竹笋生
緩やかな斜面を下る。
足元の土はふかふかしていて、柔らかい。
寝転んだら気持ちがよさそうだな…と考えながら先を行く背中を追いかける。
「お、あったぞ。」
手招きする父の元に駆け寄り、隣にしゃがみ込む。
落ち葉を払うと、ちょこんと顔を出す緑色。
「まだ小さいよ。」
「いや、これくらいがいいんだよ。」
父は私を数歩下がらせると、手にしていた鍬でぐるり、円を描くように落ち葉を払いのけ、大きく振りかぶった。
鍬に掘り返され、その勢いに負けて飛び散った土を、顔の前に交差した腕で防ぐ。
「ごめんごめん。かかったか?」
「大丈夫!」
ザクザクと地面に刺さる鍬の音を聞きながら中心部を見ていると、先ほど見た緑の下に大きなこげ茶色の塊が見えた。
「お~!大きいたけのこ!」
「だろ?こうして周りをちょっと掘ってあげて、それから根っこの部分めがけて、振り下ろす!」
狙いを定めて振り下ろされた鍬が、筍の根元に突き刺さる。そのまま、柄の部分をぐっと外側に向かって押すとぽっきりと倒れて白い部分が露わになった。根元にある赤いぶつぶつがちょっと気持ち悪い。
「ほら、持てるか?」
「うん。あ!あっちにもある!」
「どれどれ…。」
慣れた手つきで次々と掘り起こされるそれを、表面についた土を出来る限り払いながら、持ってきたビニール袋に詰めていく。袋はすぐにいっぱいになった。
「もう入らないよ!」
「お、じゃあ今日はこの辺にしとくか。」
「う~…重い~!」
「ちょっと採りすぎたかな?貸して。お父さんが持つよ。」
袋を父に託し、入りきらなかった一本を抱え、来た道を戻る。
今日の夜は雨予報だから明日はもっといっぱい採れるぞ、と楽しそうにいう父の持つ袋から見える緑はざっと6つ。
家を出るとき母が言っていた1、2本よりだいぶ多くなってしまったけれど、大丈夫かな…
「炊き込みご飯にしようか。」
「朝ごはん?」
「いや、すぐには食べられないから…夜ご飯かな?」
「えー?待てないよー!」
「ははっ、待てないかー。じゃあ、それまでのつなぎに…お菓子買って帰るか!」
「え!!やったーーー!!!」
喜びのあまり、たけのこを抱えたまま飛び跳ねる私を見て父が笑う。
静かな朝の竹林に響くその声がどんどん大きくなって、辺りが白くぼやけだす。
あれ?と思った次の瞬間、ふわり、と身体が浮く感覚に慌てて足元をみると、ついさっきまで見上げていた父のつむじが見えた。
「あ、やーっと起きた。」
「…お母さん…。」
「何回呼んでも起きないから死んでるのかと思ったわぁ。」
逆さまに見えていた母の顔が遠ざかっていく。
壁にかけられた真新しいキャラクターものの時計で時間を確認する。
「…寝すぎたー…」
「ほんとよ。お父さん、1人で筍掘ってきちゃったわよ。」
「もう帰ってきたの?」
「今玄関よ。これからご近所に筍配りに行くみたいだから、一緒に行ってきたら?」
呆れ顔で笑う母の顔を見て、さっき見ていた夢を思い出した。
幼少時の記憶。
家族3人では食べきれない量を持ち帰った私達を見て母は今と同じ顔をし、まだ土のついたままの筍を父と一緒に近所に配って回った。
布団から起き上がり、軽く身支度を整えて玄関へ向かうと、大きめの袋2つにギリギリまで詰め込まれた筍が目に入った。
「これは取りすぎでしょ。」
「お。おはよう。」
「おはよう。何本とったの?」
「12本。久しぶりだったから、楽しくてつい…。」
「もう…わたし1袋持つから。」
ずしり、とした重みを感じつつ持ち手を肩にかけると、視線を感じる。
「どうしたの?」
「いや…そんな重いのも持てるようになったんだなぁと。」
「もう大学生だし、持てるよ。」
「…あっという間に大きくなって…。」
「もういいから!早く行こ!」
スニーカーを履いてさっさと外に出る。
帰国後の父は事あるごとに自分の記憶の中にいる幼い私と今の私を比べて感慨深そうに見つめてくるのだ。
それが恥ずかしくて、照れくさい。
「もうすぐご飯だから、早く帰ってきてねー!」
2階のベランダから身を乗り出す母に手を挙げて応える。
「じゃ、ささっと配ってしまうか。」
「だね。」
追いついた父と並んで歩き出す。
今日は寄り道はなさそうだ。
立夏
竹笋生(たけのこしょうず)
たけのこがひょっこりと顔を出す頃。
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