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[月記]24年9月 痕跡

8月末に大型の台風が発生した。中国語で珊珊サンサンというらしい。
普段の休日はだいたいいつも家で過ごすことが多いため台風による影響はあまり無いのだが、9月1日にはあいにく東京で結婚式があり、上京せざるを得ない状況であった (言いたいだけ)。
自宅は神戸にある。東海道新幹線は運休していて、北陸新幹線は動いているようだが間に合うかが怪しい。かくなる上は徒歩か、とほほ…… (言いたいだけ)。
などと思っていた矢先、飛行機は運休していないという情報を入手する。どうやら飛行機は台風より高い高度で航空するため、飛行場付近が嵐でなければ運航するらしい。飛行機が飛んでくれるおかけで大事な予定の方は飛ばさずに済んだ (言いたいだけ)。

当日──紺碧の空を経由して無事に羽田空港に到着。ホテルにチェックインして持参したスーツに着替え、式場へ向かう。とにかく賑やかでおめでたくて、それは愛と希望に満ちた素晴らしい華燭の典だった。

翌日──その日は平日だが関西には戻らず、東京をひたすら散策する日と決めた。仕事はあらかじめ有給を取ってある。

浅草

どぜう鍋を食べたり。

新宿

新宿御苑を散歩したり。

港区 - 赤羽橋

東京タワーに登ったり。

港区 - 浜松町

旧芝離宮恩賜庭園で寛いだり。

港区 - 六本木

しぐれういの個展を見たり。

港区 - 麻布十番

お高めの親子丼を食したりなどした。

やがて復路の飛行機が出発する時間が近づく。私は羽田空港第1・第2ターミナル駅に向かうために、最寄り駅まで早足で歩いた。

道すがら、室外機の落書きが目に入る。

ここで私は大いにたじろいだ。
まるで小学生の頃の親友と中学の頃の親友と高校の頃の親友と私が4人で仲睦まじく会話をしていて、何か変だぞとふと気付く瞬間──これまでの会話は夢だったのではないかと疑う瞬間に覚える胸騒ぎによく似ていた。

「えっ、あっ、そんな──ええ??」

私は、この絵を知っている。見た、ほんの数日前に、神戸・・で!

神戸 - 三宮

天気の良い休日、高架沿いを散歩していると特徴的なグラフィティを見つけた。街中のグラフィティといえばだいたいはマシュマロあるいは岩みたいなレターという印象があるから、ポップでカラフルなイラストはとても目についた。

東京の女の子と兵庫の女の子を描いた人物は、どう見ても同一人物だろう。私は作者のことが気になって、ネットで詳細を調べてみた。

  • SHEAというグラフィティーライターが描いている

  • 京都で活動していて、女の子のイラスト (女の子に固有の名前は無い) は京都でよく見ることができる

  • グラフィティー業界ではレターが主流だが、SHEAはキャラクターのみを描き続けることに拘っている

  • 一般に、警察にマークされないようにレターの形を崩しながらグラフィティを残していくことが多い一方、SHEAは特徴的な女の子を描き続けているため、我を貫いていると評判である

何のために女の子のイラストを描いているんだろうな、と思う。
単なる女の子のイラストから、社会的なメッセージ性を読み取ることは難しい。伝えたい思いが無いのに全国各地を行脚して、警察に逮捕されるリスクを抱えながらグラフィティを残し続ける理由は何なのだろう?

……いや、目的ならあるのかもしれない。有名になるということだ。
実際、街中を歩いている私がネットで検索することで作者に辿り着くに至った。道行く人の中には同じ形で作者を認識する人も多いだろう。
手段ではなく目的として「有名になる」という目標を掲げることは決して間違った考え方ではない。有名になればできることの幅が広がる。もちろん、グラフィティには犯罪的な側面があり手放しに讃えられるものでもないのだが、悪名は無名に勝るというように、グラフィティで有名になったからこそできるようになる活動もあるだろう。実際、SHEAを始めとしてグラフィティライターは店先のシャッターにイラストを描く仕事を合法で請け負うことがあるようだ。

この在り方は今の私の創作活動に少なからず似ているな、と思う。
私は2022年から同人誌の制作と頒布をしていて、小説を書き始めたのは2014年からになる。活動の動機は何かと問われれば「ISBN付きの正式な出版物を刊行したい」という子供の頃に生まれたよくわからない、けれど明確な夢から来ている。何故そんな夢を抱いたのかというと、死してなお残る生きた痕跡が欲しかったからだ。虎は死して皮を留め人は死して名を残すというが、実は意外と残らないものだということに気が付いて以来、後世までずっと読み継がれる書籍という媒体に心惹かれるようになった。
今でこそ目標のレンジは少し広くなってきていて「同人活動を通して目の前の人を楽しませてあげたい」と心の底から思えるようになってきたけれど、そんな風に思えるようになったのも活動を始めて初めて見えてくるものがあったからだと思っている。

何事も、まずは「有名になってやろう」くらいの気持ちで始めて見れば良い。残してきた痕跡が積み重なって、私たちの視座はちょっとずつ高くなっていくはずなのだから。

──室外機に描かれた女の子が私の心を震わせたように、私の雑感は誰かの心を揺り動かしているのだろうか?

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