第9章 silent melon−2
Vol.2
青山さんは、未来との話を終えた。彼の顔はどこか清々しさまで感じていた。まあそうだろう。ある意味復讐というものは達成されているようなものだから。僕は、青山さんが意気揚々とお店を後にしていく姿を無言で見つめていた。
「セレンくん。この花束のラッピングなんだけど、いつも通りお願いしてもいいかな。」
「ー。」
「セレンくん。起きてる。」
翠さんが何度か僕の名前を呼んでいたらしい。僕は全く気づかなかった。ボーッとして没頭していた。翠さんが僕の肩を叩き、僕は気がついた。
「す、すみません。ちょっと気づきませんでした。」
「いいよいいよ。胡蝶蘭運ぶのに疲れたのかな。とりあえず、いつもの花束のラッピングお願いしていいかな。」
「はい。」
僕は、翠さんに頼まれた花束のラッピングにすぐさま取り掛かった。店頭に飾る用の小さな花束を作るのは僕の仕事になっていた。昔は、翠さんが一人で作っていたのだが、僕が見様見真似で作った花束のラッピングを翠さんが見て気に入ってくれた。それからというもの、店頭に飾る小さな花束は僕が作る担当になったのだ。翠さんのように僕には芸術がわからない。だけど、なんとなく自分が作って「いいな。」と思うものは良いものだという認識があながちいいものであるらしい。翠さんが僕が花束のラッピングを作っている様子をのぞいていた。
「それにしても、セレンくんは器用だよね。そんな綺麗な花束のラッピングが素人には普通できないよ。」
「そんなことないですよ。翠さんにはかないません。」
「いやいや。僕なんかすぐ追い抜かれちゃうかもしれないな。」
「またまた、ご冗談を。」
「そういえば、今度フラワーアートの大会があるんだけど、セレンくんも一度エントリーしてみない。セレンくんなら優勝できちゃうかもしれないよ。」
「僕にはまだ早いですよ。それに、作品を作るという覚悟が足りない気がします。
「覚悟か。」
翠さんは、僕の方を見ながら続けた。その目は、すごい葛藤を繰り返して洗練された匠のようなものでもなく、どちらかというと子供のような幼さを感じさせる目だった。
「覚悟なんていらないよ。そんなものは、アートとは程遠いかな。」
「そうなんですか。アートって職人とか匠みたいなものではないんですか。」
「そんな技術者みたいな何時ではないよ。アートっていうものの本質は表現さ。」
「表現っていうと。」
「そうだね、簡単にいうと、人が言葉や態度を使って自分の感情を表したり、歌を歌って自己表現するように、僕らは作品を通して自分達が感じたことや思ったことを表すんだ。」
「なるほど。」
「それにね、覚悟だの、大義だのって自分の言葉によく名目をつける人がいるじゃない。そんな人に限ってつまらない作品が多い。セレンくんはなんでかわかるかな。」
「凝り固まった考えをするからとかですかね。」
「まあ、それも間違えではない。でも本質はもっと違うところにある。そういう人たちは、心にペルソナをかぶっているんだ。アートを演じているに近いかな。例えば、りんごは赤くないといけないとか、夕日は赫くないといけないとか。こうあるべきといった常識という仮面を被って描いている。僕はそれをアートとは呼ばない。自分がそのリンゴに対して何を思ったのか。生産者の顔なのか。このリンゴを食べる人を思うのか。そういった思いを乗せて表現した作品を僕はアートと呼ぶと思うんだ。作品の根底にある感情が浮かばないと作品って何かつまらなく感じてしまうかな。」
僕は、黙って翠さんの言葉に耳を傾けていた。その様子を確認しながら翠さんは続けた。
「ほら、よくあるじゃない。なんだかすごい下手くそな絵なんだけど、なぜか見入ってしまうものとか。ピカソのゲルニカだって正直何を描いているかなんてわからないじゃない。でも、そこにピカソが何を思っていたんだろうか。この作品には何が込められているのだろうかと、どこか考えさせられるようなアートだよね。だからこそ、ピカソはここまで評価されたんだよ。」
