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雲の上の街のガジェット警部

 ラパス市内ど真ん中で、なぜ、映画館に行こうなどと思いついたのか。

 ペルーとボリビアの国境地域を陸路で移動している間、宿のシャワーのお湯はおろか、水洗トイレの水すらままならず、便利や快適とは程遠い数日を過ごしていた。そうやって酸素が薄いアンデス山岳地帯のいくつかの田舎町を抜け、砂埃にまみれ到着したボリビアの首都ラパスが、標高3600mもの高地にあるとは到底信じられないほど、人と建物がひしめき合う大都市であることに目を見張った。

 ラパス市の中心部には、近代的なビルとスペイン植民地時代の古い建物が入り混じり、しばし目にしてなかった大型の金融機関や行政、教育施設の他、高級品店や欧米のファーストフードやアミューズメント施設があった。と同時に、メインストリートからひとつ角を曲がれば、古色蒼然としたレンガ造りの建物が連なり、急な坂道いっぱいに食物や日用品を広げた露店が立ち並ぶ。

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 行き交う人々は、私たちと同じような”洋服”姿と先住民の”民族衣装”姿が普段着として同居している。

 チョリータと称される先住民の女性たちは、長い黒髪を三つ編みにし山高帽をかぶり、ボリュームたっぷり広がるスカートをはき、カーディガンの上にショールを羽織る。その背中にカラフルな織模様の布で荷物をくるんで背負うスタイルは、きっと私たちがイメージする”アンデスの人々”にとても近いものだろう。

 宿にはエレベーターがあったが扉は手動だし、南米でおなじみの(感電注意と脅される)電気シャワーのお湯の出はちっとも安定しない。市中にいくつもあるインターネットカフェでメール送信やネットサーフィンが可能なのに、郵便局で日本への荷物発送は手配に40USドルと1時間以上をも要した。流行の曲が流れるCDショップをひやかしたあと店先でチョリータさんがトイレットペーパーを1ロール売りしてたのでそちらを買い、ボーリング場横で卓球してビリヤードして帰り道、人のポケットに手をつっこんできたスリのお嬢ちゃんの手首掴んで小銭入れを奪い返し露店で1Bs(≒15〜17円)しない切り売りパイナップルで乾きを潤す。

 息切れするのは酸素の薄さのせいだけじゃない。先進と遅滞、生活と冒険、親切と敵意、内と外、上と下……この雲の上の街はそういった異質なものが混在しカオスな地に思えた。20年も前の話ではあるが、そんな混沌の都市で観た映画はこちら。

INSPECTOR GADGET(邦題:GO!GO! ガジェット)

世界の悪を征することを夢見る、ナイーブでちょっとマヌケな警備員ジョン。ある日、ジョンは悪人クロウを捕まえようとして、逆に攻撃され瀕死の重体で病院に運ばれる。生死をさまようジョンの命を救う鍵を握っていたのは科学者ブレンダだった。彼女と父親は、地元警察とともに、“バイオニック警察官”を開発する実験計画「ガジェット計画」を遂行中だった。ブレンダは早々に実験手術を開始。彼の粉々になった破片をつなぎ合わせていった。ジョンが目覚めた時、彼は14,000もの超便利な装置を体中に持った「インスペクター・ガジェット」として21世紀の犯罪戦闘マシーンに変身!こうしてガジェットVS悪の帝王クロウの戦いの火蓋が切って落とされた!!果たしてガジェットはクロウを倒し、世界を救うことができるのか!?

ディズニー公式|Disney.jpより

 『ガジェット警部』(INSPECTOR GADGET)は元々フランスで放送されていたTVアニメーション。この映画は1999年にディズニーによって実写化されたコメディだ。

 映画館での上映予定には、ハリウッド映画を中心にサスペンスやドラマらしきものがいくつかあったと記憶しているが、スペイン語がほとんど解らなくては複雑なドラマは筋が追えないだろうと考えると、これしか選択肢が無かった。

 スペイン語吹き替えでも、みんな大好きディズニーの単純な子ども向けストーリーなおかげで、内容は苦もなく理解できた。日曜だからか客席は大人も子ども大勢いて、あちこちから、ええ?そんなに?と驚くほど大きな笑い声が聞こえる。つられて、なんだかとっても愉快な映画だったような気がしていたのだが、数年後、日本でDVDをレンタルして観て驚いた——正直、さして面白くもなかったのだ!どうやら、ガジェット警部はあの時、標高3600mで出会えたからこそ、腹を抱えてまで笑えるヒーローだった模様。

 映画館の名前は覚えていない。だが、周辺地理と、おぼろげではあるが外観内観の記憶から、訪れたのはCine Teatro Monje Camperoでまず間違いない。

 この映画館は1941年に開設され、ラパス市内でも(というかボリビア国内でも)かなりの老舗らしい。様々な変遷をたどりつつ、今に至るまで80年に渡って、ラパス市民に映画を楽しむ場を提供し、愛され続けていることが、google mapのレビュー等を読んでもわかる。


 なぜ、日本では出会えない非日常を求め、わざわざ地球の反対側まで行ったのに、限られたそこでの時間を”映画館に行く”なんて、どこでも出来ることに費やしたんだろう。当時は、都会の日常への、里心がついてしまってたのかもね、そう、思っていた。

 けれど、あれから結構な時が経ち、ラパスでの数日のことを振り返ってみると、また少し違った感情が湧いてくる。

 あの時、”死ぬまでに一度は行きたい” などと言われているような名蹟や景勝地という、外から来た人にとって楽しい場所だけではなく、映画館という、地元で暮らす人が日常の延長で楽しむ場所に足を踏み入れ、実際に楽しそうな姿を目の当たりにした。

 おかげで、日本とはまるで違い混沌としているように思えた街でも、その地なりの秩序の中で日常を過ごす人々がいることを思い描ける。

 東京も、ラパスも”地続き”の場所という気がするのだ。

 東京で、ボリビアのラパスの映画館の上映ラインナップを気にしてるって、あんまり意味がないけど、ちょっと良くないですか?そのうち「鬼滅の刃」も上映するかしらね。


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 見出しLa Paz, Boliviaの写真はUnsplashよりLicense Free。私が訪れた頃はまだロープウェイはありませんでした。文中露店が並ぶメルカドの写真は自分が撮影したものをgoogle フォトスキャンアプリで読み込んだもの。南米で撮った写真の大失態については過去記事に。


#映画館の思い出




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