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消しゴム三号。(2)(再掲)
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「もっともっと、おいらになにか消させてくれよ」
消しゴム三号は、のぞみちゃんのかおをきれいにして、お母さんのほくろを消してしまっただけでは、ものたりないようだ。消しゴムがやる気になってくれているのは、ありがたいのだけれど…。
「これいじょう消したいものは、わたしはないよ」
消しゴム三号はしょんぼりした。あまりにしょんぼりされると、さとみは自分がせめられているような気持ちになってきた。どうしてわたしが、消しゴムにせめられなくちゃいけないの。そこで、さとみはこういった。
「だってね、わたしは字が下手だから。ほんとは字がうまく書けるようになって、あんたのこと、つかわなくてもいいくらいになりたいの」
これで分かったでしょと、さとみが思っていると、消しゴム三号ははっとなにかをひらめいたようにかおをあげた。
「それなら、おいらがたすけてやるよ」
「どうやって?」
消しゴム三号は、さとみの手のうごきをなめらかにしてやるというのだ。
「きみの字がうまく書けるように、ゆびさきのきんちょうをとってあげるよ。力が入りすぎてるからね。そしたらきれいな字が書けるようになるはずさ。」
そんなこと、ほんとうにできるのかしら。うたがっているさとみに消しゴム三号がせつめいした。
「おいらのからだで、ゆびを一本一本、ていねいにこすってごらん」
さとみのしんぞうが、ドキドキと音をたてた。左手のゆびさきで消しゴムをつかむと、ゆっくりと右手のおやゆびから、こすっていった。
コシコシ、コシコシ
コシコシ、コシコシ
消しゴム三号は、ゆびさきをこするさとみの手のうごきに合わせて呪文をとなえた。
ころころ ぺったん おいらに くっつけ
ふようなものは サック イッツ アップ
こすりおわっても、さとみの手はいつものままだった。見た目はなにもへんかしていない。さとみはりょう手を目の前にあげて、ひらひらと手のひらをかえしてみた。かわりなし。今日だけでかなり小さくなってしまった消しゴム三号が、いった。
「じゃあ、ためしてみようか」
「どうやって、ためせばいいの」
「なにか手をつかうことを、やってみればいいのさ」
さとみは、くつひもをむすんでみようと思いついた。かったばかりの、うすいピンク色のスニーカーが、はこにはいったまま、さとみの部屋においてある。おねだりしてかってもらったくつなのに、自分でくつひもをむすべないさとみは、まだどこにもはいていけないのだ。
「できた」
りょう手の三本のゆびで、ひもをつまむと、手がひとりでにうごきだし、あっというまにきれいなりぼんのカタチにしあがった。
次にさとみは、漢字の書きとりのつづきにとりかかった。あれ、なんだか、するすると字が書ける。ゆびさきの力がほどよくぬけて、えんぴつはおどるように、かみの上をすべっていく。漢字がぎょうぎよく、マス目のなかにおさまってならんでいた。
「わたしが書いた字じゃないみたい」
さとみは、りょう手をひっくりかえしてながめてみた。見た目はいつもとおなじ、自分の手だ。
「すごいだろ」
消しゴム三号がとくいげにいった。
せっかくきれいな字が書けるようになったんだから、おばあちゃんにてがみでも書きたいなと、さとみは思った。おばあちゃん、よろこんでくれるかな。さとみがおばあちゃんに伝えたいことは、たくさんある。でも、それをことばにしようと思ったら、すぐに手がとまってしまう。
がっこうの作文で、まだいちどもほめられたことないし。日記を書くのもにがてだし。だれにも字がきれいねといわれたことがないさとみは、てがみを書くのをためらってしまうのだ。手がとまると頭のかいてんもストップしてしまうから、なにを書きたかったのか、わすれてしまうのだった。
「さ、書いてみなよ」
消しゴム三号にうながされて、ひきだしのなかにしまってあった、新品のびんせんをとりだした。いつかだれかにてがみを書きたいと思って、大切にしまっておいたものだった。さとみはえんぴつを手に持ち、おそるおそるてがみを書きはじめた。
おばあちゃん、こんにちは。元気ですか。わたしも元気にしています。二年生になって、勉強もむずかしくなってきたけど、たくさん勉強しています。先生にも字がきれいだとほめられます。日記を書くのもたのしいです。
あれあれ、こんなこと、書くつもりじゃなかったのに。思ってもみないことばが、出てきてしまった。
