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おさげ髪のルミちゃん。(春③)
<3>とつぜんの雨。
七月になった。一週間ほど前、天気予報のお姉さんが「梅雨入りしました」を連呼していたのは覚えている。でも、なぜかそれからも雨降りの日は少なかった。雨、どこにいったんだろう。どこで降っているんだろう。そう思って空を見上げても、しのぶの頭の上にはどこまでも青い空が広がっている。
今日は水曜日で、授業は六時間目までみっちり詰まっている。教科書とノートだけで、ランドセルの中はぎゅうぎゅうだ。しのぶは、試しに持ち上げてみた。おもたー。これを背負って、片道三十分を歩かなければならないのか。
(やめとこ、やめとこ)
しのぶは、ランドセルの脇にくくりつけていた折りたたみ傘を、ひょいとはずした。こんな日は、少しでも重さを軽減するほうがいいに決まってる。今年はまだ一度も折りたたみ傘を使っていない。雨がほんとに降る日は、空が朝からどんよりしているものだ。
やっと一日の授業が終わり、帰りの会が始まった頃、窓ぎわにいた男の子が大きな声で叫んだ。
「あー。雨、降ってきた」
「やべー、傘もってない」
「おれもー」
(わたしも、だ)
なんてことだ。傘をわざわざ置いてきた日に限って、雨が降り出すなんて。ランドセルの内ポケットから、雨よけの黄色いカバーを取り出して、ピンク色のランドセルにかぶせる。ふー。帰り道、長いなあ。
トイレをすませたしのぶは、一階まで降りていった。他の子どもたちはもう帰ってしまい、下駄箱のまわりはガランとしている。くつ箱からスニーカーを取り出して、はき替えていると、背後に人の気配がした。ふりかえると佐々木さんが立っていた。しのぶの方をまっすぐに見て、にこりと笑って言った。
「今日の天気予報、はずれたね」
「そんな日もあるよ」
しのぶは、素っ気なくこたえた。
なんで佐々木さんがいるの?他の女の子たちと、早めに教室を出て行ったはずなのに。しのぶの心を見透かすように、佐々木さんが言った。
「教室に忘れ物して、もどってきたの」
「そう」
しのぶは、屋根のあるギリギリのところまで歩いて行って、片手を目の上にかざしながら空を見上げた。佐々木さんはまだしのぶの後ろにいる。声だけが追いかけてきた。
「傘、もってる?」
「…ない」
「とちゅうまで、入っていけば」
しのぶが返事をしようとふり返る前に、佐々木さんはさっと靴をはいて、しのぶのすぐとなりに来ていた。
雨がしとしとと降っている。世界は灰色だ。その中をしのぶと佐々木さんはだまって歩き続けた。何か話さなきゃとは思うものの、何を話せばいいのか分からない。
居心地のわるさを感じているしのぶとは対照的に、佐々木さんはいつもと変わらない。にこにこと楽しそうな顔つきだ。
(わたしに半分、傘をさしかけてるせいで、佐々木さんの左の肩、ぬれてるんじゃないかな)
自分の右肩がぬれていくのを感じながら、しのぶは段々、佐々木さんに申し訳ない気持ちになった。曲がり角までやってくると、
「もう、ここでいい。わたしこっちだから」
しのぶはそう言って、右側の方向を指さした。佐々木さんが「ふうん」という顔をした。
「いいよ、村上さんの家まで送ってく」
いいよ、よくないよと暫く言い合ってから、しのぶはこう切り出した。
「佐々木さん、まだこの辺りの道に詳しくないでしょ。迷子になったら困るから」
これで佐々木さんも納得してくれるはず。そう思ったのに、思わぬ答えがかえってきた。
「そんなことないよ。引っ越してくる前からこの辺りにはよく来てたから」
結局、しのぶは自分の家の前まで、佐々木さんとあいあい傘をすることになった。
「あたし、今はおばあちゃん家に住んでるの。ママの仕事が忙しくなったから、あたしだけ、ひとまずおばあちゃん家に来るってことになって」
佐々木さんは、なんでもないことのように自分の話を続けた。
「おばあちゃん家には小さい頃からよく来てたの。だからこの町のこともよく知ってる」
「へえ」
「うそだと思ってる?じゃあ、質問出してよ。あたしが知ってるかどうか」
自分の住んでいる町にどんなものがあるか。こんなクイズ、ふつうはやらないなと思いながらも、しのぶは思いつく限りのクイズを出していった。
「犬を連れた人たちが、よく散歩している公園、知ってる?」
「大山公園、でしょ?」
「…正解」
「駅前にあって、美味しいと評判のお好み焼きのお店は?」
「焼いてコカ」
「…正解」
なるほど、商店街にある駄菓子屋さんのことも、郵便局の場所も、古びたゲームセンターのことも、それから毎週火曜日にセールをしているパン屋さんのことまで、佐々木さんは知っていた。でも、しのぶが週末によく行く図書館のことは知らなかった。
「あたし、本読まないの。字、読むの、すっごく苦手」
佐々木さんはそう言って、ケタケタと笑った。
後半、おしゃべりし続けていたせいで、気がついたらしのぶの家の前についていた。
「ついた、ここ」
「わあ、これが村上さんの家?」
佐々木さんは、目をパチパチさせながら、しのぶの家の屋根を見上げた
「いいなあ。二階建ての一軒家。まだ新しいねえ」
「送ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
佐々木さんは軽く手をふって、来た道をもどっていった。しのぶは、ランドセルから家のカギを取り出しながら思い出していた。佐々木さん家も、もしかして離婚したのかな。それにしても家の事情、すごく軽く話してたな。しのぶには、とてもそんな風には言えそうにない。
(うちも離婚したんだよ。お父さんは二番目のお父さんなんだ)
だなんて。
(つづく)
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