「確かに、ピカソのゲルニカは正直何が何だかさっぱりでした。でも、見るとどこか引き込まれるような魅力が感じられるような作品でした。」
「でしょ。いかに自分を表現するか。名目をつけて心を縛るのではなく、アートは自由であるべきだよ。それに覚悟があるから描けるようなら才能なんていらないしね。」
「そういうもんなんですかね。」
「そういうもんだよ。」
翠さんはそっと呟いた。僕はその言葉の本当の意味を理解することは生涯でないのかもしれないと少し悟った。きっと、何かを行うために覚悟だの正義だの復讐だのと理由をつけて自分の感情をお推し進めることでしか行動できないのだろう。まあ、そんな自分などどうでもいいと思うほどに、僕は今復讐という言葉に取り憑かれていた。それを見越して僕にこの話を翠さんはしてくれているのだろうか。そうだったとしたら。まあ、そんなことはないだろう。そう思いながら、僕は花束のラッピングを続けた。
「そういえば、こないだの花束は喜んでもらえた。」
翠さんが僕に尋ねてきた。未来との最後のデートの時にもらった花束。あの花束は飾られることはなく。未来の命と共に散ってしまったんだ。そんなことを未来さんにいうわけにもいかない。
「とっても気に入ってくれましたよ。」
「そうか、それは良かったよ。」
「ええ。本当にありがとうございます。」
「また、必要になったら教えてよ。また作るよ。」
「本当ですか。それは嬉しいです。」
僕は、また次なんてものが存在しないことをわかっていたが翠さんの良心を木津つけるわけにもいかないと思い、嘘をついた。いや、嘘ではないかもしれない。次に花束をもらうときは、復讐を果たしたときにしよう。
その後、いくつかの作業をこなして、今日のアルバイトは終了した。家にまっすぐ帰らず、近くのカフェスタンドでコーヒーをテイクアウトし、近くの公園で休憩をした。胡蝶蘭という久しぶりに重たいものを運んだせいか、少し筋肉がはっていた。大学生になってからあまり運動をしてこなかったツケが回ってきていた。久しぶりに何か運動でもしようかなと思いながらコーヒーを啜った。公園では、小さな子達が楽しそうに駆けていた。自分にもこういう時代があったなと思いながら空を見上げた。もうすっかり入道雲は無くなっていた。見渡す限りの秋の空だった。気温はまだ残暑が厳しく、秋とは言い難いが。
ピロリン。
スマートフォンが音を立てた。メッセージが1件届いていた。先輩からだった。「暇か。」というメッセージと共に場所が送られてきた。暇ならここにきてほしいということだろう。僕は、どうせ暇だし先輩に指定された場所に行くことにした。思えば、先輩とはサウナフェス以来あまり会っていない。そもそも、定期的に会っていたわけじゃないし、先輩から今日のように一方的に連絡が来て会うケースが多い。だから僕からわざわざ会いませんかなんて予定を立てることなんてないのだ。
送られてきた場所を見ると、先輩は銀座にいるらしい。銀座なんてなかなかいかない。学生なんかが銀座で遊ぶなんてほとんどない。どんな高級なお店に行くのだろうか。僕は少し妄想しながら銀座に向かうために電車に乗った。改札を抜けて電車の中に入るとなかなか混んでいた。銀座にむかう人というよりは、大きな荷物を持った人が多かったので、東京駅に向かい新幹線や夜行バスに乗ってどこかへ旅行するのだろうか。そうこうしていると、銀座へ到着した。駅を出ると、華やかなマダムやスーツをきっちりと着た人が多くいた。こんな場所に何があるんだろうかと、思っていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「おお、セレン。早かったじゃん。」
「まあ、暇だったんで。」
「だと思ったよ。」
先輩は笑いながら僕の方に歩いてきた。
「ところで、先輩。銀座なんかに呼び出して一体何事ですか。こんな煌びやかな街。学生には似合わないですよ。」
「バブルの日本の話でもしてるのか。最近は割と学生もいるぞ。」
「そうなんですか。知らなかった。」
「意外と、自分以外には興味ないもんなセレンは。」
「そんなことはないですよ。」
