「朝の散歩」がインタビューに効く理由。
最近、立て続けに「朝の散歩を習慣にしている」と言う人の話を聞いた。
一人はエッセイストの松浦弥太郎さん。もうすぐ発売になる松浦さんの新刊『50歳からはこんなふうに』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の制作をお手伝いするにあたってお話を聞くなかで、「健やかな心身を保つために欠かせない習慣の一つ」として語ってくださった(発売前の書籍の内容なので、詳細は控えます)。
もう一人は、宮崎を拠点に「農業×テクノロジー」で世界へ挑むAGRISTというスタートアップ経営者の齋藤潤一さん。潤一さんとは、今、「1mm動けプロジェクト」という”企み”をご一緒していて、定期的にインタビューを重ねている。
何かを始めたくても、なかなか一歩を踏み出せない人のために、「1mm動く」ためのノウハウをまとめて発信するというプロジェクトだが、潤一さんが繰り返し語るのは「心と体のwell-beingを保つことの重要性」。そのためのアプローチとしておすすめなのが、やはり「朝の散歩」なのだという。
太陽の光を浴びて体内時計のリズムを整え、”幸せホルモン”と呼ばれるセロトニン分泌を促すことで、心身の状態を安定させる。経営者として最適な意思決定をするために必要なコンディショニング・ルーティンとして、潤一さんは「朝散歩はすごい!」と熱く語る。
実は、私も朝の散歩をほぼ毎日実践している一人だ。
前夜の仕事が遅くまでかかってしまった日や、朝早めに家を出発しなければならない用事が入っている日、悪天候の日には無理はしないけれど、できる限り毎日、決まった時間に起きて家族が起き出す前に30分ほどかけて、家の近所をゆっくり歩く。
健康のため。リフレッシュのため。いろんな意味付けはできるけれど、数週間続けたころに、「これはインタビューの仕事にとってもプラスだな」と気づいた。
「朝の散歩がインタビューに効く」と言うと、たいてい不思議そうな表情が返ってくるので、ここで理由を説明しておきたい。
何が効くのかというと、「観察」だ。
私の場合、散歩のコースは毎日同じ。家の前の小道から西に向かって少し傾斜のある道をまっすぐ進んで、左に折れ、右に折れ、百日紅が並ぶ道を過ぎて、また右に折れたら、地域の憩いの場になっている芝生広場に着く。愛犬家たちの軽やかな交流をBGMに、緩やかな丘陵をのぼり、ランニングコースの端っこをぐるりと1周歩く。空の色と雲の形を確認してひと呼吸。大通り沿いの階段を降り、誰が植えたのか不思議なサボテン畑の一角を曲がって、公園の中を通って家のほうへ。これが定番。だいたい30分くらいの、お決まりのコースを守っている。
コースの途中に特別な何かがあるわけではないけれど、毎日同じコースを歩いていると、いろいろな「変化」に気づく。同じ風景を、同じ時間帯に歩くからこそ、見える変化だ。
昨日は固く閉じていたつぼみのわずかな開き。たった一晩でぐんと伸びる草木の背丈。アスファルトのわずかな隙間に根を張る花。空の高さや色の移ろい。雲の形と厚み。ラジオ体操の後におしゃべりに興じるマダムたちの声の明るさ。風に含まれる水分の重み。ある朝から突然出現する金木犀の香り。などなど。
自然は、何も自ら語らない。けれど事実として、日々ダイナミックに変化している。その変化は、外から気づかれるもの。
インタビューも同じではないかと思う。
人は自らについて語るとき、自身の変化については意外なほど鈍感だ。
「さっきこう言っていたのに、今はこういう言葉を使いましたね」
「なんだかうれしそうな表情でお話ししていますね」
「今の一瞬の沈黙には、どんな意味が?」
そんなふうに聞き手が積極的に発見することで、初めて存在が明らかになるものが、インタビューにはたくさん潜んでいる。
だから、聞き手は「よき観察者」でなければならないのだと思う。
同じ人物に、同じ問いを投げかけても、今日と昨日では違う答えが返ってくるはずだ。
だから、もう何十回と取材をした相手に対しても新鮮な目で、その言葉を受け取れる聞き手でありたいと思っている。けれど、ついつい「分かったつもり」に陥って、相手を決めつけてしまう。
この難しさは、インタビューに限らず、すべての人間関係に言えることなのかもしれない。
「絶えず変化する自然」として、私は人間をとらえたい。
まだ世の中の音が溢れていない朝の時間に、もの言わぬ自然が見せるダイナミックな変化を五感で浴びていると、「観察の感覚」が磨かれるような気がしている。
「ほら、私たちはこんなにも日々変わり続けているよ」と、自然に教えてもらっている気がするのだ。
空の色や雲の形は一度として同じではないけれど、空は空であり、雲は雲であり続ける。
今日、インタビューで向き合う人に対しても、見えるままに、感じるままに出会っていきたいと思う。
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