【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#145
25 次に目指すもの(4)
外務卿寺島宗則が関税を主とした条約改正の失敗問題により進退が問われるようになると、後任の外務卿に馨の名が挙がった。
明治12年9月10日、この機会に馨は外務卿兼参議となった。このとき、外務卿だった寺島宗則は文部卿に、工部卿の後任には山田顕義が就いた。これで馨には、念願の条約改正をこの手で果たす事が出来る、という思いが強まった。
この頃伊藤博文は、勧業政策を巡る綱引きにも、辟易していた。薩摩派は内務省にある勧業政策を、緊縮財政派の影響を受けにくい大蔵省に、持って行きたがっていた。
「全くあいつらの疑心暗鬼にも呆れる。僕が勧業政策を進めないとでも思っとるのか」
「まぁ、少しは落ち着け。それだけわしが気になっとるんかの。大人しくしとるつもりだったが」
「いっその事、聞多を内務卿にするか」
「はぁ、何を言っとるんじゃ。そげなこと誰も認めんよ。今の状態では俊輔以外あり得んじゃろう」
「僕だって、やってられんことはあるんじゃ。内務卿なんて、こげなもんやってられるか」
「いいか、俊輔。内務省は勧業だけではないだろう。地方や警察も握っとる。これを手放すのは、最もつまらんことだと思わんか。わしら、何のために狂介を陸軍にのこした。同じことじゃ」
「確かにの。わかった」
取り敢えずこの場を納めたが、不安だった馨は岩倉にも事情を話し、博文に内務卿を続けさせるよう、説得を頼んでいた。
「全ては財務状況の悪さにあるの。何か変えねば。突破口を考える必要があるんじゃ」
馨は必死に考えることにした。
財政改革の必要性は、誰の目にも明らかだったが、これと言った手を打てないままだった。そんなとき馨は博文の元を訪ねていた。
「俊輔、今こそ卿と参議の分離を行うんじゃ」
「急に何を言い出すかと思えば」
「財政の行き詰まり、なんとかせにゃならん。問題は大隈の拡大策じゃ。つまり、大隈を更迭するのに、内閣の大改造を行う」
「それが卿と参議の分離か」
「そうじゃ。大隈を大蔵省から引き離す。参議の専任じゃ。色々言ってくるだろうから、後任は大隈の意中でもええ。そうして、実権をなくしたところで、本命を持ってくる」
「本命とは誰じゃ」
「わしは、いずれは松方でもええと思っとる。松方はたぶんわし以上に、緊縮財政を敷くだろう」
「だが、聞多、君の名も挙がっている。当然だろう、この仕組を作ろうとしたのは聞多、君なんだし」
「外務をこのまま見させてもらえんか。そのへんは俊輔に任せる」
「わかった。大隈の更迭も考えてみる」
博文は楽しそうだった。まだゆっくりしていけばいいと、家のものに言って、酒とつまみなどを用意させた。
「やっとだ。せっかくイギリスから帰国しても、巡幸の随行員だ、賓客の対応だと、二人でゆっくり話をする事もできなかった」
「そういえばそうだったの」
「おまけに聞多には、藤田と贋金の問題まで。僕は気が気じゃなかった。何も動こうとしなかったし」
「あれはのう。動こうにも動けんかっただけじゃ。解決してよかった」
「こうやって、聞多の思いつきに付き合うの、楽しいことなのだとやっと思えた。征韓論のときも江華島のときも、僕は置き去りにされたようだった」
「俊輔が恨み言を言うとはの。わしは俊輔と共に居る。こうやって、話し合っていれば、昔と変わらんじゃろ」
「聞多、僕らが、木戸さんや大久保さんのやり残したことを、やらないかんのじゃないか。君の考えをじっくり聞きたい」
「わしにもまだわからん。ただ、目下の課題は財政の立て直しじゃ。次に条約改正と行きたいところじゃが、立憲政体の確立が先かもしれん。憲法だけでなく民法や刑法、裁判関係の法律整備を行わなければ、諸外国の信頼は無いままじゃろ。そうなると議会もうるさくなってくるかの。琉球問題や朝鮮や清やロシアもかの」
「聞多には興味のない分野など無いみたいだ。きいた僕の間違いじゃ」