「そんなことあるぞ。」
「それよりも、早く教えてくださいよ。なんで銀座なんかにわざわざ呼び出したのか。」
「ああ。それはついてからのお楽しみだよ。」
そういって先輩は意気揚々と僕を連れて銀座の街を歩いた。昼過ぎの銀座というものは落ち着いた雰囲気がある。渋谷や新宿とは違う。バブル期はここで寿司を食べるのが芸能界などの楽しみだったとか。噂を聞いたことがる。銀行の銀の字がつくこの街は金で溢れていたのだろう。しばらく歩くと、先輩がここだよといって店内に入って行った。見た目はなんだか銀の建物に、宇宙人を思わせるようなライトや装飾が施されていた。こんなお店で何があるんだという感じだった。店内には、幾人かの人が待合室のようなところで待っていた。先輩は受付をしてくるといって、受付のカウンターへと歩いて行った。待っている間、僕は店内を見渡したが宇宙を感じさせるような佇まいで、あちらこちらにオーロラのような不思議なイルミネーションと宇宙を思わせるような星や銀河の装飾があった。「なんのお店なんだ。」と思った。まさかとは思ったが、風俗店。銀座の大通りに、昼過ぎから風俗にこの男は誘ってきたのだろうか。やばい先輩である。
「いやー、気持ちよかった。」
「最高でしたね。」
「コンセプトがすごいよね。銀河をモチーフとか。」
「確かにすごいですよね。ここでしか味わえない。」
ことを終えた人たちが奥からやってきた。話している内容に聞き耳を立てていた僕。銀河をモチーフにした風俗店。宇宙人設定的なやつか。コンセプト。とんだ変態じゃないか。いくらなんでも先輩がいきなりこんなところに連れてくるなんて。いや、先輩ならあながち連れてきそうな気がする。先輩とは、そういう話をしたことがある。
ミーティングを行う前にまだ黒奈がいない時、先輩と剣崎と僕の3人で風俗店に行ったことがあるかという話題になった。僕は行ったことがないというと、他の二人は驚いた。
「一度もないのか。」
「ないですね。」
「人生損してるぞ。セレン。人生経験としてやっておいた方がいい。」
「いや、金がかかるじゃないですか。そんなお金あったら、寿司でも食べたほうがいいじゃないですか。」
「それはそうなんだが。そういうお店を知ることは、男の生き方に変わってくるぞ。」
二人とも歴戦の勇者のような顔ぶりで、風俗店へ行くことを勧めてくる。「こういう遊びをするのも大学生の醍醐味なのか。」と少し疑問に思ったので二人に聞いてみた。
「二人は行ったことあるんですか。」
「ないよ。」
「ないな。」
「ないのに人に勧めていたんですか。信じられない。」
僕は二人の発言に驚きを隠せなかった。なんて奴らだ。しかも澄ました顔で堂々としていた。
「どんなもんなのか、行ってみて感想を聞かせてもらおうかと思って。」
「そうそう。それに、実際大学生で行ってる人なんてなかなかいないしな。」
「危ない人たちだ。」
「まあまあ、実際行こうとしたら止めてたから。」
「どうだかなー。絶対ニヤニヤしながら行かせていたでしょ。」
「それはな、剣崎。本人の意思を尊重してやらないといかんもんあ。」
「そうですよね。白弓先輩。」
「だいたい、セレンはこういうの硬いんだよ。ちゃんとそういう遊びは覚えるべきだよ。」
「競馬とかパチンコとか、女あそびとか。学生のうちにこういう遊びを知っておかないと。大人になってからこういう遊びにハマると大変だぞ。」
「ハマるリスクがあるなら、初めからやらなければ良くないですか。」
「でたでた。そういう正論。」
「正論だけが正しいわけじゃないんだぞ。世の中、正論だけじゃ成り立たないことの方が多いんだ。」
「はいはい。そうですね。」
この二人が悪巧みすると怖いな。と思いながら話していると黒奈がやってきた。
「あら、3人で何を愉快にお話ししてるのかしら。」
「ちょっとお風呂の話だよ。」
先輩が笑いながら行った。
「そうなんですね。いいお風呂でも見つけたんですか。」
「いや、なかなかないね。どれもこれも、学生には値が張るものばかり。」
