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受け入れるという「しょうがない」は未来への力になる

 Xを眺めていて、下記の記事にまつわる動画が流れてきました。
 引用ポストをしたものの、お相手プロフに情報商材への疑念を持ってしまい……。紹介するのもはばかられたので、元の動画ではないものの、見つけた記事自体を貼っておこうと思います。
 また、引用にて具体的な発言を紹介します。

 また、これまでの人生を振り返り、大きな決定をするときに大切にしていることも明かした。

「もちろん大きな決定をするってすごく難しいと思うんですけど、あとで自分で振り返ったときに、あれだけ自分は思い悩んで考えて考えて、そのことをすごく考えた末にこれを選択したんだから、あれだけ考えた自分がいるんだから仕方ないよねって、少しは思えるように、たくさんそのことについて考え抜くことを大事にしようかなって思います」

芦田愛菜、大きな決定をするときに大切にしていること「思い悩んで考えた末に」 https://news.yahoo.co.jp/articles/80a8eabcd27d8189155a13215349b0ba22b9e627 (参照:2024.10.29)

 引用ポストでの私の発言は、以下です。

未来の自分の経験値は、現在の自分には無いのですよね
いつでもその時の自分の精一杯で、選んでいる、行動している
そうして生きると、多少の後悔はあっても、その当時の選択や行動に未練が無くなるのは実体験からも確かになと思います

三屋城衣智子のX https://x.com/Miyagiichiko/status/1850673339460980858

 過去を、いい意味で手放す。
 今の自分が干渉や決定できる区域ではないと、知る。

 ならどうするかというと、当時の自分、今なら今。
 その自分自身が、その時に持っているあらゆる能力と手段でもって、事にあたる。

 それしかないのだと思います。

 そうして事にあたって、成功する事もあれば、失敗する事もあって。
 それすらもいつかは過去になっていきます。
 もしかしたら、さらに先、後悔しようとしている未来の自分になら「失敗した過去の事」へと、できることがあったとしても。
 その手法を過去へ持っていくことはできない。

 そう、できないのです。

 けれど、その当時の中では一生懸命考え抜いて、持てる手法も試したならば。
 その地点では、全力ではありませんでしたか?

 地点地点での、やれることは違います。

 未来の自分は、さらに経過した年数分の経験を持っています。
 でも、今の自分に、未来の能力を借りてくることはできないのです。

 今ある力での対応。
 それは決して、自分で貶して良いものでもないのです。
 持っているものは、正直に、誇っていいのです。

 例え失敗しても。
 「やってみた」「挑戦してみた」その経験が、先の未来の自分の経験値になる。

 失敗から、どう失敗したかを知っていればその失敗の筋道は、未来の自分が潰せる。
 それも、力です。

 その当時の自分の精一杯だったねと、ある種の愚かさすら、声に出して認めることができれば。
 ミスに対して分析した上で「消化した」「納得した」「良い距離感になった」、ということだと思うので。

 物事の「しょうがなさ」を前向きに捉え、次のステップに進める自分になっている

 と、私は考えています。

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