「そうかもしれんの。わしにはパリの風景が忘れられん。オペラ座や宮殿や町並みもじゃ。東京をあんな街にしたいの」
「緊縮財政じゃなかったのか」
「そうじゃったの。でも考えれば、なにか方法もあるはずじゃ」
博文の家をあとにした馨は、博文とこうやって協働していければいいのだと、今更ながらに思った。
そして、博文も動いた。
「卿と参議を兼ねることで、それぞれの省の利益ばかり、考えることが多いのは問題だと思う。だからこの際分離をして、国の全体像を話し合う参議と閣議を分けようと思う」
博文はそう言って、卿と参議の分離の了承を取ろうとした。
「外交は外務省が一貫して行うべきと思うが。つまりは外務卿は参議を兼ねることが重要だと思う」
山縣が意見を言った。それが引き金となり、外務は参議の兼任が認められた。
他の省については分離することとなり、後任人事の選任が進められた。馨からの希望は、外務大輔として馨のもとにいた、榎本武揚を卿にすることだった。薩摩の力の強い海軍卿に榎本武揚を入れることができたのは、かなりの収穫とも思えた。予想通り、大隈は後任にこだわり、佐野常民以外は認めないと言いはった。
結局大隈の言い分も認められ、大蔵卿には佐野常民、内務卿松方正義、陸軍卿大山巌、海軍卿榎本武揚、文部卿河野敏鎌、工部卿山尾庸三、司法卿田中不二麿、そして外務卿参議井上馨という内閣ができた。
太政官の方は外務、会計、司法、内務、軍事、法制の6部門に参議が分掌することになった。明治13年2月のことだった。
そんな頃、渋沢が銀行の集会で大隈の批判をしたと話題になっていた。それを聞いた大隈が、井上馨の手先となって動いていると怒りをぶちまけていた。もう渋沢とは二度と会わないと言い出す始末だった。
「渋沢、大隈と会う気はないか」
馨は渋沢のもとを訪ねていた。
「何で私が財務の緊縮を訴えた事が、大隈さんとの絶交になるのか理解できません」
「だから実際に会うのがええんじゃ。この国を思う気持ちは一緒じゃろ。大隈は俊輔がなだめておる」
「大隈さんに会って、何を話せとおっしゃるのですか。これだけ紙幣を出して、まだ増やそうとするなんて、物価をどうするおつもりなのか」
「そげなことわしに言われてもな」
「はぁ、元はと言えば井上さんではないのですか」
「わしがか」
「そうです。井上さん、大隈さんと話し合いをいつされました」
「えっ、いつじゃったかの。それがどうかしたのか」
「はぁ、全く。私のことをどうかする前に、まずご自身ではないですか」
「いや、わしは大隈とは…」
「財政整理を帝と閣議に、提出するのではなかったのですか」
「あぁ、それならば、今温めておる。渋沢、イギリス式の中央銀行作るんはどうじゃ。それで、紙幣の回収を急ぐ」
「言ってみれば日本銀行ですか。現在の国立銀行も、結局なし崩し的に保管金を少なくしてしまいましたね」
「そうじゃな。準備金も今や4分の1しか残っとらん。大隈が流用したものの補填はできんかった。紙幣の信用も落ちる一方じゃ」
「だからですよ。そもそも井上さんが、大隈さんと対立している。私と井上さんはそんなに意見は違わないから、大隈さんに手先扱いされているだけです。大元の井上さんと大隈さんが、手を組めればいいのではないですか。私の心配をしている場合ではないでしょう」
「たしかにそうじゃが。大隈に拡大しているときではないと、わからせるんがどれだけ難しいか」
馨は手に持った煙管を、灰皿に打ち付けながら話していた。
「井上さんは緊縮に向ける、おつもりなのですよね」
「わしだけではない。他には松方も、そのつもりでおろう」
「でしたら、なおさら大隈さんには、井上さんが、ご説明ください。私の出番ではございません」
渋沢は馨に言い含めるように、目を見ながら一言づつ区切りながら言った。これには、「ふぅ」と馨は、ため息をつくしかなかった。
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