「それは残念ー。お風呂って、そんなに根が張るんですか。安いお店とかはダメなんですか。」
「ダメだね。安いとサービスが悪いし、何より楽しめない。」
「そうですね。ある程度のクオリティがないと、せっかくお金払っているのにドブに捨てている感覚になりますよね。」
「そうそう。」
「いいお店あったら私にも紹介してください。」
「もちろん。」
僕と剣崎は笑いを堪えるのに必死だった。お風呂の本当の意味を知らない人と知っている人の会話がうまく噛み合っていて、なんだがアンジャッシュのコントを聞いているかのようだった。僕らが笑っていると、黒奈が止めのセリフを吐いた。
「私だってお風呂大好きなのよ。今時ババ臭いとかでも思っているの。失礼な人たちだわ。」
その発言を聞いて3人ともさらに笑ってしまった。
こんなことがあったのだ。先輩ならやりかねない。そんなことを思い、僕はソワソワしながら座っていた。すると、先輩が受付を済ませて僕の方に帰ってきた。
「受付終わったわ。あと5分くらいで呼ばれるみたいだから少し待っておくか。というか、なんでそんなにソワソワしてるの。トイレでも行きたいのか。」
先輩が僕の異変に気づいた。まあいいか。僕はこのまま風俗店なんかに行くのは嫌だったので、先輩に断って帰ろうと思った。
「先輩。僕、帰ります。」
すると先輩は驚いた。
「どこか具合でも悪いのか。」
「いや、だってお風呂屋さんなんて行きたくないです。」
「え。」
「いや、行くならもっと普通のところがー。こんな宇宙をコンセプトにしたお風呂屋さんなんて行きたくないです。」
「セレンもしかしてー。」
僕は、ハッとした。黒奈との関係に気づかれてしまったのだろうか。いや、そもそも先輩はまだ未来が死んでしまったことを知らない。だから、彼女がいるのに風俗店に行くのが嫌だということに気がついたのかもしれない。
「先輩が思っている通り、彼女がいるのにちょっとそういうお店は行けないです。」
「いや、彼女いてもきていいだろ。」
「いや、そんな。僕と先輩は価値観が違うんですよ。」
「確かに違うけれども。セレンも好きだろ。」
「好きじゃないです。」
僕は断言した。こんな不純な行為。僕は好きになれなかった。何より、黒奈にしれたら蹴りの1発、2発じゃ済まないだろう。そう思っていると、先輩が笑いながら返事をした。
「セレン。もしかしてだけど、ここをそういうお店だと思っている感じ。」
「はい、それ以外に何があるんですか。」
それを聞いた途端、先輩は大爆笑をした。
「勘違いするのも無理はないけど、そんな変青店を銀座の大通りに建てるわけないだろ。」
「それはそうですけど。」
それはそうなんだが、先輩ならそういうお店に連れてきかねないと内心思っているなんて言えなかった。
「ここは、宇宙をコンセプトにしたプライベートサウナだよ。」
「ぷ、プライベートサウナ。」
「そうそう。面白そうだから一度きてみたくてね。セレンと剣崎誘ったんだよ。」
僕は、ほっと一安心した。なんだかどこかでみたことがあるようなやり取りをしてしまった。
「てか、セレン。なんだか反応が童貞みたいだったぞ。実はムッツリすけべなのか。てか、そんなにそういうお店に行きたいなら言ってくれればよかったのに。今度はそっちに行こうか。」
「違いますよ。人を変態みたいに言わないでくださいよ。」
ちょっとイラッとした。人がどれだけ心配していたのかも知らずに、この先輩は。僕が少しムスッとしていると先輩が宥めるように言ってきた。
「まあまあ。落ち着きたまえ。今回のサウナはいつもみたいに蒸されるサウナじゃないんだぜ。」
「どういうことですか。」
僕は驚いた。あの蒸気で蒸されるサウナ以外にサウナなんてものが存在するのか。そう不思議に思っていると先輩が続けた。
「宇宙をコンセプトにして脳波を測定しながら行うもので、通常のサウナみたいにサウナと水風呂と外気浴の代わりに、瞑想タイムと整うタイムの2種類があるんだ。」
「なんですかそれ。初めて聞きました。すごいですね。」
「ああ、リアルタイムで脳波を計測しながらそれに合わせて演出も変わる仕組みになっているんで、新しいサウナ形態としてすごく注目されているんだよね。」
