社会人になるタイミングは、私だけではなく、ほぼすべての人間が「価値観が変わる瞬間」であり、それは、「恋愛観」すらも変えてしまう。人生の優先順位も変わってしまう。
社会人になって暫くして、マンションも車も持っている弁護士の男性とお付き合いしたとき、ふと、学生時代こういう人と付き合えば楽できたんだな、と思った。このメリットに魅力を感じず、愛情だけでフリーターの彼との付き合いを突っ走れたのは、
若さというある種の「正常な判断が出来ない状態」のせいだろうと思った。
お付き合いが成立するのは、2つのうちどちらかが満たされたときなのではないかと思う。
・承認欲求(愛情とか)
・実益的なメリット(お金とか)
そして、年を重ねるごとに、どちらもハードルが上がっていく。
若さは、つまり、難しいことを考えないで済むということだ。
結婚、親戚、出産、介護、相続、お墓……年を重ねると、考慮すること、多すぎて、
あのときの熱量の「好き」だけではとても生活していけないのだ。
しかし実益的なメリットだけでは、妥協できなくて、ある一定の愛情も求めてしまい、どんどん理想は高くなっていく。
彼が就職して暫く経って、私は別れ話を持ちかけた。
自分から別れを告げるというのに、私は泣いた。
身勝手なのは、私なのに、彼は変わってくれたのに。
それでも、私の価値観はどんどん変わっていく。
学生時代、ごちそうだと思っていた食べ物や、楽しかったデートはどんどん色を無くしていった。
4畳半のワンルームで一緒に過ごした時間は、何より大切だった。
彼が深夜3時に来ても、温かい御飯を食べて欲しくて、家に到着するギリギリに御飯ができるように、目を覚ました。
朝5時にアルバイトに行くとしても、彼と話して、一緒に寝る、その時間が何より楽しかったはずなのに。
終電ギリギリに帰る社会人の私は、彼が家にいることすらストレスになった。
欲しい物を何でも買えるようになってからは、4畳半はあまりに狭すぎた。
彼と別れて、私は4畳半のワンルームから、倍以上の広さになった6畳1Kに引っ越した。今はあの頃の3倍以上の部屋に住んでいる。
生活のレベルを下げることは、難しい。
幸福だと思う基準は、年齢を重ねるごとに右肩上がりだ。
けど、あんなに、困窮した生活でも幸福だと思えるほど、私の愛情は、承認欲求は満たされていた。だからこそ、若い頃の恋愛は美化されるのだろうと思う。
学生時代から社会人に変わった2015年。
お付き合いしていた彼のLINEのアイコンは、2020年現在、彼の子供になっている。
他の女性と結婚し、子供を育て、きっと幸せに過ごしているだろうな、と思うアイコン。
彼は自身が幸せになる世界線を見つけていて、私はそれに心から安堵している。
子供好きで、結婚をしたがっていた彼に、「結婚するならちゃんと就活しよう」と言ってリクナビNEXTを見せたときには、もう、私の未来には、彼が居なかった。それでも、きちんと一人で立った彼が他の誰かと幸せな家庭を築くことを願うくらいには、大切に思っていた。
彼があの日、私に渡してくれた電卓は、1000円もしない安物だったけど。
当時は心から嬉しくて、彼の優しさに感動し、私はなんて幸せなんだろう、と思った。
今、その電卓は何のありがたみもなく、オフィスのデスクにしまいこまれ、日常に溶けていく。
それでも、彼が今いるであろう、幸福な世界線に、私という存在が何らかのバタフライ効果を与えていたら面白いな、と思う。
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