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霞始靆
キュッとブーツの紐を結ぶ。
数日分の着替えしか入っていない軽めのボストンバッグを手に持ち、もう片方の手でひんやりとしたドアの取っ手を掴んでグッと押し開ける。
しん、とする空間にコツコツとヒールの音が響く。ここ暫く三寒四温という言葉の通りの日々が続いていたが、今日はマフラーがなくても平気そうだ。
高台に建てられた我が家の庭先から眼下に広がる景色を一望する。
木々の隙間から見える色とりどりの屋根、少しばかり背の高いビル。都会とは比べ物にならないほどこじんまりとしているが、このミニチュア感が私のお気に入りだ。
暫く見納めになるであろうその景色を焼き付けようと思っていたのだが、昇り始めた陽の光が作る綺麗なグラデーションとは対象的に、今日はその全てが白くぼんやりとしている。
目の前の道路を見ても、数十メートル先は白く霞んでいる。
運転に支障はないだろうが、念のため早めに出発した方がいいのかもしれない…
母を促すため携帯を取りだそうとコートのポケットに手を入れると、カサッっと軽い音。
「あ…。」
四つ折りになったコピー用紙をゆっくり開く。
A4サイズのその半分にはモノクロ写真、もう半分には文字の羅列。
男子にしては丁寧で綺麗なその文字に改めて目を通す。
新生活の準備はどうですか??
頑張る姿を見てきたので、俺も嬉しいです。改めて合格おめでとう!
今思い出すと不思議な出会いだったね。
学校も違う、学年も違う。
俺の高校の文化祭で、空き時間にたまたま見に行った後輩のクラスのカフェに、たまたま友達と遊びに来てたさほちゃんがいて。
忙しそうなカフェで、相席になったからって何となく話して何となく写真を撮って。
今考えると俺らの行動チャラかったね(笑)
その時の写真渡してなかったなと思ったのでプリントアウトしてみました。
メアドも知らない、番号も知らない。
県立図書館でたまに会って話をするだけ。
でも初対面の時からなんか話しやすくて…一緒にいると落ち着いて。
さほちゃんは不思議な女の子でした。
もしかしたら前世では兄妹だったりして!?あるいは恋人とか…?
まぁ。冗談はさておき。
いよいよですね!緊張してる?
新しい土地で慣れなかったり大変なことはあると思うけど、さほちゃんなら大丈夫!
しんどいなって思ったら図書館近くの公園で日向ぼっこしてる二浪の俺を思い出して(笑)
お互い夢に向かって頑張ろう!
応援してます!
モノクロの写真の中には楽しそうに笑いあう数人の男女。その輪の右端に写っている私と先輩の距離感は近すぎず遠すぎず…まさに今の関係性そのままを切り取ったようで笑みがこぼれた。
先輩のアドレスは知らないまま。
この先会うことがあるのかどうかも分からない。
でも彼が背中を押してくれたように。
私も、彼氏でもない、友達かどうかすら曖昧なこの先輩の夢が叶うのを願っている。
「佐保~!いくわよ!忘れ物ないようにね。」
「はーい!」
元通りに畳んだコピー用紙をしっかり鞄のポケットにいれ、私は踵をかえした。
雨水
霞始靆(かすみはじめてたなびく)
春霞がたなびき始める頃。