LSD《リリーサイド・ディメンション》第32話「彼女が望んだ『異世界転生』の物語」
*
「――脳死、だと?」
「です、です」
「チハヤお姉さま、もしかしたら……あなたはチハヤお姉さま、では、ない、のかも、しれません」
「メロディ、歯切れ悪いよ」
「す、すみません」
「しかし、どういう意味だよ? オレがオレじゃないって……」
「わたくしたちは脳死したチハヤをイチかバチかの手段でムリヤリ復活させたのです。神経が断裂した脳を修復し、魂の結合していたアスターの絶対記憶能力で、伝播したチハヤの過去をチハヤ本人に植え付けた。だから……」
「それで、オレがオレじゃないって意味か」
「そういうこと、ですの」
「正確にはチハヤお姉さまの心器《しんき》、白百合《しらゆり》の剣《けん》を利用しました。白百合《しらゆり》の剣《けん》のデータをロードし、白百合《しらゆり》の布《ぬの》という装飾品を作成しました。それはチハヤお姉さまが作成した魂の結合のコードを参考に、私たち学院の騎士全員は、空想力《エーテルフォース》を共有伝播し、脳の修復プログラム――それはユーカリのようなヒーラーのスキルを参考に作成した――と、私が記憶したチハヤお姉さまの過去の上書きにより、白百合《しらゆり》の布《ぬの》ができました。つまり、チハヤお姉さまが白百合《しらゆり》の剣《けん》の顕現を解除していたら、そこまで……できなかったでしょう」
「…………」
なんて、言ったら……いいのだろう。
正直、自分が自分じゃない、作られた存在と同じかもしれない、と指摘されたようなものだ。
だけど……――。
「――いや、みんな……それは違う。オレはオレなんだよ。たとえ、どんな形で復活したとしても、オレはオレ。違わないよ」
「でもっ、わたくしたちは……未来の勇者である、と告げた神託《しんたく》の間《ま》の予言にすがっていたのかもしれません。わたくしは予言によって、あなたの人生をゆがめてしまったのです、わ。その責任が女王……女帝《じょてい》である、わたくしにあります。今後、あなたを帝《みかど》と戦わせる運命をムリヤリ背負わせた、ということなのですから」
「マリアン、責任に感じる必要はない。オレは、この百合世界《リリーワールド》に来て……初めて自分でいられたんだ。みんなは、もう知っているだろ? オレの過去を」
『…………』
「オレはオレじゃなかったんだ、あの世界では。だからオレは、この世界で……できることをするよ」
「わたし以外のエルフを恋、させるのですか?」
「ああ。エルフの力を覚醒させ、残りの帝《みかど》を全部倒す。それがオレの使命だ。未来の勇者、チハヤ・ロード・リリーロードとしてではなく、百合道《ゆりみち》千刃弥《ちはや》という存在として」
「……よかったです。わたしたちにはチハヤお姉さまにしか、すがれる存在がいないのですから」
アリエルは頬を赤らめて。
「わたしの初めてのヒーローとして、これからも生きてくださいよ」
「ああ、アリエルの初めてのヒロインとして……オレは生きるよ」
「で、チハヤお姉さま……のろけるのは、ここまでにして……白百合《しらゆり》の布《ぬの》についてなのですが……」
「……アスター?」
「白百合《しらゆり》の布《ぬの》はチハヤお姉さまの脳を修復するシステムが常に稼働した状態です。なので、白百合《しらゆり》の布《ぬの》は、どんなときでも絶対に外してはいけませんよ……髪を洗うときもです。まあ、体を清める魔法も使えると思うので、そんなに問題はないかもしれませんけど」
「髪がかゆくなったら、どうするの?」
「我慢してください」
「はあ」
*
……しかし、苦労人なのですね。
髪を抜いた部分が、たまたま白色でした。
まるで白百合《しらゆり》のよう。
これから、秘密裏に作成いたしますよ……ユリミチ・チハヤのハイブリッドクローンを。
*
……のちに彼――ユリミチ・チハヤが知る話だ。
ユリミチ・チハヤが復活したことで、とある者たちがホッと胸をなで下ろした。
それは百合世界《リリーワールド》という世界の住人ではなく、対立する世界の者たちが、だ。
今から神の視点を使って、すべての出来事の一部を切り取って話をしよう。
そうでもしなければ、この世界は炎上するかもしれない。
これから起きる世界と世界の物語を。
「…………始まったか」
赤い髪をした少年が物語の始まりを告げる。
「…………ええ」
青い髪をした少年が相づちをする。
「…………これからだろう? 物語が始まるのは」
緑色の髪をした少年が、なにかを知って、なにかを理解するように言った。
「なにをわかりきったことを言う」
赤髪がイラッとした口調で。
赤髪は緑髪に対して風当たりが強い。
なぜなら緑髪は赤髪に「体を許していないから」だ。
そんなことは、今の話とは関係ないので説明を省く。
「…………しかし、妙ですね」
