LSD《リリーサイド・ディメンション》第27話「風帝を守る風家臣の出現について」
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風帝《ふうてい》第五形態「魔帝《まてい》」との戦いに備えたオレたちは、東側に配置された断罪《だんざい》の壁《かべ》にて――。
「――おい。なぜ、今まで……なにもしなかったんだ」
オレは、かつて風帝《ふうてい》だったものに真意を確かめる。
「なぜ、今まで、ぼうっと突っ立って、なにもしなかったんだ。おまえは、なにがしたいんだ?」
「風は気まぐれなんだ。風が吹くと、コロッと考えが変わってしまう。気持ちいいのだ。おまえも感じるだろう? このイーストウッドに流れる風を。風だけじゃない。真意はある。どうせなら、おまえたちの全力を見たいと思ってな。全力のおまえたちと戦うことで、おまえたちの心をへし折れる。こんなに気持ちいいことはないと思ったのさ」
「どうかな? さっきまで苦戦していたじゃないか。風帝《ふうてい》、雷帝《らいてい》、双帝《そうてい》、合帝《ごうてい》……瞬間的にやられているじゃないか。どうせ今の魔帝《まてい》も瞬間的にやられる……いや、やれると思うぞ。オレたちならな」
オレの後ろにはマリアン、メロディ、ユーカリ……風の力を持つアスターとアリエルがいる。さらに、その背後にはミチルド、ケイがいる。それにエンプレシア騎士学院の騎士たちも。
「オレたち全員で戦うんだ。そんな気まぐれだとか風が気持ちいいとか言っている場合じゃないぞ。覚悟しろ」
「おい、おまえ……初めての帝《みかど》との戦いだからって焦るなよ。オレのアビリティは確認したか?」
「は? どういう意味だ?」
「オレの、魔帝《まてい》としてのアビリティを確認したのか、と言っている。ちゃんと確認させてやる。あくまでチュートリアルとしてな。空想の眼をちゃんと使え。それができなければ、これからの帝《みかど》の戦い、誰かを犠牲にしてしまうぞ。油断するな」
「『油断するな』って、おまえはなんなんだよ……」
空想の眼を起動した。すごく目をこらして。
「アビリティ……『超回復《ちょうかいふく》』……だと?」
「ああ、オレもおまえと同じ『超回復《ちょうかいふく》』アビリティ持ち、ということだ。ちゃんと確認しなかった罰だ。おまえがのほほんと仲間たちと心を通わせている間、これでオレはフル回復したってわけだ。オレは、ただの気まぐれじゃないぞ」
「くっ……」
さすがにオレはバカだ、バカすぎる。なんで敵に塩を送ってしまう……。
「……――敵に塩を送るだけで終わらせない。オレたちは、おまえを倒すために全戦力を持って、叩き潰すからな。ミチルド! ケイ! 『名誉生徒会長』のアイテムを使え!!」
『ラジャー! みんな、いくよ! 空想の箱、開錠《かいじょう》!!』
ミチルドとケイは「名誉生徒会長」から、もらった空想の箱を開錠《かいじょう》する。
『来て! 空想の小銃!!』
あのアイテムは「名誉生徒会長」という人物が、オレの作ったアスターの「紫苑《しおん》の小銃《しょうじゅう》」を解析して作成した心器《しんき》のマガイモノ――空想《くうそう》の器《うつわ》……略して「空器《くうき》」である。
残念ながら、「心器《しんき》」を扱えるのは神託者《オラクルネーマー》のみである。
なら、心に花を宿せない一般的な騎士が、どう戦うのか?
