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【書評】悩みがあっても、大丈夫。『お前より私のほうが繊細だぞ!(光浦靖子)』

先日、お笑い芸人の光浦靖子さんの『お前より私のほうが繊細だぞ!(幻冬舎文庫)』というエッセイを読んだ。完全にタイトルにノックアウトされ、全く中身を読まずに買ったのだけど、大当たり。形式としては、一般人の悩みに光浦さんが答える、というものなのだが、ほんとうに至言の宝庫。

たとえば、「感動作といわれる映画や小説に感動できない」という悩みに対して、「悪口は名作を面白くするスパイスです」と答える。その作品の悪口をしこたま読んでからその映画を観ると、期待値が下がっているぶんめちゃくちゃおもしろくなると。

その答えもおもしろかったのですが、その結論に至るまでの話がすごくよかった。

なんでも、光浦さんは以前、人からおすすめされた映画のタイトルを思い出すために検索をかけていたら、映画の素人批評サイトにぶち当たったそうで、なんとなく読んでみたらそこに投稿されている批評は、「意味がわかりません」の連発だったらしいのです。「なんであそこで主人公が○○するのか、監督の自己満なんでしょうか、全く意味がわかりません」「あのオチはどうなんでしょうか?意味がわかりません」「○○の演技自体、意味わかりません」など。
それを読んで光浦さんは、こう思ったそうです。

「『意味わかんねー』は、相手より優位に立っているのではなくて、自分は想像力と理解力の足らないバカですと告白しているということに、なぜ気づかないんです?」

いやもう、素晴らしい。拍手。自分の想像力のなさや知識不足を相手のせいにするという反則技を、見事にぺしゃんこにしている。映画にしろ小説にしろ、できあがっているものにけちつけるのは、ゼロからそれを作り出すより100億倍簡単ですからね。粗なんか探そうと思えばいくらでも探せる。それで優位に立ったと思うのはお門違い。

「会社の先輩(女性)の顔がおもしろくて目を見て話すことができない」という会社員の女性の悩みには、「私は、なんだかアナタのことが好きになれません」と答える。

「私の顔見て、見てぇ」な女は、真正の美人か、バカか、読者モデルか、どれかしかいません。顔に自信のない人間は、他人がどこを見てる、何を思ってる、被害妄想をちょっとのっけて、敏感に感じ取ります。アナタが何を思っているか、先輩は感じ取っているでしょう。

そうなんだよなあ、と膝を打った。わたしは人の目を見て話すのが苦手なほうですが、それは自分の肌の荒れ具合とか鼻の大きさとか顔の肉付きとか、どうしても頭の片隅で気になってしまうから。相手の目に映っているであろう自分の姿を想像して、引け目を感じる。まして相手が自分の顔をおもしろいと思ってて、笑いを堪えてるのなんて絶対気づくし、傷つく。凄いなあ、と唸りました。

動物園を楽しめないという人には、「アナタが十分潤っているからですよ」。光浦さんはさいきん異常に子供と動物が好きだそうで、それを行き場のない母性からくるものだと思っていたけど、ある人に言われたそうです。「欲求不満なだけだよ」と。

「人間はさ、スキンシップを求める動物なのよ。皮膚(粘膜)の接触ほど気持ちいいものはないじゃない?でもそれを大っぴらにできないじゃない?(中略)だから、大っぴらにしても恥ずかしくない、子供や動物に置き換えて正当化してるだけなのよ。ごまかしてるだけなのよ。皮膚接触したいだけなのよ」

なーるほど!と思いましたね。わたしもここ2年くらい急に子供が好きになってきて、「あーそういやもう子供産めるトシだもんなー、適齢期ってことかなー」などと思っていたのですが、そうか!単に欲求不満だったのか!と。一気にもやが晴れた気分に。

「専業主夫になる方法を知りたい」という男性には、「そりゃ求められるのは、トイプードルに求めるものと一緒です。ツラの良さと脳みその小ささでしょう!」と看破する。

人間っつーのは本当に損得で動く生き物なんですって。だから、ツラが自分のどストライクの人がいたら、援助するのは当然なんですね。
脳みそが小さいっていうのは、子供とか子犬とかみたいに頭ん中が一色に染まっちゃう、裏がないってことです。

光浦さんが凄いのは、このことに関して、「くしくも、いわゆる男が女に求めるものと一緒じゃないですか?」と冷静に分析していること。女は違うぞと棚上げしていないこと。

「ある程度経済力がある女性はもう、守って欲しいなんて気持ちサラサラないんですよ。影響も説教もされたくないし、意見交換すらしたくないんです」…経済力はまだそこまでないけれど、男に守られたい欲がゼロに近いわたしに、この言葉は刺さりました。自分のことか?と。意見交換はしたいけど、俺色に染まれ的な影響も説教もノーセンキュー、そういうの好きな子にやってくれよと思ってしまう。啓蒙すな、と。

あとすごく好きだったのが、俳優の田辺誠一さんとのエピソード。以前NHKの連ドラで、田辺さんと恋人役を演じた光浦さん。その5、6年後に別のドラマで田辺さんと夫婦役を演じることになり、運命ですがな!と思ったそう(うわー!わかるー!そういうの超!好き!と共感のあまりにやけた)。

でもなにせ向こうは人気俳優だし覚えてないかもしれないし、「また渡りガニみたいな顔したメガネが相手かよ」と思ってたらどうしよう(すいません死ぬほど笑いました)と思って悩んだそうなんですが、顔見せのとき「お久しぶりです」と思い切って挨拶したら、田辺さんが、

「恋人から夫婦に昇格しましたね」

………百点満点の答えすぎて、声が出ましたね。「うおーーー!素敵すぎるーーー!」。もうね、マンガの世界ですよ。なんて最高な話なんだと。こんなこと言ってくれるひとが現実にいるのかと。

他にも好きだった言葉を挙げていくと、「人には選手タイプと監督タイプがあるように、できる部下ができる上司になるわけじゃないからね」「売れてる女性タレントはみんなすんごい頭いい人なの。でも、バカなフリをするのよ。そして好感度をキープするのよ。それができる女なのよ」「男はだいたい教えたがりぃです。バカな女のほうが好きです。でも全くの無知、暖簾に腕押しな女にものを教えるのは大嫌いです」「人は、小さい声って聞こうとするんですって。『はい?』って。『はい?』ってやってるうちに、いつのまにやら主導権は移動するんですって」「だから、なんつーの、自分の損得のためじゃなくて、ついでに何かしてくれる感じ、それが女子力だと私は思ったんです。余裕てやつです。必死じゃないやつです」「ダジャレは脳ミソの言語の部分や、経験の部分が発達してできるものなんですって。脳としては、相当優秀なんですって」。

他にもたくさんあって書ききれない。読み終わったあとに、漠然と、ああ、すごく得したな、と思った。ひとの考えを、必ずしも自分の価値観とは重ならないことを、知れるのはすごく良い。これが580円+税とは……正直もっと出したい。

タイトルのインパクトとはうらはらの、光浦さんの冷静な分析やセンスの光る切り返しが最高におもしろかった。誰にも言えないちょっとした悩みも、光浦さんならなんて答えてくれるかな、と思うと、胸が軽くなる。仕事に疲れた社会人、学校がつまらない高校生、子供が反抗期で疲れ果てた親御さん、いろんなひとに読んでほしい一冊です。

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