青髪には「物語」に対する違和感があった。
「あれは『物語』に存在した事情なのでしょうか?」
「…………そうだな。確かに妙だ。あれは、あれでよかったのだろうか?」
あれ、あれ、という赤髪に緑髪がツッコむ。
「あれって『風帝《ふうてい》』のことでしょう?」
「そうだぞ。『赤の王』である貴殿は、我らより『上』なのだぞ。それをわかっていながら、なぜ……そんなことを言う?」
「『上』だとか『下』だとか、おれには関係ないね。第一、おまえの一人称は『僕』だろ? こんなときだけ気取るんじゃねえぞ」
「う、うるさい。なんだか無性にムズムズして気取りたくなったんだ。僕たちは、あの世界を監視している。だから、なんか、あるじゃん、ほら? 物語にさ、こういう……世界を監視して、見上げて、のちに物語の真相に関わるポジションってやつ。まさに僕たちのことじゃないか!!」
「メタ的な発言すんな。確かに、あの世界で起こっていることは『物語』だ。だが、『夢』でもある」
「ああ……確かにそうだ、な」
青髪と緑髪の対立しあう発言に赤髪が口を挟むように……しかし、これは挟んではいない。ひとりの王としての発言だ。
「これは、か――……彼が見ている夢に過ぎない。空想だ。『絵に描いた餅』かもしれない……いや、実際に『絵に描いた餅』なのだ。このままでは、いずれ俺たちの世界は消滅する。そのために俺たちは動かなきゃいけない」
「しかし……おれたちの会話、進まねえな。『風帝《ふうてい》』の件は、どうなったんだ……?」
赤髪は「風帝《ふうてい》」について述べる。
「東の方角の存在していた『風帝《ふうてい》』は、確かに彼に倒された。残りのは、これで四体となった」
「ええ、ここまでは……僕たちの知っているシナリオ通り、だと思います」
「問題は……確かに俺たちのシナリオ通り、なのだが……ここまで大がかりな戦いに設定してあったっけ、ってことなのだ」
「おれたちは、あいつの作る物語をただ、なぞっているだけに過ぎない。あいつの夢に付き合わせているだけの話」
「プンプン臭わせていますね。なんだか僕たち、そういう……世界のすべてを知るポジションの会話になってきましたよ」
「だからメタやめい」
「しょうがないさ。俺たちはメタの存在そのものなのだから」
「まあ、そうですけどね。これ小説にすると、かなり……がっかりしません?」
「それでも俺たちは、この物語通りのシナリオの道を歩まなきゃいけないんだよ」
話が、まったく進まないと思った緑髪は本題に入ろうと核心に触れようとする。
「ぶっちゃけ、あれはなあ……『風帝《ふうてい》』って最初のラスボス戦じゃないっすか。なのに、どうして……あそこまで強かったのでしょう?」
「僕たちが持っている『物語』のデータにはないパワーアップを四回していますよね。『雷帝《らいてい》』『双帝《そうてい》』『合帝《ごうてい》』『魔帝《まてい》』……」
「つうか……『雷帝《らいてい》』は最後のラスボス戦に出てくる形態のひとつだろ? どうして、あの場面で出てくるんだ?」
「確かに『風神』『雷神』に関連しているからでも双方の能力を持っていても不思議ではありません。しかし、シナリオにはない」
「ああ……俺たちのシナリオには、な」
「この物語、もしかしたらプロット通りには動かない。現在進行形で生きている物語なのかもしれませんね」
「メタメタだな」
「彼が死ぬってのも、ちょっとやり過ぎ感あるでしょ……」
「彼には最期まで生きていてもらわなければいけない。確かに帝《みかど》は強い。それでも、おれたちは目的を達成するまで彼には生きてほしい。……あの瞬間が来るまでは」
「そうだ。物語は完結させなければ意味がない。完結させてこそエターナルになるのだ」
カラフルな三人は口をそろえて言う。
『すべては新世界の創造のために』
息が合った三人は感嘆の意を示す。
「…………これは、これで、いい決め台詞」
三人で息を合わせて言ったのだ。これ以上の最高はない。
「だが、おれは目的を達成しなければいけないのだ」
「おれは『マリナ』を取り戻さなきゃいけないんだ」
「俺に体を許さない理由が、それか」
「そう、おれは『マリナ』に恋をしている」
緑髪は決意を語る。
「正直、おれは彼女のことを許していませんよ。あんなことになったんだから」
「彼女は男を魔物と呼ぶ。だが、それは仕方ないかもしれない。彼女は世界の消滅を望んでいる。創造しようとしている俺たちと対立する存在だ」
「だからこそ、僕たちは……彼が帝《みかど》を倒し、世界を創造しなければいけないのです」
「それこそが、すべての始まりだ。彼女が望んだ『異世界転生』の物語の、な」
ただ、今は世界のすべてを物語る努力をしよう。
物語は……世界が存在しなければ、存在しないのと同じなのだから。
「とにかく、今は見守ろう。彼が帝《みかど》をすべて倒すこと。それが俺たちの……勝利条件だ」