ガースケのお宝。(3)
次の日、男の子はランドセルを背負ったまま、もう一度よろず神社のうらにやってきました。カラスたちがどんな話をしているか、確かめようと思ったのです。昨日と同じ場所にそっとしゃがみこみ、息をひそめながら、男の子は公園での出来事を思い出していました。
うす暗くなった公園にいってみると、上級生たちはまだすべり台のまわりでカードゲームをしながら遊んでいました。男の子は足音も立てず近づいていきます。だれもふり向きもしません。
「ねえ、ぼくのビー玉、かえしてよ」
男の子がしぼりだした声は、あまりに小さく、ふるえていました。上級生の一人が顔をあげ、「これのこと?」と青いふくろに入ったビー玉を頭の上にあげました。男の子がうんうんとうなづくと、「やーだね」と言ってニヤッとわらったきり、他の上級生たちも知らん顔したままでした。
夕方の冷たい風が、男の子の足元をすりぬけていきます。すべり台のまわりには、男の子と大きな上級生たちしかいません。でも、でも…。男の子だけは知っていました。高い木の上から、ガースケが自分のことを、そして事の成り行きを見守ってくれていることを。
「ぼくのビー玉、かえして!」
男の子がさっきよりももう少し、大きな声を出しながら、二歩、三歩と前に出ます。上級生たちは「オッ」とあごをひいて、お互いに顔を見合わせました。
とうとう男の子は、顔を真っ赤にしながら青いふくろを指差して叫びました。
「それは、ぼくのビー玉だ。かえして!」
それと同時に、高い木の上から黒い影が真っ逆さまに降りてきたかと思うと、
「ギャー、グワー、ギョエー!」
けたたましい、この世のものとは思えないなき声が公園にひびきわたりました。まるで悪霊の叫び声です。
「うわあ、助けて〜」
おどろいた上級生たちはあわてふためき、ふり返りもせずに我先にと逃げていきました。男の子の足元には、ビー玉の入った青いふくろがころがっていたのです。
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しばらくすると、カラスたちが、四方八方から舞いもどってきました。バサバサ、バサバサ。リーダーガラスが、なかまの数をかくにんします。
「一、二、三、四、…八。よーし全員しゅうごうだ」
ところが今日は、一羽のカラスがお宝を見せ合う前に言い出しました。
「ガースケ、おまえが持ちかえったお宝、あれはすごいぞ」
「おれも見た。夜中にキラキラ光ってたぞ」
「あのお宝には、何かとくべつな力があるにちがいない」
みんなにほめられて、ガースケもうれしそうに肩をすぼめています。物かげで話を聞いていた男の子も、とくいな気持ちになりました。
ところが、若いカラスたちの楽しいおしゃべりをさえぎるかのように、声のしゃがれた年よりガラスが口をはさみました。
「くらやみで光るものが、お宝であるはずがない」
それを聞いたカラスたちは、ザワザワとさわぎ出しました。
「じゃあ、いったい、あれはなんだっていうのさ?」
「やみの中で光をはなつものがあるとすれば、そこには何かよくない力が宿っているものだ」
カラスたちはおしゃべりをやめ、神妙な顔つきになりました。
「おまえたち、知りたいか?知る覚悟は、できているか?」
なにかすごいことを聞かされることになりそうだぞ。みんなは静かに年よりガラスの次の言葉を待ちました。
「あれはな。おそらく人間のタマシイってやつだ」
それを聞くとカラスたちは、「ギャア、コエエ、コエエ」と頭を上下にふりはじめました。
「タマシイだってよ!」
「しんだ人間からぬけでて、火の玉になるっていう、あれだよ」
さっきまでの楽しいおしゃべりがうそみたいに、ふるえあがったカラスたちの興奮はおさまりません。
「ガースケ、おまえ、あれをどこでひろってきたんだ?」
「あれは…ひろったんじゃなくて、人間にもらったんだよ」
「そんなもの今すぐ、持ちぬしにかえしてこいよ」
「ふふふ。もしかしたら…」
姉さんガラスがみんなの前に出て、一人ひとりの目をのぞきこみながら言いました。
「タマシイをくれた人間は、もうこの世にいないかもしれないわよ」
息をひそめて話を聞いていた男の子は、とうとうこらえきれなくなりました。
「ちがう、タマシイなんかじゃない、あれはビー玉だ。それにぼくはちゃんと生きてるよ!」
男の子がとつぜん走り出ていったものだから、カラスたちはギャー、グエエとすさまじい声をあげ、大きなつばさを思いきりひろげて、一目散に逃げさっていきました。後にポツンと残されたのは、ガースケただ一人です。
「きみにせっかくとくべつなビー玉をもらったのに、うまくいかなかったな」
ガースケが肩を落としながら、悲しそうにいいました。
「そんなことないよ」
「でも…。なかまたちは、おいらをおいていってしまったし、おいら、ヒーローにもなれなかった。これじゃあ、昨日と同じだ」
「同じようで、同じじゃないよ」
男の子が言いました。ガースケが、男の子の顔をふしぎそうに見上げました。
「だってさ…。ほかのカラスたちも本当はこわがりだってわかったじゃないか。だから君だって、自分のこと、はずかしがる必要はないよ」
ガースケはだまったまま、目をクリクリと動かしました。
「それに、君は昨日、公園でぼくのビー玉を取り返してくれたじゃないか」男の子の黒い目が、まるでとくべつなビー玉のようにキラキラと光っていました。
「だれも知らなくたって、君はぼくのヒーローだよ」
(ヒーロー。おいらがヒーロー…)
家々の明かりがチカチカと、たまご色の光を放ちはじめた夕方の空を、大きなつばさを元気よくひろげ、ガースケはねぐらへと飛んでいきました。男の子は右手にビー玉をにぎったまま、その影が見えなくなるまでずーっと見送りました。
(完)