「道ですれ違っても無視するわけないし」
休職前の面談で、ぼたぼたと涙を垂れ流すわたしの顔がゆるんだのは、その時がはじめてだったかもしれない。
「うちの会社にこだわらなくていいからね」
「笑顔でたのしく生きててくれたらそれだけでいいんだから」
とにかく自分を一番大切にしてね、と繰り返し伝えてくれたあの時の上司の顔を思い出そうとすると、必ず鼻からズルッという重たい音が聞こえてくる。上を向いて、まぶたをぱちぱちする。
上司はすごく仕事ができる人だった。まずは作業スピードがとんでもなく速く、異動から1週間で「とんでもない人間がいるらしい」という噂が近隣店舗を駆け巡った。
それ以上にすごいのは、たのしそうに仕事をするところだ。
「従業員がたのしそうにしていれば、クレームなんて来ない」
というのがモットーだった。
工夫すれば仕事は早く終わる、ご機嫌に仕事をしていれば仕事が楽しくなる。
仕事そのもののやり方だけではなく、考え方ややりがいまで教えていただき、さらには工夫したことや挑戦したことそのものを褒めていただける。
はじめて仕事ってたのしいのかもしれない、と思えるようになった。
ずっと一緒に働きたいなあと思った。
しかし、わたしは職場の別の上司とうまくいかず、気がついたらバックヤードでぼたぼたと涙を流していた。今でも突然涙が出る、不安になる、動悸が出る、薬なしでは眠れない。
それでも上司と一緒に働きたいと思った。でも、体が追いついてくれなかった。
「会社辞めたって、大好きな部下のままだから大丈夫。
だって、会社辞めた後に道ですれ違ったって絶対無視しないでしょ。
うちからいなくなったって、何も変わらないから安心して。」
わたしは今休職をしている。いずれ、復職か退職を選ばなければいけない時が来る。
どうなるかはわからない。
でも、きっとどんな決断をしても大丈夫だと思う。
わたしが幸せであればいいのだ。