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#11:『きみの色 レビュー』現代の若者が生き抜く為に創るさ"さやかな変化"

こんにちは!本noteでは日々の小さな出来事を深掘ってみて抽象化・構造化したり、私の好きなエンタメ(映画・ゲーム等)の考察を投稿してます。

8/30に公開された映画『きみの色』を公開初日に見てきました!観る前に勢いでパンフレットも購入(笑)本投稿では作品の感想・考察・感じた事を言葉にしきたいと思います。いやー考察のしがいのある作品です。


『きみの声』概要と感想(ネタバレ無)

画像引用元:PR TIMES

本作品は2024年公開の映画で『映画 けいおん!』『聲の形』、『リズと青い鳥』を手掛けた山田尚子監督のオリジナル映画作品です。山田さんは学生生活を舞台に、若者の未熟さ・真直ぐさ・儚さなどを繊細なタッチで描写する事に優れている映画作家です。以下、本作品のあらすじ。

高校生のトツ子は、人が「色」として見える。ある日、同じ学校に通う美しい色を放つ少女きみと、街の古書店で出会った音楽好きの少年ルイとバンドを組むことに。勝手に退学したことを家族に明かせないきみ、将来を期待する母親に隠れて音楽活動をするルイ、そして自分の色だけは見ることのできないトツ子と、それぞれが誰にも言えない悩みを抱えていた。音楽で心を通わせたそんな3人に、友情とほのかな恋のような感情が芽生え始める。

引用元:MOVIE WALKER PRESS

映画観てまずの感想は「画が美しすぎる」!!ルックバック』でも感じた事ですが、この品質の美麗アニメーションを数千円で見れる時代凄すぎる。本当にクリエイターに感謝。映像作品として観るだけでも価値あります。

もう一つの感想が「最後まで何も起きなかった」という事。決してネガティブな意味ではなく事実として、です。起承転結はあっても、抑揚が無い。感情を大きく揺さぶる瞬間も少ない。『リズと青い鳥』的な方向性を期待すると目玉くらいます笑。「ここ、感動するシーン!」「今!驚く所です!」的な分り易さも無く淡々と一定の温度感で進みます。大半の人がそう感じたんじゃないかな~。人によっては退屈に感じそうです。

私はこの「何も起きない」がこの作品の最大の特徴でありメッセージの根幹であると、四時間くらい考えた結果思いました。深掘っていきましょ。

画像引用元:映画.com

※ ここからネタバレ有、未視聴の方はご注意下さい ※







何も起きないではなく、起こせない

生き抜く為に生まれた若者の価値観

サラリーマンの方はこんな話に触れた経験はないでしょうか。

今年の新卒はメチャクチャ優秀。学歴も高くて真面目で素直。依頼した事もうまく出来る。自分が新卒の時は絶対にあんなに出来なかった。けど、何を考えてるか分からない。口では頑張りますって言うけど、出世したいという向上心・同期で一番になりたいという競争心を感じない。みんな間違いなく優秀なんだけど…

当然ですが、人間というのは生きた時代環境でビックリするほど生態が違います。10個上の人が自分を「近頃の若者は」と区切るように。ネットで「若者 特徴」「Z世代 特徴」と検索すればこの辺りおびただしい数の記事・調査が出てきます。興味深いものを引用します。

これらを読み解くと現代の若者には、以下の特徴があります。

・「失敗がとにかく怖い!」
 ・豊かな家庭で失敗しないよう育てられた
・「多様性が当たり前!」
 ・必ず1位を決める必要性を感じない
・「いい子症候群!」
 ・集団内の平等心が強く目立つ事・競争を嫌う
・「脱プレッシャー!」
 ・外部からの圧や想定外の事象を嫌う

これらは彼らが現代の社会環境を生き抜くために形成されたものです。
高度に発展し生活が豊かになり、必要な物は即時に手に入る。問題が起きてもネット検索で確実性の高い正解が手に入る。多様性という価値観が教育に組み込まれている。大人が隠す汚い事実にSNSで簡単にアクセスできる。コンプライアンス・ハードコミュニケーションにメスが入り仕事・部活では発言する事自体のリスクが高まった。

