我が愛しき娘たちよ(著:コニーウィリス:短編集:絶版)【君には、これも読書紹介だったのかい? 僕には○○○○だったよ】
絶版本です。
短編集です。
コニーウィリスです。
ウィリス先生はアメリカの作家界でかなりの大御所でした。
長編は取り留めもない漂流する物語が多いような気がしましたが、
短編はピリリと引き締まっております。
また本作はフェミニズム文学というカテゴリに含まれているらしく、
そのかどで物議をかもしたというか、批判されたらしいです。
正直、今は一部の女性の方が、昔の青年将校みたいに肩で風を切って歩いている時代なので、そういうのを取り上げるのは慎重を期す必要があるかもしれません。
良くも悪くも取り上げただけで炎上しそうです。
「問答無用」とかいって撃たれるかもしらん。
なのでやはり取り上げてみようと思います。
まあ絶版といっても再販される可能性はかなりある方だと思います。
***
表題作「我が愛しき娘たちよ」のみを紹介します。
さてこの本が批判された背景について述べますと、この本に出てくる男性登場人物が、すべて性的搾取が目的であるかのような描かれ方をしているからなんですね。
しかしコニー御大は否定しています。
「これは作中の設定に過ぎない」
実を言うと私もそう思います。
中心となるテーマを語るために、世界観設定を最適化するのは良くやることです。
例えば戦争反対をテーマにしているなら、敵の兵士の人間的な部分を出すとか。敵側にも語るべきもの、守るべき家族がいるとか。
逆にエンタメに徹するなら敵を分かりやすい悪、つまり外道に設定するとか。
人間の自由をテーマにしているなら、自由が否定された抑圧的なディストピア世界を世界観設定にするとか。
主人公の成功をテーマにするなら、主人公の属性に逆風が吹くような時代設定にするとか。
こういう風に主題を輝かせるために背景の世界を弄くるのは、良くあるというか当たり前の創作技法です。
さらにこの小説は、作中の世界観設定も2枚持っています。
1枚目は男性が女性を虐げるというフェミ的な視点。
(批判されたのはこっちの方ですが)
そして2枚目は、
昨日までの被害者も次の瞬間には加害者に転ずるという、悪の普遍的属性。
そして主人公の少女は、
不良で、
ビッチで、
性格も素行も悪いのですが、
作中でただ一人、道徳を感じ取れる人間となっています。
そう。直感的に良いことと悪いことの、区別がついて。
悪いことはできない。そういうタイプです。
逆にそれ以外の登場人物は、誰も道徳を感じ取れません。
先生たちも、クラスメイトも、
そして父親に性的虐待を受けていたルームメイトの少女も、
主人公は、このルームメイトに同情するのですが、
実はこのルームメイトは最後で最悪の裏切り方をします。
それでは絶版本なのでネタバレやります。
SF科学力でテッセルとかいう小動物を開発して、それを使って少年たちは楽しんでいるのですが、
それが直感的に我慢できなかった主人公は、こっそり小動物を救出します。
そしてどんなに脅迫されても暴力を振るわれても、絶対にそのことを言わなかったのですが。
隠し先がルームメイトだったんですね。
でもルームメイトは、自分の代わりに妹が手を出されるんじゃないかと心配で、小動物を実家に送りつけてしまいます。
小動物がいれば妹が手を出されないという訳ですね。
・・・・・
悪の物語なんです。
主人公だけが悪を感知できるのですが、他の人にはそれができません。
主人公はまだ未熟で無力で、悪の力の前に敗北してしまいます。
バッドエンド? とは思いませんでした。
これは人魚姫やマッチ売りの少女、あるいはイカロスの物語と同じ類型。
リア王とかもこんな感じですね。(黒澤明の乱で観ただけですが)
悲劇であるけど悲劇ではない。
一流の悲劇は、もはや悲劇であることを止めてしまう。
あの独特の透明感で、読者を包み込んで、
この悲劇の向こう側の世界を想像させてしまう。
私は勝手に 夜明け前の物語 というカテゴリに分類しています。
ショパンのノクターン2番が良く合う作品だと私は感じています。
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