「よくこんなところ見つけましたね。」
「サウナの飽くなき探究心は止められないのさ。」
先輩は少しカッコつけて言った。随所でこの人はおちゃらけるな。そんなことを思っていると、剣崎がキョロキョロしながらやってきた。
「遅くなってすみません。」
「よかった。間に合って。」
「宇宙サウナなんてすごく面白そうなんで、絶対行きたいと思って。」
剣崎は嬉しそうにしているのをみて、この先輩僕にだけ目的を告げずに誘ったことを察した。
「そういえばな、セレンのやつ。ここをそういうお店だと勘違いしてソワソワしていたぞ。」
先輩がニヤニヤしながら僕のさっきまでの勘違いについて剣崎に話し始めた。やめてくれと思ったが、先輩は止まることはなく、ベラベラと話し始めた。剣崎が全て聴き終えると、僕の肩に手を置き、満面の笑みでこう呟いた。
「セレン、お前ムッツリじゃん。」
「ち、違う違う。それに、誰だってこんなところに何も知らされずに来たら思っちゃうでしょ。」
「いいって、そういう風に誤魔化さなくても。ムッツリなのは餓虎とかには内緒にしてやるから。」
コイツー。言いたいように言ってくれるな。僕は、このことを絶対にいつか復讐してやると心に誓った。
「白弓様。準備ができましたので、受付までお越しください。」
受付の人が先輩の名前を呼んだ。僕らは、先輩と一緒に受付に向かい一通りの説明を受けて、宇宙サウナの部屋へと向かった。
部屋に入るとそこは、SF映画の宇宙船を思わせるようなものだった。昔の宇宙船みたいにパソコンやらのキーボードがあるわけではなく、シンプルな感じのやつだ。一人一人が個別に座る場所が設けられており、僕らはそれぞれの指定された席についた。席といっても。、円形の丸い他とは少し浮き出た台のようなものの上に乗り、ヘッドホンと脳波を検出する装置でカチューシャのようなものを被る。ヘッドホンをつけると、α波の音楽が流れ始めた。脳波がリアルタイムに読み取られていき、自分の脳波が落ち着いてきた。しばらくすると、部屋全体がどこかの惑星にいるかのようにプロジェクションマッピングを始めた。みたことのないような生物が惑星を駆け回る。地球とは打って変わって荒野がそこには広がっていた。荒野ではあったが、どこかに冒険心を感じていしまうような風景に心を奪われていた。どんどんと進んでいくと、水辺や植物らしいものが生い茂る森のような場所を巡ったり、夜になると星空が輝いていた。他の惑星でも夜になると星が輝くのだと思った。僕の座る円形の台は、最初はオレンジ色をしており、脳波が不安定状態だったが、これらの風景に心を奪われていくうちに青色絵と変わり、瞑想している状態となっていた。全てのプログラムが終わり、音楽やプロジェクションマッピングが解け、ヘッドホンと脳波を測定する装置を外した。僕は、しばらくぼーっとしたままだった。サウナの整う時間が外した後も継続していた。何も考えることがなく、ただぼーっとしてるだけの時間なんて久しぶりすぎた。
「おーい。セレン。」
「そろそろいくぞ。」
「あ、すみません。ぼーっとしてました。」
「整いすぎだろ。」
剣崎が僕に笑いながら言ってきた。先輩も笑いながら僕らに話しかけてきた。
「でも、すごかったな。」
「確かに。想像以上のクオリティでした。」
「オロポないなんて少し物足りなさを俺は感じましたね。」
「喉渇かないもんな。せっかくだからこのまま飲みに行くか。」
「いいですね。いきましょう。」
僕らは、銀座で昼から飲むことになった。銀座で飲むなんて滅多なことで、財布のお金が足りるか心配だった。そんな僕とは違って先輩と剣崎は、どんどんと進んでいく。この人らの財力はどうなっているんだと思った。しばらく歩くと、先輩がここにしようとBARに入って行った。先輩は色々なお店に詳しいから、お店自体にハズレはないと思うが、こんなところに昼間からやっているBARがあるなんてびっくりした。
「ここは、某梅酒メーカーの経営するBARでご飯も美味しいんだ。」