そんな環境で生きてきた人間に世界がどう見えるか、想像してみたい。そう思うと彼らが幸福に生きる為に生んだ処世術こそが「何も起こさず上手く生きる事」ではないかと思います。自分が何も変えられない事も理解し、生活に不満も無い、わざわざ何かを起こす必要も無い。大人びているのです。

先ほど引用した記事では「彼らは、10代のうちから、協調性があって主張しすぎない態度が大人受けすることを経験的に学んでいる」「この演技が極めて高度化している~どのくらい高度かというと、ほぼ全ての先輩はそれに気づけない」と述べられています。

同じ人間でも別の生態

山田尚子監督が示したもの

この前提を踏まえ、公式HPの山田監督のコメントを見てみると共通したコンテキストを感じる事が出来ます。

思春期の鋭すぎる感受性というのはいつの時代も変わらずですが、 すこしずつ変化していると感じるのは「社会性」の捉え方かと思います。 すこし前は「空気を読む」「読まない」「読めない」みたいなことでしたが、 今はもっと細分化してレイヤーが増えていて、若い人ほど 良く考えているな、と思うことが多いです。 「自分と他人(社会)」の距離の取り方が清潔であるためのマニュアルが たくさんあるような。 表層の「失礼のない態度」と内側の「個」とのバランスを 無意識にコントロールして、目配せしないと いけない項目をものすごい集中力でやりくりしているのだと思います。 ふとその糸が切れたときどうなるのか。コップの水があふれるというやつです。 彼女たちの溢れる感情が、前向きなものとして昇華されてほしい。 「好きなものを好き」といえるつよさを描いていけたらと思っております。

引用元:『きみの色』公式ホームページ

山田監督はこんな現代を生きる若者のリアルとその抵抗を、繊細に表現しようとしたのではないでしょうか。この映画作品は「豊かすぎる故に何も起こせない若者達が”ささやかだけど大きな変化"を起こす物語」なのだと、私は思います。

余談ですが「多様性」の対義語は「画一性」で、画一の意味は「何もかも一様に揃っていて個性や特徴がない様」ですが、多様性がスタンダードな世界では平等が重視されて結果的に没個性化するのは、何とも皮肉だなあと思います。

画像引用元:札幌シネマフロンティア

ささやかで大きな変化を起こす物語

作品内に散りばめられたメッセージ

ここからは先程の前提を踏まえ作品内描写を考察します。

ミッションスクールという環境

主人公の日暮トツ子・作永きみはキリスト教派の全寮制ミッションスクールに通います。これは現代の集団平等性・杭が出辛いコミュニティ環境の表現と思います(キリスト教は「神のもとの平等」という考え)。きみが寮に忍び込むシーンから厳しい統率がされた文化である事もわかります。

きみはそんな学校を自主退学します。
その理由は周囲からの期待に対し「自分はそんな立派な人間じゃない」というもの。作品を観た時はこの理由が腑に落ちなかったですが、改めて考えるとロックな本心を隠し順風満帆に「良い子」をこなせてる自分自身、そしてそれを良しとしている社会そのものへの抵抗だったのだと思います。

そもそも作品の主人公である三人(トツ子・きみ・ルイ)の繋がりが「学校内」ではなく「学校外」という点も、ミッションスクールの集団平等性に対するアンチテーゼを感じさせます。

あまりに良好な大人との関係

この作品に登場する大人は誰一人として悪い人物が居ません。物語を際立たせる為のヘイトムーブ(強すぎる愛ゆえに手を上げちゃう親とか)も一切無い。やっぱりこの作品、前提「豊かな環境」なんです。

  • ルイの母親の初登場時、ルイは気付かれない為フードを深く被る。この時多くの人は「確執がある」と思うが、実際は超良好な関係だった。急遽家に帰れないと電話したシーンもむしろ息子の成長を喜ぶ神お母さんw大人視点でささいな事もルイ視点で大きな悩みであると表現された

  • きみの祖母は献身的にきみを育てたが退学の件を知らされてなかった。そのカミングアウトに対し感情的にならず、最終ライブにも普通に来てノリノリで参入するクレイジーぶりw

