虹始見
「あ、クリア…」
画面に流れる華々しいエンドムービーを眺めながら数時間ぶりにコントローラーを手放す。
壁との隙間に挟んでいたビーズクッションを引き抜き、今度はそれを抱きかかえるようにして横たわれば、ギシっ、とベッドが軋んだ。
遮光カーテンと床の隙間から差し込む光。
夜通しゲームをし続けた目にはいささか眩しすぎるそれから逃げるように目を伏せる。
テーマソングが流れ続けるTV、時折コポコポと音を立てる加湿器、外から微かに聞こえる子供たちのはしゃぐ声。
昨夜からしきりに窓を叩いていた雨はいつの間にか上がったらしい。
手だけを頭上に伸ばし、枕の下に沈めていた携帯を取り出す。
画面をタップすれば弱々しい光が灯り、今日が祝日で時刻は昼の12時を少し過ぎた頃だと教えてくれる。
そのまま指をスライドさせる。
「………12件……」
表示される名前は1人だけ。
続けてトークアプリを起動させれば、3件の未読メッセージ。
『もう会わないってどういうこと?』
『今どこ?』
『ちゃんと話したい。電話して。』
メッセージを確認し、そのまま右上のメニューボタンを押してブロックの項目をタップする。そしてそのままトークルームを削除した。
なんてあっけないのだろう。
彼との楽しかった思い出も、ちょっとした喧嘩も、何気ない会話も。
何もかも一瞬で消えてしまった。
躊躇いに追いつかれる前に携帯の電話帳を開く。
【N】というイニシャルしか表示されない電話番号。
私は何と登録されているのだろうか…
そんなことを考えながらも、指は淡々と作業を進め、あっという間に【N】の電話は着信拒否になった。
「…クリア…」
1人きりの部屋に独り言が響いた。
正直こんなに連絡が来るとは思わなかった。
でも、それでも。
留守電の表示は0件で
昨夜うちのインターフォンは一度も鳴らなかったし
雨音と共に夜通し鳴り続けていた携帯も今日は一度も鳴っていない。
結局、彼と私の関係なんてその程度のものだったのだ。
携帯を掴んだまま立ち上がり、思い切りカーテンを開ける。
目を細めながら窓を開け、立ち込める雨上がりのアスファルトの匂いを吸いこんだ。
どうやらマンションの駐車場で遊んでいるらしい子供たちの、より鮮明になったはしゃぎ声に耳を澄ませ、ようやく光に慣れてきた目を空に向ける。
「あ、虹…」
うっすらと淡く空に掛かる橋。
久しぶりに見たそれは随分と儚げで弱々しいながらも、どん、と空を跨いでいた。
「祝福されてるってことかな…!」
カシャ、っと小さい音を立てて保存されたそれを待ち受けに設定したところで、きゅぅっと情けない音が耳に届いた。
「…ご飯たーべよ。」
窓から入り込む風を背に受け、台所へと踏み出した。
清明
虹始見(にじはじめてあらわる)
春が深くなり、だんだん空気が潤い、雨上がりに虹が見え始める頃。