少し大人になれた僕
社会人一年目。悩み事の一つすら抱えず、ただひたすらに公園で走り回っていた10年前の僕には分からないだろう、きっと想像もしなかっただろうな。
朝早く起きて、夜までパソコンと向き合い続ける日々。
「はぁ、何のために…」
今週もやっと訪れた休日。何度目かの日曜日。
何気なくスマホの電源をつけて過去の写真を整理していたら、昔撮影した江ノ島の海のデータを見つけた。僕は学生時代、カメラが趣味だった。
「よし。」
何を思ったか、無造作に置かれていたリュックにカメラを詰めて、僕は江ノ島へと向かう。
本当に好きなことは幾つになっても色褪せないようで、僕の目に映る美しい景色を無我夢中で収め続けた。
「素敵な写真は撮れましたか。」
すぐ傍で子犬を連れ歩いていた老人が、微笑んでいう。
「あぁ、はい。久しぶりに触ったんですけど、写真ってやっぱり楽しくて。」
初めて言葉を交わす相手なのに、何だか安心感があった。穏やかそうなおじいちゃんだからだろうか。
二人で防波堤に腰掛け、潮風の香りを纏う。
「大人になると辛いことなんていっぱいあるんだけどね、そりゃあもう子どもじゃないからさ、遊んでなんかいらんないさ。でもね、大人だからできることだって沢山ある。大人にしか見られない世界だってある。君だって、今日撮った写真は、昔とは違う切り取り方をしているんじゃないのかい。」
彼は僕の心を見透かしたようにそう呟いて、おもむろに缶コーヒーを取り出す。
「はい、私のお気に入りのコーヒー。さっき買ったばかりだからまだ冷えているよ。」
涙が零れそうだった。
西日に照らされながら、少し冷たいコーヒーをいただく。
幾つかのときに飲んだコーヒーはとても苦かったのに、今日の僕にはそう感じなかった。
「明日からまた頑張ろ、」
缶を握りしめながらきらきらと光る海を眺めた僕は、今、昨日の僕より少し大人になれた気がした。
(学校の課題として提出した文章です。)