「それはしかたないよ。字がきれいになった手が、そう書きたいと思ったんだろ」
「それは…ちょっとこまる」
「どうしてさ、字がじょうずになったんだから、いいじゃないか」
「…」
さとみは、なんとせつめいしていいのか分からず、口をへの字にして、うつむいた。こんなんじゃない。てがみはもっと自分の気持ちを書くものだ。いいことばでも、それがうそだったら、なんにもならない。
< 4 >
もとの手にもどしてほしいとさとみがたのむと、消しゴム三号はさめざめと泣きだした。
「どうしてだい、なにがふまんなんだい?」
いっしょうけんめいがんばったのに、それをみとめてもらえないくやしさが、消しゴム三号のぜんしんからあふれ出していた。さとみにも、その気持ちはちょっとはわかる。
おねえちゃんだからひとりでやりなさい、おねえちゃんだからがまんしなさい。お母さんはかんたんにそういうけど、いつもいつもひとりでがんばって、ひとりでがまんして、それが当たり前だっていわれたら、ほめてももらえなかったら、なんのためにがんばっているのか、わからなくなる。
「ごめんね」
さとみはあやまった。消しゴム三号がなきやむまで、かなり時間がかかったけど、さとみはだまってまっていた。さとみが大泣きすると、お父さんはずっと待ってくれるから。なぜ泣いているのとか、そろそろ泣きやみなさいとかいわずに、だまって待ってくれる。そうするとなぜだか、さとみの心はしずかになるのだ。
ようやく泣きやんだ消しゴム三号に、さとみはまた声をかけた。
「これからは、あんたのこと、もっとていねいにつかうようにするから」
「ほんとうかい?」
消しゴム三号がいった。
「ほんとう。この約束は消しっこなし、ほんとうのほんとう」
さとみがこたえると、消しゴム三号は、呪文をとく方法をおしえてくれた。
「しろいかみの上を、さっきと同じように、おいらのからだでこすっておくれ」
さとみはじゆうちょうを出してきて、しろいページをひらいた。左手で、かみをしっかりとおさえ、右手で、消しゴムを上下にゆっくりころがした。それにあわせて、消しゴムが呪文をとなえた。
ころころ ぺったん じゅもんよ とけろ
ふようなものは サック イッツ アップ
かみの上にしろい消しカスがいくつかできた。消しゴムはそのカスを、自分の口にほうりこんでほしいとさとみにたのんだ。そうすれば、消したことをなかったことにできるという。さとみが口にいれてやると、消しゴムはちいさな口をもぐもぐとうごかして、それをのみこんだ。
「さあ、これで元にもどったよ」
消しゴム三号が、やさしい声でさとみにいった。そばにあるのぞみちゃんのかおには、あおいマジックペンがついていた。いいや、あおいペンがついてたって、のぞみちゃんはのぞみちゃんだもの。さとみはあらためて、消しゴムにおれいをいった。
字がうまくなりたかったら、自分でもっともっと練習すればいい。消しゴム三号がなんどだって、助けてくれるんだから。
「わたし、これからは、きれいな字を書けるようにちゃんと練習するから」
さとみはいった。
「うまくなるのに、すごく時間がかかると思うから、そばでおうえんしててね」
「わかった。おいら、ぜんりょくでおうえんする」
消しゴム三号は、あたらしいしごとをまかされて、とてもよろこんだ。
子ども部屋からさとみが出てくると、お母さんがいった。
「宿題、おわったの?」
「うん」
なっちゃんは、ひとりでつみ木であそんでいた。さとみのすがたをみると立ち上がり、にこにこしながらちかよってきた。
「なっちゃん」
さとみは、なっちゃんをだきしめた。あまいクッキーみたいなにおいがした。
お母さんのはなのわきには、いつものほくろがついていた。やっぱり、このかおがお母さんのかおだ。さとみは思った。お母さんはほくろがきらいでも、わたしはお母さんのほくろのついているかおがいちばん好き。
「せっかくさとみががんばったのに、いつものアニメ、もうおわっちゃったね」
かべのとけいに目をやると、番組がおわってもう三十分もたっていた。お母さんまでざんねんそうなかおをしている。
「いいの」
ふだんなら、どうしておしえてくれなかったのとおこるさとみなのに、今日はなぜだか、あまりがっかりしていなかった。しばらくしてから、さとみはいった。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「こんど、くつひものむすびかた、わたしにおしえて」
お母さんが、うれしそうにうなづいた。
(完)
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