心花《しんか》を入れるがなければ、そのものを作ればいい。
それが……空想《くうそう》の器《うつわ》――「空器《くうき》」だ。
「空想《くうそう》の小銃《しょうじゅう》」は心花《しんか》の花言葉《はなことば》の能力は宿せないのだが、実弾のダメージを与えることができる。
「――この戦いで騎士は銃士となる。騎士学院の全戦力を持って、おまえを倒すんだ。おまえも重々、覚悟しろ! なあ、世界を天秤にかけた戦いをしようぜ! 帝《みかど》さまよ! いくぜ、みんな! 魂の結合だ! 空想の鎧を着装《ちゃくそう》しろ!!」
魂の結合により、オレに与えられたAPの共有をおこなう。オレをメインに……周囲をサブとして扱う。それにより、魂の結合をおこなったオレにだけ負荷がかかるようになる。……いや。正確にはアスターが持つ花言葉《はなことば》「記憶」により、メインであるオレの負荷をアスターが軽減してくれる。だからといって魂の結合の長時間の使用は避けなければいけないが。
オレは神託者《オラクルネーマー》以外の……要するにミチルドやケイのような銃士たちにも空想の鎧(空器《くうき》と同じように心花《しんか》を持たないため、銃士たちは全員同型の鎧である)を着装《ちゃくそう》させて魂の結合をおこなった。これで地《アース》・水《ウォーター》・火《ファイア》・風《エア》・空《エーテル》の属性の伝播さえもおこなえたということだ。
魔帝《まてい》は一秒ごとに体色を変化させる。黄色なら地《アース》、青色なら水《ウォーター》、赤色なら火《ファイア》、緑色なら風《エア》、そして、白色(に近い透明)なら空《エーテル》だ。
ならば、対策は……ひとつだけだ。
「騎士学院の銃士たちよ! 今からキミたちがおこなうことは、たったひとつだ! 全属性を付加した銃弾を魔帝《まてい》に乱れ撃て! 回復の隙を与えるな! ただ、ひたすら撃ちまくれ!!」
『了解!!』
銃士たちは断罪《だんざい》の壁《かべ》から銃弾を撃ちまくる。
「そうだ。それでいい。いくぜ! 神託者《オラクルネーマー》たちよ!!」
『了解!!』
「断罪《だんざい》の壁《かべ》を降りるぞ! 着いてこい!!」
オレは百合《ゆり》の剣《けん》を足に乗せ、ホバーボード状態で移動する。
続いてアスター、メロディ、ユーカリ、マリアンが天空を翔る。
すでに着装《ちゃくそう》していた空想の鎧を利用して、空中にある空素《エーテル》を足場に変換して天空を走っているのだ。
APをMPに変換して空中浮遊の術に変換しているとも言える。
空を飛ぶことが、こんな簡単でいいのか? という疑問は後回しだ。
それが戦略というものだ!!
「ふっ、それがオレに勝つ方法か。バカバカしい」
「バカバカしいとは、何事だ。このドアホ! せっかく人が考えたアイデアを否定するなんて……」
「……人、とは?」
「……なぜ疑問形?」
「おまえは本当に人なのか、と言っている」
「どういう意味だ、風帝《ふうてい》?」
「だから魔帝《まてい》だ、百合道《ゆりみち》千刃弥《ちはや》よ。おまえは自分の存在を疑ったことはないのか? なぜ、おまえはこの世界にいる? なぜ、おまえはここで生きているんだ? そんなことを考えたりしなかったか? ここへ来て、もう一ヶ月近くになるだろ?」
「妙に詳しいじゃねえか……。なぜ、そんなことを言う?」
妙に含みを持たせた言い方だな。
「そうだな。おまえがこれからどうなるのか、本当に楽しみだよ」
「思考を読み取った、だと?」
「……いや。読み取ったのではない……そう、思ったのだ! 来い、風家臣《ふうかしん》!!」
「なん、だと!?」
風家臣《ふうかしん》。それは第一形態だった「風帝《ふうてい》」の半分の大きさ、十メートルくらいの巨人であり、どこか鳥獣を思わせるような、そんな風貌の魔物だった。
風家臣《ふうかしん》は三体召喚された。
「もともと帝《みかど》は帝《みかど》を守護する家臣《かしん》を三体従えている。だがな、オレのプライドよ。まずはおまえたちの戦いを味わおうと思ったのだ。だが、そういう状況じゃあなくなってきた。ゆえに風家臣《ふうかしん》、オレを守れ」
風家臣《ふうかしん》は魔帝《まてい》を中心に三角形の陣を作り、空想《くうそう》の小銃《しょうじゅう》から放たれる銃弾を「風」で無効化した。
つまり、もう魔帝《まてい》には銃弾は届かない……。
「くそっ、せっかく立てた作戦が台無しだ……」
「そういうことだ。奥の手、というのは……あとに見せるから映えるのだ。それもわからず魂の結合なんかするから、こんな状況になってしまう」
……銃弾は、すべて風家臣《ふうかしん》の「風」で届かない――。
「――なすすべなし、なのか……?」