LSD《リリーサイド・ディメンション》第53話「融合する、ふたつの世界」
*
――百合世界と薔薇世界、ふたつの世界が融合していく。
新しい世界へと、生まれ変わろうとしている。
エンプレシア城に集まっていたエンプレシアの国民である少女たちは薔薇世界にあるルイの所属するアジトへと転移していく。
男と女、ふたつの性別が存在する世界へと生まれ変わっていく。
もともと百合世界と薔薇世界は、ひとつの世界だったのだ。
リリアが、この世界をふたつに分けたのだ。
薔薇世界の侵略から百合世界を守るために……なのに、どうしてルイは普通の男の身なりをしているのだろう。
リリアは、こう言っていた。
『百合世界には対となる世界が存在する。その世界は「薔薇世界」。薔薇世界はね、百合世界とは逆に「男性しか存在しない世界」なのさ。つまり、薔薇世界の人間は薔薇世界の魔物によって絶滅させられた。対となる百合世界は比較的おだやかな種族が多い――例えばエルフがそうなのさ。百合世界は薔薇世界の魔物による「侵略」で滅ぼされようとしている。それは早急に対処しなければならない』
人間、いるじゃないか。
リリアは、なにかを隠しているのか?
でも、ルイーズ……ルイは許せない。
アリエルを、もとの状態に戻さなければ……そうしなければ、オレとアリエルは結ばれない。
アリエルはオレの初めてのヒロインだったんだ。
オレが救った、初めての……だから、ルイが、なんの目的で、この世界をつくろうとしているのかを聞かなきゃいけないんだ。
アリエル……アリエルの眼に光がない。
アリエルの心器である風玉の指輪が破壊されて精神を失ってしまった。
その精神を取り戻さなくてはいけない。
なんとしても、早く――。
「――転移、完了。ここが、おれたちのアジトだ。ようこそ、穢れなき少女たちよ」
ルイが所属するアジトは、なにやら研究所のような場所に感じられた。
エンプレシア騎士学院にあるフィリスのラボのような場所だ。
それも騎士学院よりも立派な設備があるように感じられる。
いったい、ここで、なにがおこなわれているのだろうか?
「リーダン、ブルーノ……目的は達成された。二千年ぶりに穢れなき少女たちを、この世界に顕現することができた。感謝しろ」
「ルイ、ご苦労だった」
「まあ、僕はリーダンと一緒にいられる時間が失われるのが残念だけど……僕は、赤の王の願いが叶えられるなら、それもありかなって」
「赤の王?」
……と、オレが口に出してしまった。
「そうだよ、俺の婚約者」
「フィ……フィアンセ?」
「そうか、そうだったな……今のおまえにはわからないか。おまえがすべての元凶だからな」
「なにを、言っているんだ……?」
「俺の名はシモン……いや、ここでの名はリーダン・ロリー・ローズゲートだ。この世界では『赤の王』と呼ばれている。よろしくな、未来の嫁」
赤い薔薇のような髪色の少年――リーダン・ロリー・ローズゲートに、そう言われた。
オレは男なのでビクッとしてしまった……舐めるような眼で見てくる……正直、気持ちが悪い。
「僕はアオイ……いや、ブルーノ・ホリホック・マロウさ。世界がふたつに別れた二千年の間は赤の王と性を超えたパートナーをやっていたんだ。キミに彼を譲るけど、それは仕方のないことだよねえ……そういう運命なんだから」
青い髪の少年――ブルーノ・ホリホック・マロウは本当の意味で「薔薇」であると察しがついてしまった。
その赤と青で永遠に結ばれていればいいのに……。
「……で、本題に入ろうか」
赤の王であるリーダンは話を進めようとする。
「ユリミチ・チハヤ……おまえの目的は、そうだな……五光の指輪のひとつを修復したい、とのことだな。いいだろう。その願いは叶えよう。しかし、おまえが、おまえではなくなってしまうかもしれないがな」
「どういう意味だ?」
「話を聞けって意味だ。おまえは疑問に思わなかったのか? なぜ、この世界はふたつに別れてしまったのか、という、その理由をな」
「それは、オレたちの世界の神であるリリアが薔薇世界からの侵略から防ぐために、この世界をふたつに分けたんだろ?」
「そう……そのように、おまえが少女たちを洗脳していたんだ。それが正しいことであると洗脳していたんだ。だから、この世界は消滅する運命なんだよ。未来が、なくなってしまうからな」
「なにが言いたいんだ?」
「この世界の宇宙は、なくなる運命にある。この世界の宇宙は、膨らんで大きくなろうとしていた。始まりの爆発であるビッグバンによってな……でも、それにも限界があったんだ。今、この世界に危機が迫っている。消滅の危機だ。それは宇宙の終焉であるビッグクランチと呼ばれている。収縮しているんだ、この世界は……膨張される世界を再び、つくらなくてはいけなくなった」
リーダンの、口から出てくる言葉は止まらない。
「あるとき、地球の文明が滅ぶ瞬間があった。でも、人類は宇宙を旅する方法を見つけた。様々な新天地に行った。新たな文明をつくった。やがて人類は宇宙に適応できる存在である新人類となった。まるで映画の、スペースオペラのような物語が現実となった。でも、宇宙には限界があったんだ。それが宇宙の終焉であるビッグクランチだ」
「ビッグクランチって……なんで、この世界にあるんだ? オレが前にいた世界の話だろ? なんで、この世界に、そのワードが出てくるんだ……?」
「ユリミチ・チハヤ……この世界は残酷なんだよ。でも、おまえは、それをわかろうとしなかった。わかりたくなかったのだと思う。そうしなければ、自分の……苦しみから逃れる方法を見つけられなかったんだよな」
「オレは転生者だ。百合世界に召喚された勇者なんだ。リーダン、おまえは、なにを言っているんだ。なにが言いたいんだ。なにを知ってほしいんだよ、オレたちに」
「今から語るのは、そう……残酷な世界の話だよ。新人類によってつくられた花人類である俺たちの物語だ――」
――なんだ、この記憶は……。
……本来なら存在しないはずの記憶なのに、どうしてオレは知っているんだ?
なんでオレたちが、この、残酷な世界に存在するのか……その理由をオレは知っていたんだ――。
「――この情報は一瞬で少女たちの脳にインプットされる。これは独りよがりな少女の、つくられた物語だったんだよ――」
――どうしてオレの記憶が完全に覚えていられないのか、その理由を知りたかった。
でも、これは、あんまりだ。
こんなの、オレの現実なはずがないだろ?
でも、どうしてオレは、それを思い出し、涙を流しているのだろうか?
これは、きっと誰かのための物語なんかじゃない。
オレの、物語だったんだ……。
……今から、オレたちの記憶は過去に戻る。
本当にあった過去へと戻っていくんだ――。