この作品の家族は子を愛しており真直ぐです。少しくらいウザくあってくれれば衝突できる所が、豊かで愛情深いが故に小さな本音も後ろめたくて出せない。これが彼らの"ささやかで大きな悩み"なのでしょう。

画像引用元:Drama&Movie

好きと秘密の共有

物語終盤でトツ子・きみ・ルイが「好きと秘密」を共有するシーンがあります。この行為にルイは高揚してましたが、彼らの抱える秘密は正直大した事がありません。家の借金がヤバくて闇商売してるとか、親が病気になったとかの類では無く「親にちょっとした隠し事がある」くらいの内容です。

彼らの秘密は「現代で秘密を口に出す事の恐怖」を表現しています。更にそれを「学校外の人間」に打ち明ける勇気こそが、強い。最終的に彼らはそれを親にも打ち明けますが、そこには秘密自体の大小以上の意味があるはずです。現代の大人から見ると大変ささやかな秘密の共有、けど彼らにとっては本当に大きな大きな変化なのでしょう。

「色」が持つ意味

トツ子には人が色で見える共感覚)という特性があります。

  1. 色種別に優劣は無い

    • 赤=上位、青=下位とか無い

  2. 種別と別に「綺麗さ」がある

    • きみと日吉子を「綺麗な色」と評価

上記からこの作品上で色は「個性」的な意味を表現してると思います(トツ子がきみに向ける好意が性的<色の綺麗さに向けられている事からもう少し概念的な方が正しい?「象徴」「生き様」とか)。個性とは字の如く「個人の特性」=「多様性」の側面を持ちます。どの色を綺麗と思うかは、個人の好みであり優劣じゃないですよね。

トツ子のこの特性は前述した「多様性を重視するあまり没個性化=本音を話せず表面的に処世している」ことへの皮肉だと解釈してます。この特性は作品上そこまでコアになっていません。この設定そのものが現代の若者のリアルを表現しているということで、役目を果たしているのだと思います。

ちなみにこの共感覚そのものがトツ子の「個性」なのですが、彼女はこの事実をずっと周囲に言えずにいました。が、この秘密をきみとルイに打ち明けた勇気ある行動が"赤色"という色=個性を自己認識できたのでしょう。

https://www.fashion-press.net/news/96828

変えられないものと変えるべきもの

夢の見方

最近どこかで、こんな記事を読みました。

現代の子供は無邪気に夢を見るのが難しくなっている。SNS上では才能ある人で溢れかえり、自分が凡人と理解する機会が圧倒的に多い。プロ野球選手になる!とバカになれた時代はもう存在しない

完全に忘れたけどそれなりにちゃんとした記事の引用

これは作中で度々語られる、

神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。

引用:「ニーバーの祈り

と関わりが深い。想像ですが現代の若者はきっとこうなのでしょう。

  • 変えられないもの=現実を知るのが簡単

  • それを静穏に受け入れる達観を手に入れている

この作品のラストはルイとの別れシーンです。
最終ライブで成功で収めた三人が「親に期待された病院の後継ぎなんて止めてバンドデビューしよう!」というありがち展開にはなりません。
彼らの中で間違いなく何かが変わった。けど現実はたった一校のたった一日のライブが盛況に終わっただけで現実の未来を変えはしない。その潔さがむしろ気持ちいい。彼らはそんな事で抗えない現実を変える事が出来ない事を知っているのです。




それでも、それでも。

この作品は"ささやかで大きな変化"を創る大切さをそっと語り掛けてくれていると思います。きみとルイが家族に秘密を話す決意のシーン、魂のバンドシーン、そして作品の幕を飾る個性を手に入れたトツ子がきみを抱きしめるシーン。全てにおいて劇的とは言えません。けど、いい子を演じてきた彼らにとっては些細に自分に正直になる事が、本当に勇気のいる事であり、人生の中で本当に大きな変化なのだと思います。

変えられないものが手軽に分かる現代だからこそ、賢い処世術を理解しても幸せになる事は出来ない事を理解した豊かな若者達が「変えるべきものを変える勇気」によってささやかでも世界を変えてくれる事を私たちに伝えてくれているのだと思います。

最後までご高覧下さり、有難う御座いました。

画像引用元:「映画.com」


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