「え、あの梅酒メーカーがBARなんてやっているんですか。」
僕と剣崎は揃って驚きの声を漏らした。梅酒メーカーがやっているBARなんてどんな感じなのかとても気になった。
僕らは、早速お店に入るとすぐさま席に案内された。昼間ということもあって、やや店内は空いていた。内装はさすが銀座ということだけあって落ち着いた雰囲気に上品なインテリアとなっていた。メニューを見ると、ガッツリとした釜飯やデザートのプリンなんかがあり、お酒だけを楽しめるというわけでもなさそうだった。僕は、少し小腹が空いていたので燻製プリンを注文し、梅酒の飲み比べセットをみんなで注文した。
「梅酒の飲み比べセットです。」_
注文してから間も無くして店員さんが運んできた。8種類の梅酒が運ばれてきて、それぞれ梅の種類や梅シロップを作る際の砂糖、お酒の種類が異なる梅酒が運ばれてきた。僕らは、それを一つずつ確かめるように匂いを嗅いで一口ずつ飲んだ。
「はちみつを使用した梅酒はなんだか甘さにコクがありますね。」
「この完熟した梅を使用した梅酒なんて甘くてまろやかだ。」
「どれもうまいですわ。」
剣崎だけ一番雑な感想だった。まあ、剣崎は上手ければなんでもいいと思っているからな。そう思っていると、僕の注文したプリンが到着した。
「燻製したプリンです。香りも堪能品がらお食べください。」
皿に蓋がされ中で煙によってプリンが隠されていた。蓋を開けると、煙が座席に広がり心地よい桜チップの匂いが鼻腔をくすぐった。その煙を隣で吸って、剣崎は咽せていた。僕と先輩はそれを横目で笑いながら、一口プリンを摘んだ。なんだろう、普段食べているようなプリント違って、食べた瞬間はスモークの香りが一段目に広がり、二段目に卵の濃い味が口の中に広がる。最後に、また燻製された香りと卵の香りが混ざっていく。ここまで美味しいプリンは食べたことがない。僕は、この歳になってプリンで感動していた。少しゲホゲホとむせている剣崎が、「うまそうに食うな。」と僕のプリンを食べたそうにしていた。そうこうしていると、剣崎と先輩が頼んだアイスクリームがやってきた。アイスクリームの上に黒糖梅酒が乗っており、ラムのいい香りが広がっていた。剣崎はバクバクとうまいうまいと食べていた。
「ラムと黒糖が梅を殺さないでいい感じに主張しているし、それがアイスクリームと相まってとても美味しいな。」
さすが先輩だった。食に対してはとても紳士である。僕らは、その後もスイーツと梅酒を堪能した。いい感じにお酒が回ってきたのでお店を出ることにした。気づいたらもう6時を回っていた。夏はあれほど日が長かったこんなにも日が短くなっていたなんて気づかなかった。最近忙しすぎたせいだろう。自分以外の物事に目を向けるなんてことが無かった。今日のような何気ない日常がずっと続けばいいのになあ。そんなことを思いながら夕暮れ時の銀座を歩いた。街はこれから走り出すかのような人の活気があった。みんなで駅まで歩き、そこで剣崎と先輩と別れた。帰りの電車の中、僕は揺られる体を電車の壁にもたれかかって支えていた。目の前に高校生のカップルがいた。日焼けした男女が楽しそうに会話している。部活帰りだろうか。僕はしばらくその二人を見つめていた。男子高校生は、手を繋ぎたいのだろうか。ポケットから手を出したりは入れたりはしている様子だった。女子高生も髪を仕切に触っていた。なんだか、忙しない二人の様子を見ていると、こっちが恥ずかしくなってきた。こういう青春らしいものなんて、大学生になってから感じることがない。僕はいつからこんなにもおっさんみたいなことを思うようになったのだろうか。少し、残念に思えた。やがて、二人の高校生は、電車を降りて手を繋いで帰っていった。やっと、手を繋いだかとなんだかこちらがほっとしている。明日もこうやって帰るのだろうか。明日の彼らを想像した。電車がまたホームを出発し、線路の上を進んでいく。世界はいつも通り、時間を刻むだけだった。僕にはまるでそれが、沈黙を決め込んでいるように感じた。これから起こる波紋を描くための凪のような。